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正門をくぐり駐車場へ向かおうとすると、ちょうど正面にセンターの管理人と若い女ふたりが視界に入った。
「あのふたり、うちの生徒です」
ならば、自分の仕事は終了か。
栄輔は停止手順をすませると、車のロックを解除した。
「ちょっとあんた!」
真っ先に口を開いたのは、意外にも管理人だった。
彼の応対は非常に面倒だ。
内心をひた隠しにして窓を開く。
「どうしました?」
「聞いてなかったのかよっ、さっきの銃声!」
「銃声?」
穏やかではないワードだ。
しかし、相手が前村長のクソ息子であることを思い出し、一つの推測が浮かんだ。
「窓を閉めていたので」
「あいつだよっ、自衛隊のキチガイッ! シーズンでもないのに!」
この村で今も猟銃を握っているのはひとりだけだ。
管理人ほどではないが、その人物もまた素行がよろしくない。
貴重な大型害獣駆除が出来る人間には、お行儀良く過ごしてもらいたいのだが───
「わかりました。対応しますので、お待ちください」
「早くしろよクズっ」
少なくとも基本は───特に、若い女性に対しては───横暴な本性を見せないが、警官や役人に対してはこれである。
コンビニ店員からも不満の声が聞こえたため、こちらでもそうかもしれない。
栄輔は冷めた目で管理人に会釈した。
───前村長が死んだら、お前の畑でしょっ引いてやるからな。
心中で呪詛を吐くと、栄輔は来た道を戻った。
まだ書類仕事が残っているのだから。
◆ ◆ ◆
大桑村路沿、学校の麓にある集落。
村の中心地にして、唯一のコンビニと警察駐在所を持つ。
この響きに反して、人通りは少ない。
当然だ。人口の増える要素が一切ない過疎集落で、外出の要件は農作業か井戸端会議の二択しかないのだから。
───それでも、妙にひと気がないぞ……?
駐在所となりの池端さんは、雨でなければ日中はいつも軒先でボーッとしている。
いない時でも、栄輔が戻った気配を感じるとそそくさと現れて挨拶する人好きのするご老体だった。
それが、一切気配を感じない。
「どうしたんだろう……?」
もしや、倒れているのでは。
不安になった栄輔は池端家の引き手に手を掛けた。
何度注意しても、ここの住民は基本鍵を閉めない。
たとえ無断で入っても、要件を伝えれば笑みを浮かべて頷くばかりだろう。
意を決して、彼は違法に家宅へ踏み入った。
駐在所に飛ばされる前。
当時の織部栄輔巡査は殺人の現場を担当したことがあった。
現場に漂う血の匂い。
まだ脳裏に残っている。
あの死の気配が、広がっていた。
「くそっ、なんなんだっ」
咄嗟に栄輔は拳銃を抜いた。
少なくとも、守るために握ったのはこれが初めてだ。
ベルトの重石を抱えるように保持し、靴も脱がず玄関を上がった。
「池端さん! ご無事ですか!」
あの老人は耳が良くない。
家の中でも叫ぶように呼びかけなければ、届かないだろう。
一歩足を踏み出すごとに、死が近づくのを感じる。
二歩目には、視覚が赤黒い痕跡を認めた。
その先には居間があり───
家の主人がそこにいた。
居間のど真ん中で、彼は大の字で天井を仰ぎ見ていた。
「池端さんっ!」
身体中をさまざまな刃物で貫かれ、はらわたは抉り出されていた。
その肉体からは、すでに魂は失われている。
呼び掛けは、虚しく響いた。
「一体何が……」
遺体の検証をする前に、やらねばならない事があった。
血の痕跡は、下手人の足跡を残していた。
ひとりではなく、複数。
気の重くなるような現実だが、このような凶悪犯を放置することは出来なかった。
犯人確保のため、痕跡を辿る。
道標は台所へ続き、勝手口に伸びていた。
この先にいるのかもしれない。
───あれをやった奴らがっ!
歩きながら深呼吸し、拳銃を握り直す。
最悪の場合、これを使うことになるのだ。
一段下るとともに、覚悟を決める。
「動くな!」
銃口を、その場にいた人々に向ける。
彼らは血まみれで、手に持った包丁や鎌、鍬はスプラッタ映画の凶器のような赤黒い光沢を持っていた。
「なっ、なんで……?」
人殺しと相対する覚悟はしていた。
しかし相手そのものが、栄輔の虚を突いていたのだ。
「なんで皆がっ」
各務さん、遠藤さん、津久田さん、近江さん。
みな顔見知りの、村人達だったのだ。
「駐在さん?」
「駐在さんだぁ」
知っているはずの人々が、全く知らない表情を浮かべている。
何もわからない。理解が追いつかない。
それでもひとつだけ、確信できた。
───こいつらは、あの人達じゃないッ!
人差し指の圧力を強める。
「あんたらっ、何やってんだよっ?! 殺したのか? 池端さんをっ!」
答えない。
言葉ではなく、一歩。
接近で応えてきた。
「動くな! 脅しじゃないぞ!」
それでも、それらは動きを止めない。
まるで、銃の存在を理解していないかのように。
「クソッタレっ」
威嚇射撃のため、拳銃を下に向けたその時。
後方から気配。すごく大きい気配。
咄嗟に振り返ろうとしたが、一歩遅かった。
巨大な気配が栄輔の首を掴み、そのまま掲げた。
「が、ああっ」
それは、明らかに人ではなかった。
190センチはあろう巨大な、足のない人骨。
それが、宙を浮いて栄輔を捕らえていた。
───なんなんだ、この化け物?!
もはや躊躇する余裕はなかった。
拳銃を怪物へ指向しようとするも、空いた手が銃を払った。
吊り紐によってベルトと接続されていなければ、銃は地面に転がっていただろう。
「いいぞぉ、もっとだ。もっと、絶望しろ」
「な、に……?」
眼孔の中で光が笑みを浮かべた。
まるでゴミのように、栄輔の体は投げ捨てられた。
「がっ、くそっ」
拳銃を手繰り寄せ、化け物へ向ける。
しかしその頃には異形はもちろん、殺人鬼と化した村人すらその姿を消していた。
呆然と、空を見上げる。
空はまだ青い。
───これは、白昼夢か?
ここまで漂う血の匂いが、この問いを否定した。
あまりにも荒唐無稽な状況。
しかし、現実だ。
「なんなんだよぉっ」
訳もわからぬまま、栄輔は立ち上がった。
生き残るため。そして、職務を遂行するため。
◆あうっ……いっ、いきなり始まるのかぁっ───




