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8.ハルノサイド



「見つかんないね、例の痴漢ちゃん」


疲れたという感情をフルに表情に乗せてカナはそう言った。

探そうと言い出したのは確かに彼女だけれど、さすがに毎日電車の中を一緒にくまなく見渡すよう頼んだのは少し悪かった、と思う。

思うけれども。


「痴漢ちゃんてあんた…」


「だあーって名前分かんないんじゃん、その子!」


やけくそ気味にカナは紅茶のパックを握ったまま天井を仰いだ。

その大きな声を聞き、例によって今日もカナの背後に座っている牧田さんが驚いた様子で振り返る。私と目が合い、何かを察した様子でぎこちなく笑い、正面に向き直った。

なんだか当たり前のように気を使わせるようになってしまっていて申し訳ない限りだ。


「とにかく、もう一週間は探したよ。元々顔も見てない訳でしょ?しかも背格好は覚えてるったって、時間が経つごとに記憶だって曖昧になっていくじゃん」


「そう、だけどさ…」


確かにカナの言う通りだ。

何せ突然のことだったのでろくに姿を見ていないのだ。無謀とは分かっていたが、やはり上手くいかないようだった。


「つーかね、ハルがそんなに粘ると思ってなかった。あたしが興味あっただけっていうか」


「あたしが粘ってた?そう?」


「うん」


紅茶を机の上に置いてカナは頷いた。


「あんたってヤなことあってもあんまり引きずらないじゃん。寝たら忘れるとかじゃなくて考えないようにするっていうかさ」


(確かに…)


そうかも知れない。

いつも嫌なことがあっても考えないようにして他のことをして、意識から消すようにしていた。

電車の中で他校の生徒に絡まれた時も、見知らぬおじさんから気味の悪い視線を向けられた時も。

だから、私は嫌なことはすぐに過去のものにしようと思えばできるのだ。

それなのに、今回のことは一週間も持ち越している。


「嫌なことだった訳じゃなかったり?」


「…」


カナはまじめに話している時、他のことは何もしない。爪の手入れも、飲食もしない。現に今、先程まで飲んでいた紅茶はすでに机の上に置かれている。

なら、私もそれに応えてまじめに答えるべきだ。


「そう…かも。うん、嫌な訳じゃなかった」


カナは黙って頷いた。

何も言わずにまず聞いてくれる人がいると、口に出しながら気持ちを整理できるものだ。

私は続ける。


「ただ、理由が知りたい。なんであんなことしたのか…

あたし、知らない人から何かこう…気持ちをぶつけられる時って、大体嫌なことでしかなかった。その全員が回りくどく、自分を正当化しようとしてて」


絡んできた他校の生徒も、気味の悪い視線を向けてきたおじさんも、結局は似たような言葉をぶつけていったのだ。


ーそっちが先に睨んできてたんだろ…

ーそんな派手な格好してるから嫌でも見ちまうんだよ…


「そっか。なるほどね」


「確かにいきなりキスとかおかしいけど、真正面からぶつけてくれたからそれがどんな気持ちでもいっかなって。そう思ったから」


カナはうんうんと頷いた。


「『嫌いじゃないわ』ってね?」


「うん、そう嫌いじゃ…え?」


いつの間にかカナはにまにまと笑いながら紅茶のパックを再び手にしていた。まじめに聞く時間はどうやら終わったらしい。


「あーそっかー!晴野ちゃんにもとうとう春がねえ!

しかし相手がおんなじ…いっ!」


楽しげにぺらぺらと話すカナに容赦なくデコピンをお見舞いした。

これで静かになる。


「うっさい。茶化すならその紅茶全部飲み干すよ」


脅しのためにカナが握っているパックを彼女の手ごと掴む。カナはさせまいと必死で、かつパックを潰してしまわないように絶妙な力加減で抵抗した。


「ごめんごめん…で、人探しはもういいの?」


「うん、気にはなるけどもういいや。キリないし」


話が本筋に戻ってきたのでカナの手を解放した。カナはほっとした様子で続けた。


「じゃあさ、久しぶりに遊び行こうよ。今日の帰りに」


「そういやしばらく寄り道とかしてなかったね。うん、行く行く」


何も解決はしていないけれど、ここがきっといつものような『忘れどき』なのだろう。あまり考え込み過ぎるのは性に合わない。

一旦『彼女』のことは忘れることにして、今日の放課後の計画を話し合うことに決めた。




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