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ドレスは美しい。
知樹もちょっとドキッとしたほどだ。
しかし、買うことは難しい。
レンタルが精一杯だった。
「しゃーないって。何万もする服って、そうそう買えねーって。着る機会もねーし」
「そっ、そうよね。それに、本番で着れることに変わりはないし……」
知樹のフォローを受けて、ハンナは自身の見通しの甘さを痛感した。
いや実際、買えたところで着る機会なぞそうそうない。
今はそれよりも、この国で名を挙げて留まる手段を作らなければならない。
そう。あの薄暗い田舎に帰らなくて済む、理由と手段を。
「それじゃ、次は男性陣の番ね」
「えっ、俺ら?」
ハンナが慶太に視線を送る。
仕掛け人のふたりなので、当然口裏は合わせてある。
「マックの私服って初めて見たんだけどさ、なんでジャージ?」
知樹はブレザーとジャージのズボンのスタイルで登校している。
しかしまさか、私服は全身がジャージとは誰も想像し得なかった。
「馬鹿言え。最先端のおしゃれだぞ」
「いや、そんな最先端聞いたことないけど」
「んなことねーって。現にピーテルの……」
「とゆーわけで!」
知樹の言葉を遮るように、ハンナが目的地を指し示した。
ワーカーデポ。
少し前まで作業服専門店だったが、近年ではファッションやアウトドア関係にも手を広げだした店舗だ。
「マックは登山が趣味なんでしょ? こういうとこがいいと思って」
「いや、趣味ってわけじゃねーんだけど」
知樹は店内を一瞥して、瞬時に分析した。
服は確かに、そこそこの作りをしていそうだ。
しかし登山道具は命を預けるには相応しくないように見えた。
「あっ、買うものあったわ」
「なになに?」
ハンナが興味津々に知樹の後に続くと、彼は靴のコーナーで腰を下ろした。
なにやら、白くて長い箱を調べている。
「それは?」
「地下足袋」
それは、現場作業員が古くから着用する、一種の長靴だった。
通常の靴と異なり、親指の部分が独立した設計が特徴的だ。
この設計により、つま先に力を入れやすい。
何かをよじ登る時、効果を発揮する。
また靴底はゴムで出来ている。
ゆえにスニーカーのように足音がしにくく、音もなく走ることができる。
知樹は父からこれらの話を聞き、深く感銘を受けていた。
実際に何着か持っていたが、最近全て使い潰してしまったのだ。
「まっ、マック。その、こんな時に地下足袋は……」
慶太は戦慄した。
いくらなんでも、これはない。
本人に自覚がないとはいえ、デートで地下足袋を見るわけがない。
これはハンナもテンションガタ落ちである。
と、思われたが。
「じっ、地下足袋!? これが噂の地下足袋なの!?」
慶太は思い出した。
彼女は北欧の淫夢厨である。
当然、あのネタもご存じというわけだ。
「知ってんの?」
「ええ、そりゃもう! 泥んこ土方さんの履いてた地下足袋って、これなのね!」
「泥んこ土方って誰だよ」
知らなくてもいいことである。
それはともかく、慶太の想像を飛び越えて大ウケ。
人は見かけによらないというが、これは───
装着された地下足袋にキャッキャする北欧美少女を横目に、慶太はレディース商品の棚を見る文華に話しかけた。
「ごめんね、姉さん。巻き込んじゃって」
「いいんだよ。たまにはこうやって遊びに出るのもいいかな」
それにしては、浮かない口調だ。
なんとなくだが、前の演奏会から文華が知樹に対して良い印象を抱いていないような気はしていた。
実際、先ほどから文華は彼との接触を最小限に留めている。
───多分、あの話だよなぁ。マックは忖度とか遠慮とか、苦手だからなぁ。
この問題を解決できるほど、慶太の人生は長く深いものではなかった。
◆お前、その靴何に使うつもりだ?!




