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住宅街の中にある、3階建てのワンルーム・アパート。
出入り口にはオートロックの門があり、インターホンか鍵を使わなければ中に入れない仕組みになっている。
文華が送信した部屋番号を入力し、反応を待つ。
返答は、ぷつんという通信が切断された音ばかり。
一般的に、この状態は留守と判断するべきだった。
学園を無断欠席し、家にもいない。
遠い北欧の地からきた留学生が?
誘拐されかけた直後に?
事情が重なれば、単なる留守とは考え難い話だ。
文華からもらった鍵の出番だ。
オートロックを解除し、階段で305号室へ。
ノックノック。
「ハンナ? 俺、幕内だけど……」
玄関から声を掛けても反応はない。
なら、緊急事態だ。
鍵を回し、秘められた空間へ。
ふんわりと漂う、あの日嗅いだ匂い。
平時の脳内なら動じていたところだが、頭を切り替えている知樹は動じない。
靴を脱ぐとずんずん奥へ進んでいく。
脱衣所、そして風呂場。
洗濯機の中には服や下着が放り込まれたまま。
風呂場に入ってみれば、ひと昔前の給湯システム。
タイルに浮かんだ黒いカビがその年期を伺わせた。
湯船の蓋を外してみると、冷め切った水が張られている。
ここにハンナの姿はない。
部屋の方では、さらに生活感の強い風景が広がっていた。
ベッドに散らばったパジャマに、化粧品。
ダイニングのカウンターには冷えたトーストが一枚。
寝坊して、食べる暇がないと慌てたのだろう。
カウンターの裏にあるキッチンへ。
目についたのは、緑のランプがついた炊飯器。
「あいつ、米炊いてんだな。フィンランド人なのに……」
緑の光は保温モードの表示だ。ディスプレイには20hとあった。
素直に判断すれば20時間前に炊き上がる設定で、この時間まで放置されていたということになる。
ここまで調べても、ハンナの姿はない。
───やっぱこれって……
“突然失踪した人間の部屋”。そう評するほかなかった。
「くそっ。DSめ……」
完全に糸は途切れた。
答えがなければ、手掛かりもない。
しかし───
手掛かりの心当たりはあった。
「やるか。まだあるかな……?」
305号室から出ると、足早に階段を下る。
すると、気配。
単なる一般人の気配ならば、警戒するまでもない。
───男二人組で……軍人。
無意識に歩調を合わせ、澱みない足取り。
これは軍人、即ち自衛官のものであると知樹は判断した。
階段を下りきると、オートロックの門の向こうに気配の持ち主達を認めた。
無個性なリクルートスーツ姿。しかし、着方にその個性が表れていた。
大きい方は行き過ぎなほど完璧に着こなし、小さい方───それでも知樹と同じぐらいある───は軽く着崩していた。
少なくとも、営業マンはもっとよれた服を着やすいように緩く着る。
彼らの着こなしでは、新卒の入社試験かクラブの軟弱者だ。
───腐敗違憲軍は変装も三流だな。
関わる気はない。自分は住民だと言わんばかりに一瞥すると、その横を足早に通り過ぎる。
「ちょっといいかい」
二人組の小さい方が尋ねた。
無視して走ってもよかったが、騒ぎを大きくしたくない。
わざとらしく、億劫そうに問い返した。
「なんすか?」
「ここの住民で、ハンナマリ・ヒルヴィサロって子を探してる。見なかった?」
その名前が出て来る可能性は覚悟していた。
しかし奇妙な話だ。なぜ自衛官がハンナを探すのか。
───軍人もどきが警官の真似事? 胡散臭ぇ。
彼らは信用出来なかった。
DSの仲間として排除してもよかったが、相手が複数なのは分が悪い。
適当にあしらう事にした。
「ここに住んでんの、友達なんで」
「ああそっか。悪かったね、引き止めて」
今度こそ、この場を離れる。
競歩のような速さで歩みを進め、角を曲がる。
気配は、ない。
「ちっ、ダーク・ステートに違憲軍まで……」
突如として現れた世界の闇に苛立ちつつも、知樹は秘策を目指し進み始めた。
◆秘策とは───?!




