35
幹線道路から離れた位置にある小さな花屋。
恐らく個人経営の店舗で、店先ではそこそこ高齢と見える女性が商品の手入れをしていた。
「ちょっといいですか」
「はい、なんでしょう」
「実はこの辺りでスマホ、落としたみたいで……」
「ああ、あれ! ちょっと待ってね」
曲がった腰で、足早に奥へと向かっていく。
当然、これは知樹が仕組んだ策だ。
警察は事態が落ち着けば犯人グループが持つスマホを押収したがるだろう。
知樹とて、警察に拘束されず事態を収められるとは思っていない。
尋問した犯人から奪ったスマホも、調べればすぐに見つかる。
そこで慶太のいる廃工場へ向かうまでの間に、閉店間際だったこの花屋の前で奪ったスマホを落としておいたのだ。
当然、店員しか気付けないような場所を狙って。
犯人が通ったのならこの店も調べられたかもしれないが、はっきりと通ったのは知樹だけだ。
事件の中で浮いた存在である自分ならば、警察の捜査も遅れると踏んだのだ。
「あった! あったよ! いやー、よかったね。ここで落としちゃってさ」
「ありがとうございます」
「ああ、でもね……」
受け取ろうとする知樹に対して、店主は条件をつけた。
「一応、ロックの解除くらいしてくれる? 疑ってるわけじゃないんだけど」
「もちろん……」
想定の範囲内だ。
元の持ち主にロックを解除させた際に、パスキーは盗み見ている。
店主の目の前で『01−10−24』。生年月日を入力する。
ホーム画面では野球選手がバットを振りかぶっていた。
「確かに。ごめんね、疑うようなことして」
「世の中には、ろくでもない輩がいるんで。当然っすよ」
彼女を騙すような真似をするのは、知樹としても心苦しかった。
しかし、警察がまともに動けない現状で指を咥えて待てるほど、彼は大人しくなかった。
───本当に申し訳ないけど、これも正しいことのため。いいじゃないか、人は傷つかないんだし。
非常に困ったことに、彼を動かしているのは曇り多き義憤なのだ。
「それじゃ、ありがとうございました。なんか……いいことあったら、花、お願いします」
「あはは、ありがとねぇ」
頭を下げると、自宅に向けて歩き出す。
知樹の目当てはスマホにある地図アプリだ。
テレグラムの履歴は確認するまでもなく、肝心な部分は削除済みだ。
知樹はもちろん、警察でも削除されたデータを復元するのは難しいだろう。
しかし、少し考えてみよう。
犯人達は、目的地を暗記出来たのだろうか?
スマホのパスキーを生年月日にするような人間に?
どこかに横着がある。
知樹はほぼ確信していた。
地図アプリ。これはスマホに標準搭載されている代物だ。
施設名や住所を打ち込めば、大体の場所へ案内するナビ機能もある。
そして何より、過去検索した履歴も記録されるのだ。
知樹の読みは当たった。
過去の履歴にある大半は施設名での検索にも関わらず、最新の記録は名気屋市西部、海部町の住所を検索していた。
詳しく調べると、そこはかつての部品工場。
現在は廃業し、建物だけが貸し倉庫として残るばかり。
「見つけた」
ここが単なる受け渡し場所で、ハンナはいない可能性がある。
徒労に終わり、警察から睨まれる結果に終わることも十分あり得る。
しかし、実態の見えない相手を追うというのはそういうことだ。
ついに見つけた一本の糸。
糸を切らないよう、切られないように。
なにより、ハンナを傷付けさせないため。
最善を尽くすため、知樹は一度帰路に着くことにした。
◆目標捕捉───




