7.シオリサイド
彼女を初めて見たのは、やはり電車の中だった。
率直に言えば、当初は出来ることなら関わりたくないと思った。
髪色こそ普通だったが、よくない噂のあるあの向陽高校の制服を派手にアレンジして着ているのだ。その上、両耳にピアスをいくつも空けているとなれば、彼女を温厚な人物だと考える人は多くはないだろう。
が、彼女への印象が変わったのは初めて見かけた時からそう時間が経っていない頃だった。
帰りの電車が一緒になったある日、彼女は友人らしき同じ制服の少女と何やら楽しげに話していた。その時私はというと、目を付けられたりしないように彼女らの正面の座席に座ったままひっそりと本を読む振りをしていた。
やがて、友人が何か冗談を言ったのか、彼女は
「ふっ…!」
と小さく笑い声を漏らした。そして一拍おいて押し殺したようにくくくっと笑いながら肩を震わせ始めた。
(え?そんな風に笑うの?)
失礼なようだが、手でも叩きながらもう少し大声で笑うだろうと思っていた。何しろ向陽の生徒は乗車マナーがあまり良くないと聞いていたからだ。車内の床で座り込んだり、車内で騒いだりしたなどという話はいくらでも聞く。
しかし目の前の彼女は騒ぐでもなく、必死に少しでも声を抑えようとしている。そして何より、彼女の笑った顔は攻撃的な外見とは裏腹に少し幼い印象を受けた。
唇を真一文字に結び、声を立てまいと押しとどめつつ、笑うのをやめられないといった様子だ。ボリュームは抑えているものの、笑い声はやがて『くくくっ』から『ぶぶふっ』寄りに変化してきた。
(あ。なんだか、実は残念な子なのかしら…)
怖い、関わりたくないという気持ちはいつしか消えていた。関心が抑えられず、いつの間にか本を膝に置き、凝視してしまっていた。私の視線に彼女の友人が気づき、慌てて彼女の肩を叩いて何か言った。彼女は友人の言葉にハッとした様子で、こちらを振り返った。
瞬間、視線が交わった。
思わず目を逸らそうとした私より早く、彼女は申し訳なさそうに笑い、片手をこちらに上げて見せた。『ごめん』という意思表示だろうか。
その後、目が合ってからしばらく私は放心でもしていたようだった。私の降りる駅に止まるというアナウンスで我にかえった。慌てて本をカバンの中にしまい、立ち上がってドアの方へ向かった。
やがて電車が停まり、開いたドアからホームへ降りた。ドアが閉まり、電車が動き出してから、私は振り返った。
ホーム側のドアの窓際。二つの人影が見えた。一つはこちらに背を向けている。先程の件の『彼女』の友人だ。そしてその正面には、再び何か話に花を咲かせているのだろう。明るい表情でジェスチャーを交え何か話している様子だ。すると、ふと彼女が口をつぐんだ。友人が何か発言しているのだろう。
それを聞いてか、『彼女』が再び目を細めて笑った。
「…」
時間にしてものの10秒にも満たなかっただろう。しかし私は電車がホームから出てゆくまでしばらくそこから動くのを忘れていた。
それから私は、彼女と偶然乗り合わせる度に目で追わずにはいられなくなったのだ。
画像のことは魔が差したと思いつつもやめられずにいたが、まさか先日、それ以上のことをしてしまうとは私自身予想していなかった。
今日は彼女を見かけなかった。意味もなく当てが外れたような気持ちだが、髪型を変えているとはいえ当分顔を見られない方がいい状況だからある意味ちょうどよかったのかも知れない。小さくため息をつき、早く帰ろうと改札に向かった。
だから知る由もなかった。
その頃、私が降りた車内で件の彼女とその友人が私のことを話題に上げているとは。
「…やっぱりいないって。見つからんて。
星南女子の生徒多すぎるし」
「ちゃんと探すの手伝ってよ。言い出しっぺなんだから」
「わーかったよ。今降りた子…は髪型違うか…」
「そう、黒髪ロングの子だからね」
「つーか顔くらい見といてよ…」