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2021年5月29日 永葉県大桑村県道32号線
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
織部栄輔巡査部長は窓をのぞき込むと、そう尋ねた。
偶然通りがかった地元住民からの通報で、何もない路上で停車するという不審車両を調べに来たのだ。
「すみません、車が壊れちゃいまして」
やはり、そんな事だろうと思った。
拍子抜けした栄輔は腰に提げた拳銃から意識を放した。
地方集落を狙う手慣れた強盗団が出没している現状、車一つ相手でも警戒を厳にする必要があった。
周囲は見通しがよく、車内は運転席に女性がひとり。
さらに態度に不審な点がないともなれば、警戒するだけ気力の無駄というもの。
「JVFに連絡は?」
「したんですけど、時間が掛かるそうで」
それも当然だ。こんな人里離れた辺境では、そうやすやすと近づけない。
守るべき市民と判断した栄輔は態度を切り替えた。
「失礼ですが、目的地は?」
「大桑村の大桑研修センターです。生徒を先に向かわせたんですが……」
思い返せば、研修センター近くの集落で見慣れない若い女二人とすれ違ったのを思い出した。
それを生徒と呼ぶなら、彼女は先生。それも、部活の顧問か何かだろう。
「この時期なら、合宿の下見でしたか」
「はい、そうなんです」
「なら、ここで待つのもアレですから、研修センターまでお送りしましょうか?」
裏のない真っ当な提案である。
この県道は地元民しかろくに利用せず、かつ事情を理解しているため速度違反上等、全方不注意でかっ飛ばす。
隅に寄せているとはいえ、追突される恐れがある。
「JVFはそちらの番号と車、把握しているはずなので到着したら連絡が来ると思います」
そうなればJVFだけでなく、救急車も呼ぶ必要が出てくる。
余計な仕事が増えるのだ。
「じゃあ、よろしくお願いしますぅ」
そんな警官の事情を知ってか知らずか、彼女は屈託のない笑みを浮かべて頭を下げた。
◆ ◆ ◆
車内で彼女は山下弥生と名乗った。
永葉南学園、大桑村から東の永葉市にある普通よりちょい下程度の学園だ。
弥生は同校の教諭で、剣道部顧問とのことだった。
「学園生にここのセンターは厳しいんじゃ? クーラーないし、コンセントも改築で減らしたそうですし……」
「えっと、その……予算とかの都合でして」
その一言で察した。あのセンターを利用する企業は大抵、軍隊式だのアロマだの、安そうで怪しい研修を行うところばかりだった。
なぜ警官の栄輔が知っているのか?
当然、報道されていないだけで、何度か彼の出番がやって来たというだけの話である。
安きは悪きが寄る土壌なのだ。
往生した地点からセンターまでは、車ならものの5分で到着だ。
県道から逸れて橋を越え、小さな集落の坂を登る。
その最中、視線の隅で弥生が近くの山へ視線をやっているのが見えた。
一応この地に住む者として補足した。
「あそこは昔、城だったんですよ」
「はい、知ってます。大桑山城跡ですよね」
「よくご存知で。歴女、ってやつですか」
「あはは、まあ……」
戦国時代、羅宮凪島でも戦乱が続いていた。
高速道路のない時代、大桑村は交通の要所であり、山城はこの地点を見張る重要拠点だった。
明治6年の廃城令によって、大桑山城も数多くの城塁達と同じく解体された歴史を持つ。
今やその地に残るのは、数少ない石垣と存在証明の石碑だけだった。
◆警官?こいつも怪しいな───




