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TUONI ~闇を被った死神~  作者: 穀潰之熊
At Doom's Gate

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9

「うわああっ!」


 叫び声を聞いて、瑩は正気を取り戻した。

 当然、相手は一匹だけではない。

 ならば獄介が狙われる可能性は十分にあるのだ。


 バックヤードから飛び出すと、獄介の姿が目に入った。

 相対しているのは───普通の人々。


「殺すぅ、殺すぞハゲェッ!」

「村長の馬鹿息子、殺すしかないねぇ!」

「目玉を抉り取ってやる!」


 いや、違う。

 普通の人々は徒党を組んで、丸腰の一般人を追い詰めたりはしない。


 その目は、まるで怨敵を見るかの如く憎悪で満ちていた。

 口ではもはや理解不能な理屈で悪意をばら撒く。

 彼らはどこかしらに血を滲ませ、包丁や鎌などで武装している。

 憎くて仕方のない“敵”を殺すために。


「どっ、どうしちゃったんだよ皆ぁ!」


 既に出入り口は村人達の集団で溢れていた。

 これでは獄介はもちろん、瑩も出られない。


「腹谷さんっ、こっちへ!」


 どう考えても、冗談の類ではない。

 危なっかしさがあったが、瑩がやったように窓口を超える。

 彼らには、透明な壁が目に入らないらしい。

 拳や手に持った道具、長椅子などを使ってぶち破らんと暴れ始めた。


 突破されるのは時間の問題だ。


「裏口に!」

「ああそっか!」


 バックヤードには出入り口がふたつあった。

 そこが裏口に違いない。


「しっ、死んで……!」

「止まらないで!」


 食い殺された死体を横目に、瑩は重い扉を開く。

 飛び込んできた午後の陽射しに目を細める。

 空はこんなに青いのに、その下は地獄絵図と化していた。


 とにかく、校舎へ戻ろう。

 示し合わすまでもなく、ふたりは元来た道を戻ろうとした。


 ちょうどその時、再び遠くから銃声が響いた。


「まさか、この銃声って……」

「今は気にしてる暇ないよっ! 逃げないと!」


 ずっと、どこかでこの状況と戦っている人がいたのだ。

 そして、その人はまだ生きている。


 安堵したいところだが、同時に状況の悪化も示していた。

 既に異変は離れた場所でも発生し、拡散しているということなのだから。


「どこだぁっ、見つけて殺せぇっ!」

「女は献上して、男は殺す!」

「目玉を抉り取れっ!」


 郵便局には異常な人々が殺到していた。

 内部から聞こえてくる破壊音からは、尋常でない様子が想起された。

 捕まったら、ただでは済まない。


 瑩は肝を冷やしながら坂へ向かう。

 異形の存在は知識にあっても、一般人の暴徒はどうしようもない。


───どうか、誰にも会いませんように!


 彼女の願いは、民家の影から出てきた男の姿で破り捨てられた。


「いたぞぉっ、いたぞおおっ!」


 相手は素手ながらも、血走った目が尋常でない気配を醸し出していた。

 叫びと共に先頭を走っていた瑩に詰め寄る。


「っ……!」


 逡巡した。

 相手は一般人、人間だ。


 自身の異能を用いても、恐らく滅せない。

 木刀を力一杯、急所に振り下ろせば殺せるだろう。


 しかし、殺すのか?

 母や同級生や、周りの人々と同じ人間を?


 その迷いが、命取りだった。


 苦し紛れに振り下ろされた木刀は空を切り、男は懐に飛び込んでいた。

 この間合いでは、木刀は殴っても傷まない拳と大差ない。


「ガアアッ! 殺すっ、殺すゥッ!」


 獣のような咆哮と共に、年老いた指が瑩の首にめり込んだ。

 男の齢は60、いやもっと過ぎている。

 だというのに、信じられないほど強い。


 瑩の身体が押し倒され、圧迫に重力が加わった。

 叩こうが、蹴ろうが、相手はびくともしない。


「わ、ああっ……」


 獄介は到底役に立ちそうにない。

 どうにかしなければ、しかし───


 猛烈な勢いで体力と気力が奪われ、意識すら遠のく。

 すると、脳内で死が囁く。


───何でこんな目に遭わなきゃいけないのか。

───きっとこれは悪い冗談。抗う必要はない。

───死ねば、苦しむことはない。


 これは現実だ。死にたくない。死ぬわけにはいかない。

 そう脳が認識していても、逃避の誘惑が筋肉の緊張をほぐし始める。


 手のひらが緩み、男の腕がさらに首に密着した。

 唸り声すら耳鳴りにかき消され、男の背後に広がる青い空が暗い闇に覆われ始めた。


───死ぬっ。


 明確な恐怖だけが彼女の心を支配した。


「やめろっ!」


 その時、遠くから響いた破裂音と共に視界から男の顔が消えた。

 顔面に花を咲かせた身体が、力なく倒れ込んだ。


「わっ、わああっ!」


 獄介の情けない叫びと、走る気配。

 のし掛かった体重を押し除ける余力もなく、瑩は咳と共に呼吸という究極の自由を謳歌した。


「大丈夫か!」


 死体を退けると、彼が手を差し伸べた。

 覚えている。先ほど弥生を連れて来た警官だ。


「早く立って、奴らが来る!」


 奴ら。この状況下で指す意味はひとつだけ。

 栄輔の背後へ視線をやると、村人達の姿があった。


 もちろん、普通ではない。

 それぞれが身近なもので武装し、掲げた棒の先には人の首らしきものさえ伺えた。


 様子がおかしいどころではない。

 彼らはもう、人を殺めているのだ。


「早くっ!」


 正気を取り戻した瑩はその手を取り、坂を駆け上った。


 追う者と、追い立てる者。

 その差は歴然としていた。

◆狂気の波が瑩達を襲う───!

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