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獄介の足はそう速くない。
瑩が軽く駆け足をはじめて1分と経たぬうちにトボトボと歩く背中が見えてきた。
彼女の気配を察知すると、獄介はギョッとした表情で振り返った。
「わっ! き、来たんだ……」
「少し気になることがあったので」
横に並んだ瑩の手には木刀。
それを見て、さらに肝を冷やした。
「な、なんで木刀? ここ、そんなに物騒な土地じゃないよ?」
「念のためです。最近、地方で強盗団が出てるって話じゃないですか」
「それはまあ……そうだけどぉ」
坂をくだり、大桑村の中心である集落、路沿に入る。
そこは来た時と変わらず、ひと気がなく静まり返っていた。
通りを歩く人や車はなく、民家からは生活の気配すら感じない。
郵便局が十字路にあったが、こちらの中では照明ひとつ点いていなかった。
「あれっ? 変だな」
「私達が来た時から、こんな感じでしたけど」
「えぇ? それは……おかしい。いくら人口が少なくても、ここまで静かなんて……」
ひとまず、郵便局を訪ねれば間違いはないだろう。
ふたりは豆腐のような見てくれの建物の扉を開いた。
全国どこでも見られるATMの正面を横切り、窓口へ。
村の規模と比べると大きすぎる内部は、なんてことのないものだった。
券を口に咥えている整理券配布機、ペンが転がったままの記入コーナー、鞄が置きっぱなしになっている長椅子。
異様なのは、そこに人がいないことだった。
カウンターの向こうにも、やはり誰もいない。
「どうしたんだろう……」
この村に長年住んでいる獄介すら、人のいない郵便局は初めてだった。
奥の扉が開いているのが気になるが、それはカウンターと対強盗用のパネルの向こうにあった。
調べに行く? そんなわけがない。いくらなんでも、それはやり過ぎだ。
「そこの扉、開いてる」
「ちょっ、ちょっと?!」
しかし、瑩は違った。
カウンターに乗り、やすやすとパネルを越えてみせた。
「そこまでする必要、ないだろ!」
局員以外、立ち入れない区域。
獄介の存在を無視して、開かれた扉をくぐる。
簡素なロッカーに、椅子と机。
バックヤードというやつだろうか。
窓からはブラインド越しの柔らかな陽射しが差し込み、部屋の一角を照らしていた。
床に滴る液体と、同じぐらい赤い皮膚。
四肢は長く、背中は猫背気味。脂肪らしきものが見受けられない、毛のない骨と皮だけの躯体。
ごとり。
大きな物体が床を転がった。
頰肉のない、人間の頭部。
生気を失った瞳が、虚空を眺めていた。
「産めもせず、食うにもまずい人間ばかりと思っていたが……僥倖だ」
呟くと、瑩を振り返る。
光る眼球に、頭部と比して大きな牙。
異形の存在が、そこにいた。
「退屈していたんだ。ここにいるのは、ジジババばかり……」
身長は140センチほど、高くはない。
しかし、この世に存在しなかった生物に油断は出来ない。
「お前は、どう楽しませてくれるんだ?」
血と唾液の混ざった咆哮。
戦いの基本、相手の思考に混乱と硬直を植え付ける戦術だ。
その手には乗らない。
瑩は真っ直ぐ見据えたまま、木刀で異形の拳を捌いた。
「こいつっ、まさかぁっ」
眉間に柄頭を叩き込む。
頭部へ直接衝撃を受けたことで、脳髄が揺さぶられる。
相手の動きを封じたところに、瑩は気を集中させた。
木刀。せいぜい人の尻や地面を叩いて威圧する道具。
何の力もなく、神秘もない。
単なる長い木塊。
それが、青い光を放ち始めた。
人からしてみれば、単なる無害な光。
手品と大差ない。
しかし、彼らにとっては滅びそのものだった。
「ま、まさか……まさかぁっ」
木刀を八相に構え、光の刃を袈裟懸けに振り下ろす。
斬られた異形は音もなく絶命し、その肉体は灰となって消えていった。
◆この異能は───?




