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銃。
事務所にあり、何度か手にしたことはある。
兄妹からの依頼で、女を追いかけ回したこともある。
それでも、実際に弾を込めて外に出たのはこれが初めてだった。
当然だ。昭和ならともかく令和の今ではヤクザ者が銃を持ち、さらに人を撃とうものなら死刑すら視野に入る。
では、なぜ自分達はこんな真似をしているのか?
誰も誘惑に勝てなかったからに決まっている。
「いない……いない……」
懐中電灯をどこへ向けても、あるのはスクラップばかり。
廃車の中を調べても、せいぜい虫やネズミ程度。
自分ら以外に人の気配はなかった。
「おい、まだ見つからないのか」
チームにつき連絡役がひとり。
常時通話アプリで連絡が取れるようになっている。
音を垂れ流すと兄妹が不機嫌になるため、彼らは送信ボタンを押すと声が流れるプッシュ・トゥ・トーク機能があるマイクを使っていた。
「はいっ、申し訳ありません」
「今捜索中です……」
最後の一組が応答しない。
こちらは他からメンバーを分けて倉庫を捜索させているチームだ。
予想通り、兄が怒鳴り散らした。
「おい無視すんなアホ! 早く答えろよ!」
「……いないっす」
違和感のある声。
向こうの連絡役はこんな声をしていただろうか?
その思考は、脳内に漂う淫靡な霧に覆い隠された。
「バカ! 無能! 早くおかあさんを探せっ!」
彼が直情的なのは今に始まった事ではない。
しかし、ここまで焦っているのは初めてだ。
───それほど、おかあさんってのは気持ちいいのか?
あらゆる思考が、欲求を刺激した。
あの人たちが許してくれたら、どんなプレイをしようか。
そんな事を考えていると───
ドドドン。聞きなれない爆音がヤード中に響き渡った。
音というより、衝撃。
これは銃声だ。言うまでもなく、誰かが引き金を引いたのだ。
「おいっ、今のなんだよっ」
「倉庫の方からですっ」
再び銃声。言われた方角を見れば、轟音と共に光が迸っていた。
誰かが戦っている。
いや、銃を持っているのはこっちだ。追い立てているに違いない。
「俺達もいくぞっ」
連絡役の男は2人の部下に命じた。
今こそ活躍して、おかあさんとやらで気持ちよくなるのだ。
そう意気込んだ、その時だった。
「銃を奪われたっ」
イヤホンに流れ込んで来た声で、彼は足を止めた。
「は? なにっ?!」
「銃を奪われた、殺される」
銃が声を遮る。
そして、全ての声は止まった。
この言葉が事実なら。
倉庫の連中は持っていた銃を奪われ、返り討ちに遭った。
そういうことになる。
どういうことか?
自分達と同じ武器を持った敵が現れたということだ。
「どうしたぁ?」
「早く、殺しに行かないと」
状況を掴めていない部下が促した。
彼らは未だに、こちらが獲物を追い立てる狩人だと確信している。
しかし、状況は変わった。
どこかに敵がいるのだ。
獲物ではなく、敵。
指先で人を殺せる、敵がいるのだ。
そう理解した途端に、彼の頭がパニックを起こした。
───俺はここで何をしている? なんで、セックスのために命を賭けなきゃならない!?
死と暴力に対する恐怖が、彼に理性を取り戻させた。
今すぐにでも、銃を捨てて逃げたほうがいい。
───いや、それはダメだ。あのふたりに的に掛けられる。
ゴミ捨て場に、自分も送られかねない。
思い返せば、何人か組の人間がそこへ送られていたはずだ。
「どうしたんだよぉ」
「早くっ。気持ちよく、なれないぞぉ」
頭のおかしい連中を放って、視線を巡らせる。
馬鹿二人の間に見える懐中電灯の光は、恐らく倉庫へ向かおうとしている味方だ。
ここは合流して、身を守るべきか。
「おーいっ」
口を開いた矢先だった。
自分と味方の間に、何かがいるような───
そう知覚した直後、閃光と爆轟が迸った。
悲鳴を上げる間すらなかった。
後頭部に被弾した部下の顔面が弾け飛んだ。
脳漿を顔に受け、男は発狂した。
「わあああっ!」
あの光は、敵だったのだ。
先の銃撃で起きた発砲炎で、視界に残像が焼き付いている。
これでは、相手がそこにいるかはわからない。
しかし、一方的にやられる気はない。
いるであろう相手に自動小銃を指向し、ぐっと引き金を引いた。
ドンっ。弾が出たのは一発だけ。
映画のようにダダダッと連発するつもりだったというのに。
「あ? なんでっ?!」
AKは右側面に安全装置を兼ねる単発・連発を制御するレバーを備えている。
上が弾の出ない安全。真ん中が連発、下が単発。
シンプルなミスだ。
力んでセレクターを一番下の単発にしていたのだ。
閑話休題。彼には試行錯誤をする暇はなかった。
なぜなら、向こうが銃撃を再開したためだ。
「撃ってきた、敵だっ」
「うわあああっ」
慌てて身を隠す。
最後の部下は弾を受け、空を仰いで倒れた。
彼自身も、腕に鋭い衝撃を感じた。
「ぐあああっ」
視線をやる。
鍛えた自慢の左上腕二頭筋。
120kgのバーベルが上がる筋肉。
それが、無くなっていた。
夥しい量の血に混じり、寸断された筋繊維と白い骨が露出している。
───こんなの、スプラッタ映画で見たなぁ。
現実逃避に、頭のどこかでそんな回想をした。
もちろん、それで現実は改善しない。
「ひっ、ひっ、ヒィッ」
銃の破壊力。
映画やゲームでは、穴が出来るだけだったはず。
貫通すれば、大したことのない怪我だったはず。
頭を撃たれなければ、そうは死なないものだったはず。
───これは、本当に銃の傷なのか?
現実を知り、震撼し、絶望した。
「また撃たれたっ、そこら中に敵がいるぞっ」
誰かが通話回線越しに囁いた。
加賀津谷は、そんな人数の兵隊を集めていたのか。
そんな報告を証明するかのように、耳をつんざく音がヤードを支配し始めた。
至る場所で各々が身を守るために銃撃し、生き残るため能動的に索敵した。
殺される前に、殺すために。
倒したという報告はない。
闇の中で蠢く敵の集団は、姿さえ見せずに状況を混乱のどん底に突き落とした。
そんな相手に勝てるわけがない。もう終わりだ。
「ヒーっ……ヒーッ……」
怯え、震える。
絶対的な恐怖に支配された彼には、もう何もできなかった。
◆その破壊力、痛いでは済まない───




