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玄関の戸を開くと、灰色の袋が目に入った。
昨日、ハンナ達と行ったワーカーデポの袋。
中身は地下足袋だ。
「早速使うことになりそうだ」
袋から中身を取り出すと、素足になり足を通す。
高いフィット感、それにグリップ性。親指の可動性も悪くない。
「なかなか良い買い物だった」
ご満悦の表情のまま、脱衣室の鏡台へ向かう。
鏡台には化粧水と化粧落としが並ぶ。
少年の一人暮らしに似つかわしくない代物だ。
鏡の扉を開くと、そこにあるのは折り畳み型の化粧セット。
これまた知樹らしからぬように見えるアイテムだが、非常に重要だった。
化粧道具をポケットにしまうと、今度は仏間へ。
ここには仏と幕内家の先祖を祀る仏壇がある。
羅宮凪島で多く見られる金仏壇の前で膝を折り、瞑目し、鈴を二度鳴らす。
───先祖の皆様方。俺は友達を守るため、戦います。どうか、お力添えを。
かつて羅宮凪島が黄泉島と呼ばれていた時代。
織田信長と戦い、その実力を認められ同盟にまで至った武家連合、小張衆。
その筆頭である満久馬家の血を引くと聞かされてきた知樹は、先祖に祈った。
それは、自分が本当の戦士になるという一種の宣言だった。
仏壇には仕掛けがあった。
御本尊には一時的に退避を願い、隠された引き出しの取手を掴む。
現れたのは、一振りのナイフ。
刃渡20cm、重ね1cm。反りのない、真っ直ぐな刃が特徴的だ。
柄は現代的なガラス繊維製。手袋をしていても、濡れていても、手が滑ることはそうそうない。
頑強で、確実。コンバット・ナイフにおいて重要な全てが詰まった刃物である。
このナイフのルーツは、鎌倉時代にまで遡る。
弓矢よりずっと近く、槍よりもっと近く、刀よりもさらに近い間合い。
揉み合いのような状況において、鎧の隙間を貫くための短刀。
何度鎧に阻まれても殺傷力を失わない刃を持つ、鎧武者を殺すための武器。
鎧通。
その設計思想を踏襲し、かつ現代の技術で再現したのがこの逸品である。
知樹が父と過ごした最後の誕生日に贈られたものだった。
『いいか、知樹。これは敵を殺すための武器だ。ここぞという時に使え。大事に使えば、きっと応えてくれる』
父との記憶を回想する。
そう、これがここぞという時に違いない。
今でなくて、いつだというのか。
鎧通を手に取る。
定期的にこれで鍛錬を重ねているが、使うのはこれが初めてだ。
鞘から抜き放ち、艶消しが施された刀身を目にする。
───こいつを人に使えば、人が死ぬ。
抑えていた感情が顔を覗かせた。
人を殺すのは、よくない。倫理的に正しくない。
今さら、何の役にも立たない文明人気取りが水を差した。
───違う。それは怯えだ。正義のためには、そんな些事は捨てなきゃならない。
湧いて出た敗北主義を追い払うため、お呪いを口に出す。
「|悪は死ぬべき《41−41−32−12》だ……|滅ぶべき《01−93−23−51−12》ィ……俺は特別な人間……」
そうすると、心に溜まっていた僅かな躊躇いと忌避感は霧散した。
心にあるのは目的だけ。
ハンナを助ける。ただそれだけ。
決意を固めた少年に、障害物はなかった。
◆一線を越える決意───




