3
校舎のトイレも改築の対象だ。
現代人の大半は和式の便器に耐えられない。
ましてや、汲み取り式のボットン便所などもってのほかである。
「えーちゃん。あのおじさん、ヤバいよ」
「なにが?」
手洗い場で待ち構えていた春香が耳打ちした。
どうも、瑩の知らぬところで何かを見ていたらしい。
「……ベッドの下からえっちな本出てた」
あまりいい気分でないのは事実だ。
とはいえ、獄介が住み込みで働いているのは明白。
あの空間は彼の個人的なものであり、いきなり踏み込んだのは彼女達の方だ。
「その程度ならまあ、個人の自由じゃん?」
流石に責めるのは少々酷ではないかと瑩は考えた。
「だけどさぁ、合宿中はあの人と同じ屋根の下で過ごすわけじゃん?」
「やっぱりここで合宿しない理由探してない?」
「べっ、別にそんなことないよ〜?」
わざとらしい、下手な口笛。
不都合なことがあると、すぐ逃避や誤魔化しに走るのが彼女の悪癖だった。
「馬鹿なこと言ってないで、行くよ」
「はぁい」
いつものようにスルーして、トイレから出る。
管理人の獄介は少し離れた場所でスマホを弄っていた。
「お待たせしました」
「よし。じゃ、行こうか」
トイレの次は、部屋の下見だ。
流石にエレベーターの増設はなく、階層移動は階段だけだ。
ギシギシと時代の重みを醸し出す段を踏み締め、二階へ。
「部屋は10室、全部和室で布団は部屋代込み。食事は一階の食堂でお願いします」
永葉南の剣道部は、そう大きな部ではない。
2部屋とれば十分なはずだ。
獄介が最寄りの戸を開く。
元は教室と思われる間取りだが、なんてことはない。
昔から使われていた机と椅子、それに部屋の隅に布団が積まれているばかりだ。
「部屋の設備はご覧の通りです」
「あれっ、エアコンは?!」
「エアコンありなんて、仕様に一切書いてないと思うけど」
管理人室にはあったので、忘れていた。
確かにWebサイトにはひとこともエアコンがあるとは書かれていなかった。
もちろん、部屋にテレビなんてものもない。
「こっ、コンセントすらないっ」
「一つあるよ。扇風機に使ってね」
合宿施設の都合上、娯楽は少ない方がいい。
現代の娯楽兼連絡手段といえばスマホ。
大桑村も現代の通信網にはかろうじて入っている。
スマホを取り上げるのは安全性の都合で押し切られる恐れがある。
しかし、研修をする側としては様々な事情もあって取り除きたい。
研修の厳しさをリアルタイム実況でもされたら、困る企業は多い。
なら、スマホに必要な電源から遠ざければいい。
そんなわけで、各部屋にはコンセントの差し込み口は扇風機用一つだけ。
「ここって、夏は意外と暑くないから、扇風機でもどうにかなるよ」
「自分の部屋にはエアコンあるくせに……」
春香の独り言は、幸いにも獄介の耳には届かなかった。
◆ ◆ ◆
さて、続いては多目的ホール。
剣道部全体の能力底上げを行う場だ。
丁寧に見定めねば。
瑩が気を引き締めたその時、破裂音が轟いた。
この村中に響き渡った音。
本物を耳にするのは初めてだが、断言出来た。
「な、なに……?」
「銃声……?」
今時はMytubeでいくらでも動画を見ることは出来るが、それでもやはり、実物は違った。
春香は突如やって来た非日常の気配に怯え、瑩に身を寄せた。
その様子を見て、獄介はわざとらしくため息をついた。
「またあいつ、お客様を怖がらせて……」
「なにか、ご存知なんですか?」
銃声は村の学校の反対側、川を挟んだ先にある小さな崖の集落周辺から響いていた。
また一発。彼はその方向を睨みながら続けた。
「いやね、元自衛隊のハンターがいるんだよ。この間なんか、ヒグマがいるなんて嘘言って役場を混乱させてさ。日本のヒグマは北海道だけだっての」
「そんな人が……」
「ああ、気にしないで。直接害はないから。きっと、また熊とか言って、看板か何か撃ってるんだよ。新しい銃を買う口実にする気だ」
獄介が言い終えると、返事をするかの如く発砲された。
「それにしても、撃ちすぎだ。今度こそ銃を取り上げられる。いい気味だ」
彼自身もそう感じたのか、眉を顰めて吐き捨てた。
◆村に潜む不審者の気配───




