48
2021年5月29日21:45 永葉県大桑村腹谷家
予定では知樹達が車のキーを確保し、そのまま倉庫から車両を確保する手筈となっていた。
倉庫は入ってきた勝手口よりも、正面玄関から出たほうが近い。
知樹が玄関の戸に手を掛けると、一気に開け放つ。
徹が開いた隙間から雪崩れ込み、安全を確保。
「いいぞ、進め」
敢えて口に出すことはしなかったが、玄関の血痕はそのまま倉庫へと続いていた。
見える範囲では、それ以外に痕跡なし。
実行犯は目的地に居座っているのだ。
それでも、ここまで来て作戦を変えることは出来ない。
倉庫は正面のシャッターが閉ざされており、これも内側からしか開けられない。
なんにせよ、裏口から入るしか手はなかった。
「油断するなよ」
この先に起こるであろう戦いに備え、知樹はリボルバーから散弾銃に持ち替える。
そして、地面に染み込んだ赤黒い模様を踏み越えた。
「動くな!」
相手が目に見えた化け物なら、知樹も言葉など投げかけない。
そこにいるのが人に見えたから、口を開いたのだ。
倉庫の中心。3両の車の背後で佇んでいたのは、黒漆の鎧武者だった。
後ろ姿からでもわかる立派な兜の立物は、実用品ではなく武将の格を表すお飾りの証明だった。
「誰だ……? お前も、俺に逆らうのか……?」
一方で、振り返った血染めの立ち姿は彼の持つ武力を鮮明に示していた。
赤と黒の混じる小手には肉片らしき輪郭も見える。
まともではない。知樹がそう判断するに十分過ぎる情報だった。
「村長……?」
彼の顔に見覚えがある徹は、つい慣れ親しんだ肩書きを口にしてしまった。
厳密に言えば、前村長。選挙で無敗の男も寄る年波には勝てず、三男に役職を譲ったのだ。
今は役目を終えて隠居の身であった。
「村長……村長だとぉっ……お前もっ、お前もぉッ!」
知樹はこの老人の様子に脅威を覚えた。
有無も言わせぬ発砲。直撃を受けた前村長の兜が、頭部の一部ごと吹き飛んだ。
普通の人間ならば、暴徒であってもひとたまりもない被害だ。
しかし、彼は倒れない。
「盗人めっ、卑劣な左翼の簒奪者めっ……! やはり俺の命を奪いに来たかッ!」
失われた老人の右側頭部が、形を取り戻していく。
それはまさしく再生。人外の所業と呼ぶに相応しい現象だった。
「やれ!」
徹の号令と同時に、ふたりは火力を集中させた。
散弾銃を撃ち尽くすと、知樹は拳銃、徹は小銃に切り替えた。
そして、そのシルエットに照準を合わせて引き金を引く。
音の反響する閉所で、倉庫を破壊せんばかりの爆音が轟く。
衝撃が叩き、閃光が迸り、弾丸が貫き、破砕した。
銃口から放出された発射ガスが埃を散らし、暗闇と相まって視界を奪う。
舞い上がった粉塵が落ち着いた頃、ライトの光越しに浮かぶシルエットが鮮明になった。
立っているのは下半身のみ。
上半身はズタズタになった鎧と共に、自分の少し後ろで天井を仰いでいた。
やがて、立つものはなくなった。
「……やり過ぎたか?」
「かもな」
失われた頭部を再生させるしぶとさはデミノの頑丈さを想起させた。
しかしこの程度で死ぬのならば、過剰な攻撃。弾の無駄だ。
それを論じても仕方がない。知樹はライトを車に向けた。
先ほどの銃撃で車体やガラスに穴が空いていたが、致命的な損傷には見えなかった。
これ以上は近付かなければわからない。
数歩ごとに真っ二つの死体に意識を向け、まずはコロモのワンボックス、センタメに歩み寄る。
やがて意識は車へ向かい、キーの開錠と共に死んだものとして扱われた。
「よし。俺は車とシャッターを、お前は4人をここに」
「待ってろ……おい」
振り返ると、センタメのブレーキランプの赤い光が倉庫を照らしていた。
そこには砕けた鎧と血痕以外、何もなかった。
「奴がいない!」
「上だ!」
徹の警告と同時に、知樹は前方に飛び込んだ。
伸びる何かが背後を横切ったのは、僅かな差だった。
床に伏せた後も本能的に転がると、何かが自分がいた地面を切り裂いていく。
「そこかっ」
転がりつつ相手との間合いを測り、仰向け状態で天井に向けて銃撃。
銃撃の閃光で、全貌を理解出来た。
敵は先ほど仕留めたと思われた上半身。
それが天井に貼り付き、自身の垂れ下がった腸を鞭のように叩き付けていたのだ。
今までとは違うベクトルの化け物だ。
銃撃で開いた天井の穴から月の光が差し込むも、その姿は消えていた。
弾を見えない者に当てるのは、至難の業だ。
「知樹っ、お前は行け! あの子を呼んでこい!」
不死と思えるほどのしぶとさと、人並みという的の小ささ。
そして天井を動き回る縦横無尽な素早さ。
これは、自分達の手には負えない。
「俺が陽動する! 行け!」
突如、徹が火炎瓶に着火して倉庫の片隅に放り投げた。
意図は即座に明らかとなった。
光源の存在しない倉庫に生じた火炎の塊は、暗闇というベールを霧散させたのだ。
天井の隅に垂れ下がるはらわたは、非常に目立つ存在だった。
銃弾を浴びせるが、動きに多少の怯みが混じるだけで致命傷を与えている印象はない。
「行け!」
これはもう手に負えない。
それに火炎瓶が撒き散らした火種は、倉庫の一部で燃え広がり始めていた。
時間との勝負でもある。
「待ってろ!」
前村長の腸鞭をフェイントでかわしつつ、知樹は倉庫を飛び出した。
◆前村長の身に一体何が───?




