王子殿下は少し変わっています
男爵領から五日目の朝、王都に入って少ししたところで、馬車が停車をした。
まだまだ王都の端であり、休憩は先程取ったばかりだ。
「どうしたんでしょう?」
ダリウス様は外の護衛と会話を交わしているが、段々と顔が強張っていく。
「あの、スーザン嬢、大変に申し訳ないのですが…」
こちらを振り返って話し始めたダリウス様の言葉を遮るように、馬車の扉が開け放たれた。
「…どうやら殿下が待ちきれずに来てしまったようです……。」
扉の向こうには、濃紺の髪に、王家のみに伝えられるアメジスト色の瞳を持った長身痩躯の青年――この国の第二王子その人が満面の笑みで立っていた。
急いで挨拶をしようとする私を制して、殿下は笑顔で馬車に乗り込んでくる。
ダリウス様の隣に座られた殿下は、私に向き合うと、その紫眼をきらきらと輝かせて「会いたかった」と、ただそれだけ言うとこちらを見つめたまま黙ってしまった。
ええええ?なにこの状況???
そんな心の声を外に出すことはできず、私は目を白黒させて殿下を見つめ返した。
「も、もったいないお言葉です…。」
緊張のあまり控え目に微笑むと、紫眼が見開かれ、殿下がぶつぶつと呟きだした。
良く聞こえないが、「天使のようだ、いや、妖精か?」などと聞こえてしまい、ぽっと頬が赤くなるのを感じる。
それって、私のこと?とっても恥ずかしい。
近所の庭師のおじいちゃんたちだって、そんな風には言わないわ。
居心地が悪くもぞもぞしていると、ダリウス様が咳払いをして殿下をたしなめた。
「ウィリアム殿下、会えて嬉しいのは分かりますが、少しは自重してください。スーザン嬢が困っていますよ。」
「…へっ?」
驚いた顔でこちらを見る殿下は、十八歳には見えないほど無邪気な顔をしている。
その瞳に既視感を覚えて、一体どこで見たのだろうと内心で首を傾げてみるが、思い出せない。
「済まない、君に会えて浮かれすぎていたようだ。改めて、第二王子のウィリアム・キングディアだ。この婚約を受け入れてくれたこと、本当に嬉しく思う。」
そう言って殿下は胸に手を当てて会釈をした。
そのあまりの美しさに目を奪われ、胸がどきりと音を立てる。
「アボット男爵が娘、スーザン・アボットでございます。私こそ、このような名誉をいただき嬉しく思います。」
馬車の中のため、ぺこりと頭を下げると、殿下は嬉しそうに目を細めた。
「来週には君との婚約発表会、結婚式は君が成人する六か月後だ。タイトなスケジュールで申し訳ないが、必ず幸せにする。」
「あ、ありがとうございます…。」
殿下の顔が眩しすぎて直視できない。
顔を真っ赤に染めて俯いていると、殿下の可笑しそうな笑い声が聞こえてきた。
「君は、本当にいつまで経っても変わらずに可愛らしい。」
その呟きとともに、そっと頭を撫でられた。
◇ ◆ ◇ ◆
王城での生活とはあっという間に過ぎるもので、私は婚約発表当日を迎えていた。
成人していない私に配慮して、今回の発表会は昼食の時間に行われることになった。
朝から複数の侍女にぴっかぴかに磨き上げられ、背中まであるハニーブロンドの髪は艶やかに結い上げられた。
今日身につけるドレスはウィリアム殿下からのプレゼントで、淡い紫色のそれは殿下の瞳の色を想起させる。
王都に到着してからほぼ毎日、お忙しいはずの殿下は時間を見つけては私に会いにいらっしゃった。
一方の私は、お妃教育としてマナーにダンス、国内外の産業や地理、歴史。これまで田舎で自由にしていた分を取り戻すように勉強をしていた。
侍女やメイド、教師たちもとても良い方たちばかりで、なぜ殿下が私を選んでくださったのかは聞けずじまいだったが、それでも王城の生活はとても充実していた。
「スーザン様、とっても素敵ですわ。」
「ええ、本当に。まるで可憐なお花の精のようです。」
「きっとウィリアム殿下もお喜びになります!」
侍女たちから賛辞を雨あられと降り注がれ、私は恐縮して控えめに微笑んだ。
「皆さんの腕がいいからですわ。」
「スーザン様、今日のスーザン様はことさら綺麗でお美しいです!誰がなんと言おうと、本当に素敵です!」
必死にそう繰り返す侍女たちを不思議に思ったが、私は曖昧に微笑んで「ありがとう」と返した。
丁度私の支度が終わった頃、ウィリアム殿下が正装に身を包んで部屋に迎えに来た。
白い上着のポケットからは、私の瞳と同じ瑠璃色のハンカチーフが覗いている。
正装を身に纏う殿下は、いつも以上に王子様だった。
「素敵ですわ……。」
思わずそう呟いた私の声を聞き、殿下はこれでもかと目を見開き、そして破顔した。
「まったく…君には敵わないな。君はいつも僕を喜ばせてくれる。」
殿下はそう言うと、私の手を取って跪いた。
「私の可愛いスーザン、私は君をこのまま攫いたい欲求と戦っているよ。本当に綺麗だ。」
殿下の表情が真剣で、そしてその口から紡がれる言葉は真っ直ぐで、私は完全に許容量をオーバーして口をぱくぱくさせるので精一杯だった。
「ふふふ。慌てる君も素敵だね。スーザン、絶対に今日は私の隣を離れては駄目だからね。」
立ち上がりながら茶目っ気のある笑顔になった殿下だったけれど、最後の言葉はとても真剣さを含んでいた。
私はそれを不思議に思ったけれど、結局答えは分からないまま会場に向かうことになった。
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