おかしなお願いがありました
なんとかゴールデンウィーク前に間に合いました!
私、スーザン・アボット男爵令嬢は、目の前の事態に頭を抱えていた。
事の発端は、父の執務室に呼ばれたことだ。
楽しく庭園の土いじりをしながら、動物たちと戯れていたところに家令がやって来た。
普段は領地経営に勤しんでいる時間にも関わらず、急ぎ執務室へ来るようにという父からの伝言を聞いた時は、何事かと思ったが。
私の目の前には一通の手紙。そして私と同じように頭を抱えるお父様の姿。
王家の紋章が描かれたその手紙には、私とウィリアム・キングディア第二王子殿下を婚約させたいというお願い……もとい王命が書かれていた。
私たちのような片田舎の貧乏男爵家が、国王陛下からのお願いを断れるはずなどない。
答えは是以外ありえなかった。
では、なぜ私とお父様がこんなにも頭を抱えているかというと、それはもちろん、こんな貧乏男爵家と王家の婚姻など普通はありえないからだ。
そもそも、私は貴族の子女のほとんどが通っている王立学園にも通わずに、田舎で悠々自適な領地ライフを過ごしているようなご令嬢である。
最早、ご令嬢と言って良いのかも迷うレベルで、私は最低限のマナーと礼儀作法しか身に付けていなかった。
それが、王家との婚姻。
しかも、いろいろとお噂が絶えないウィリアム殿下と。
「スーザン、お前は一体どこで見初められてしまったんだ…。」
お父様はただ茫然と呟いた。
先月、二番目の兄が騎士となって、花形の王都勤務となった。
アボット家史上最大の快挙に家族総出で王都へお祝いに行ったのは記憶に新しい。
私にとっても人生二度目の王都で、とても楽しかった。
その祝いの席で、お父様が『来年はスーザンが成人になるし、兄妹三人とも立派に成長した。スーザンの婚約を早く決めて、私はそろそろ隠居しようかな』と話していたのを知っている。
そして、何なら私と、大きな商会のご子息との縁談を進めようと準備していたことも知っている。
だからこそ、お父様の茫然自失とした表情に、胸が痛い。
「私も、全くもって意味がわかりませんわ…。」
そう言って私たちは大きなため息をついた。
落ち込んでいるのか、驚愕しているのか、それとも呆れているのか。
自分の気持ちが分からないながらも、少なくとも嬉しいわけではないのは確かで。
それでも貧乏男爵家に断る権利などはもちろんなく、アボット家はこの婚約を謹んでお受けした。
そして現在、私は王都に向かうために馬車に乗っている。
王家に婚約を受ける旨を連絡したのは先週のことだ。
アボット家の領地は王都から馬車で五日。馬でも三日の距離である。
私がこうして王都へ向かっているのがどれだけ異常か分かってもらえるだろうか。
王城からの返事を持ってきた使者に、『馬車もすでにこちらに向かっている』と言われたときは、男爵家のお屋敷中が上を下への大騒ぎとなった。
大慌てで荷造りをして、本当に二日後に馬車が現れた時には白目を剝きそうだった。
もう見えなくなってしまった男爵領に思いを馳せながら外を眺めていると、向かいの席から声がかかった。
「ご不安に思うかもしれませんが、ウィリアム殿下はとても誠実な方です。ご心配には及びませんよ。」
「申し訳ございません、ダリウス様。私ったら長年暮らした故郷を離れることを思って感傷に浸ってしまいましたの。」
そう言って視線を向けた先には、赤髪翠目の美丈夫が座っている。
彼は、ウィリアム殿下の側近であるダリウス・ドラガーノ。財務を取り仕切るドラガーノ侯爵家の次男で、ウィリアム殿下とは幼馴染だという。
「ウィリアム殿下はスーザン嬢にそれはそれは早く会いたがっておりまして…。急なお呼び出しとなり、誠に申し訳ありません。」
これは、馬車に乗ってから何度も言われたセリフだ。
ウィリアム第二王子殿下が私に会いたがっている。それも可及的速やかに。
王子殿下になどお会いしたこともないはずなのに、なぜそんなにも慌てて私を呼び寄せるのか。
全く身に覚えがなく、これを言われるたびに私の胸のうちにもやもやが溜まっていく。
私が不安そうな顔をしていたからか、ダリウス様は困ったように眉尻を下げてためらいがちに口を開いた。
「実は、スーザン嬢にお伝えしなければならないことがあります。ウィリアム殿下の噂のことです。」
「はい、聞く準備はできております。」
ああ、ついにこの時が来てしまった。
私は覚悟を決めて、静かに頷いた。
「まず、ウィリアム殿下についての噂で良く知られているものは、ウィリアム殿下が狼人間であるということ。そして、それは幼少期に受けた呪いの影響によるということ。さらに、満月の夜になると狼人間に変身するということ。その際に理性を失い、多くの市井にいる子女を手籠めにしているということ。これらの噂はご存知でいらっしゃいますか?」
ダリウス様の言葉に首肯する。
ウィリアム殿下の噂は、王都から遠い辺境の田舎にも届くほど有名だった。
そのために、ウィリアム殿下は私より四歳年上の十八歳であるにも関わらず、まだ婚約を結んでいなかった。
「このうち、半分は本当で、半分は噂に尾ひれがついたものに過ぎません。」
ダリウス様はとても悲しそうに俯いた。
半分は本当……。どの組み合わせが本当なのかが問題である。
呪いのせいで子女を手籠めにしている、なんていう組み合わせを想像してしまい、少し気分が悪くなる。
「半分、というのはどういうことでしょうか。」
「ウィリアム殿下は確かに幼少期に呪いを受けました。そのために、月に一度は狼に変身しなければならないのです。」
「狼…?狼人間ではなくですか?」
「そうです。しかし、人間の記憶も理性も持ち合わせたままですし、ご心配には及びません。狼になるのも、ご自身の意思でコントロールできますから。」
私は大きく目を見開いてダリウス様を見つめた。
真っ直ぐに見つめ返してくるダリウス様の瞳からは嘘は見つけられず、これが真実なのだと伝えてきた。
「そう、なのですか。……良かった…。」
なんだか力が抜けて背もたれに寄りかかると、隣に座っていた侍女のエマがそっと肩を支えてくれた。
「スーザン嬢は狼を怖ろしいとは思われないのですね。」
ダリウス様が目を細めて言った。
「ええ、男爵領はとても自然豊かな場所で、私は動物と戯れて育ちました。慈しみこそすれ、怖ろしいとは思いませんわ。」
それは良かった、と言いながらダリウス様は満足気に微笑んだ。
いいえ、私こそ本当に良かった!
狼は懐けば忠誠心が強く、頼りになる動物だもの。
狼なんか、怖くないわ!!
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