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2021年5月18日 04:50
日本 小張県春日谷市 ヤード『シヴァ』
所属 なし
幕内知樹 単独
東の空が白み始めると共に、車のエンジン音。
一つではなく、複数。
やがて音源が知樹の眼下を通過する。
先頭の2両は白色のバン、組織などを特定させる表示はなし。
その背後を、黒塗りの高級車が続く。
まるで、素人が考えた要人を警護する車列のよう。
人ひとりを受け取りに来たとは到底思えない様相だった。
「信用がないな、あのデブ」
闘争の気配に、知樹の口角が上がる。
双眼鏡の先では車列がヤードのフェンス前で停車し、バンから人が降りていた。
1両につき八人。
計十六人がバンから降りると、ヤードへ向かっていく。
高級車には動きがない。
「……言葉遣いを間違ったかな」
いまは失敗を反省する時ではない。
それよりも件の兄妹を探すのが先決だった。
ヤードへ入っていく人間は、年齢に差はあれど全員が男。
服装もカジュアルなこと以外まとまりはなく、歩き方もチンピラそのもの。
しかし、彼らが抱えているそれは無視出来ない。
「AKに……拳銃」
銃。引き金さえ操作出来れば、赤ん坊でさえ正面から精兵を殺せる。
人類が生み出した武器という概念の極致。
さらにAK、自動小銃には下手な鉄板を貫く弾をばら撒く力がある。
これを成人男性が持つのであれば、その脅威は説明するまでもない。
しかし、彼らが持つ力の扱いは粗略そのもの。
引き金に指を掛けっぱなしで、目的地ばかり見て互いの死角を援護しない。
一人転んで暴発させようものなら、同士討ちで壊滅しそうな印象さえ受けた。
少なくとも、武を振るう者としての訓練は受けていない。
知樹は彼らをヤクザ、あるいは半グレと分析した。
「ダーク・ステートめ。やはり反社と結び付いていたか……!」
戦闘員達はヤードの廃車群を進み、やがて事務所へと辿り着く。
当然、そこはもぬけの殻。誰もいるはずがない。
木に縛りつけたスマホに通知。
件の兄妹からだ。
『どこだ』
苛立ち、あるいは焦りが見える。
知樹はずっと事務所辺りを徘徊している連中を監視している。
音声通話で何事か怒鳴った者は居ても、文章を打ったような素振りはなかった。
しかし、相手は現場の進捗をリアルタイムで把握している。
断定するには早計だが、動きのない高級車が実に怪しく見えてきた。
『取引です。まずは車から出てください』
返信すると、沈黙。入力中の表示さえない。
知樹には、画面の向こうにいる相手が何をしているのか手に取るようにわかった。
加賀津谷のスマホに着信。相手は未登録の番号。
想定通りの反応。では、そうなるように仕向けてやろう。
ポケットから取り出したのは、加賀津谷の部下から奪い取ったスマホ。
通話アプリを起動し、闇バイトのチンピラに通話を開始。
するとどうだろう。
男達が事務所の窓を叩き割り、中へ飛び込んでいった。
彼らは中から着信音が聞こえたら、押し入ってでも加賀津谷の身柄を抑えろと命じられた。
これは知樹の推測だが、ほぼ的中していると見えた。
指示でもなければ、ここまで痕跡を残すリスクを犯したりしないだろう。
「飼い犬には首輪を仕込むべきだったな」
当然、知樹は真っ先に追跡アプリや発信器があるか調査していた。
不可思議な力を使うというが、それにかまけて詰めが甘いようだ。
男達が押し入ってから少し経った。
未だに通話に出ないあたり、金庫の下に滑り込ませたスマホを見つけられないでいるらしい。
そろそろ、事務所に誰もいないと悟る頃だろう。
『やっぱり俺を殺すつもりだったんだな』
『見てるんだろ早く出てこい』
『お前が先だ』
相手の容姿は定かではないが、屈辱と怒りに歪んだ顔が頭に浮かぶ。
高級車に視線を移すと───動いた。
左後部座席のドアが開き、パーカーを羽織った人物が姿を見せた。
知樹の脳内で、過去の経験と結びつく。
「……けっ。助けなきゃよかったな」
車内にはもうひとり、過多な装飾が目につく人物。
こちらは車から出ようとしない。
「妹と……あれが兄か」
目標は覚えた。
『僕は出たぞ。お前も出ろ』
残念ながら、知樹はその誘いに乗る気はなかった。
ポケットに収めたお土産を確かめつつ、時間稼ぎの文を認めた。
『お兄さんもご一緒にどうぞ』
用済みとなった木から飛び降りると、彼の姿は暗闇に溶けていった。
人の姿が消えた木上に、通知が一件。
『僕が兄だ』
その文を目にする者は、どこにもいなかった。
◆この言葉の真意は───?




