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TUONI ~闇を被った死神~  作者: 穀潰之熊
Thou shalt not commit adultery

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49

 彼の人生は逃亡の連続だった。

 今回も、その一幕に過ぎない。


 しかし、これは敗北ではない。

 最後に勝って逆転すれば、それでいいのだ。

 生きてさえいれば、他は全てかすり傷だ。


 少年はヤードから脱出すると、坂を滑り降りて逃げ出していた。

 連れてきたパパは訳もわからず銃を撃ち合っている。

 付き合う義理も、意味もない。


「なんとか、あいつと合流できれば……」


 そうすれば、立て直せる。

 既に車で逃げたのだから、状況が落ち着いてから連絡すればいい。

 今はとにかく、敵から逃げなくては。


「もう、いいかな……」


 彼はあまり運動が得意ではない。

 坂を降りるのも、正直命懸けだった。

 肩で息をして、なんとか呼吸を整える。


 そのせいで、気配の察知に一歩遅れた。


「くっくっく……このたびは、大変な目に遭いましたねぇ」

「だっ、誰だっ?!」


 思わず顔を上げる。

 そこにいたのは、黄色いタオルを首に掛けた汚いおやぢだった。


「なんだこのおっさん!?」

「おい、ガキ。他人様を捕まえといて、おっさん呼ばわりたぁ躾がなってねぇなぁ」

「なんなんだよ、お前」

「流れの鬼畜モンさ。くっくっ、く」


 笑みを絶やさぬおやぢがゆっくりと距離を縮める。

 その様子に、少年はただならぬ予感を察知した。


「それ以上近寄るな!」


 ズボンに押し込んでいた拳銃を抜き、銃口を向ける。

 その意味を知らぬほど、おやぢも甘くはない。


「くっくっく……さすがにチャカはきっついぜ」

「近づくんじゃないぞ、それ以上……」


 おやぢを睨みつつ、ゆっくりと距離をとる。

 その表情は武器を向けられている人間のそれではない。

 底知れぬ、下卑た笑み。


 自分が殺そうとしているのに、それを意に介さない様子。

 少年が経験したことのない相手だった。


「差し出がましいとは存じますがぁ、そのチャカ。安全装置はお外しですかぁ?」

「……は? そんなのっ」


 この銃を手に入れた時、パパから簡単な使い方を教わっていた。

 握るところ(グリップ)の底にマガジンを取り出すスイッチがあり、銃の側面には安全装置のレバー。

 斜め下なら撃てて、水平なら撃てない。


 焦点が銃本体に向かい、安全装置へ。

 その角度は、水平。


「あっ」

「ゲッチュゥ」


 即座に撃てない銃、射手の注意散漫。

 二重の要素が重なっていては、勝てる戦いも勝てない。


 バチリ。電流が迸る機械が少年の腹に押し当てられた。

 スタンガン。電流を相手に流し、その痛みで無力化する武器。


「があああっ!」


 悶絶する少年から拳銃を奪うと、タオルを口に押し込んだ。


「くっくっく……鬼畜モンの雌に唾つけようとした罪……軽くねぇぜぇ」


 動く気力を奪われた少年を肩に担ぐと、おやぢは音もなくその場を去っていった。


◆ ◆ ◆


 事件から一ヶ月後。

 深夜の永葉県那慈見(なじみ)第三交番に来客があった。

 ブザーを鳴らし、夜勤の警官を呼び出す。


「はいはい、今出ますから」


 ウィンウィンウィン。

 扉を開く前からそのような異音が聞こえていたと、警官は後に語っている。


「はいど……わっ」

「えへへっ、えへへっ」


 警官はその異様な光景に、思わず息を呑んだ。

 身体中を粘液で汚された、短髪の少女。

 股間ではプラスチックの物体が蠢いていた。


「どうしたのっ、大丈夫?!」

「ごめんなさいぃっ。私、しっごく悪いことしましたぁ」


 その言葉を肯定するように、彼女の腹にはこう書かれていた。


「私は沢山の人を殺しました。東川郷で人を溶かしたのも私です」


 この警官に、その文章の意味はさっぱり理解出来なかった。

◆鬼畜からは逃げられない───

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