5.シオリサイド
アラームが鳴る前に目が覚めた。
部屋を出て一階に降りると、既にいつも通り父は出勤した後だった。母は昨日も遅かったようなので、まだ寝ているだろう。
洗面所で顔を洗い、目の前の鏡を見る。青白く無表情な私の顔が映る。当たり前だがいつもと何も変わらず、見てもつまらない顔だ。
(朝ごはん、食べよう)
タオルで顔を拭きながらキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けると、ラップを掛けられたパンケーキが入っていた。夕べ帰宅した母が作っておいたものだろう。
今はもうそんなことはなくなったが、昔はよく朝ごはんにパンケーキを焼いて欲しいと母にリクエストしていた。幼い私はそれが焼き上がるのをわくわくしながら待っていて、いざ焼き上がるとメープルシロップをかけようか、それともチョコレートシロップをかけようかと真剣に悩んで母に笑われたものだ。
ーしおり、早く食べないと冷めちゃうわよ…
そう言って呆れながらも笑う母を思い出す。それでも子供だった私は決められず、結局母の分のパンケーキに自分が選んだものと別のシロップをかけてもらって、お互いに分け合うのがお決まりのパターンだった。
チン、と電子レンジが音を立てて我にかえった。
パンケーキを温めている間つい思い出に浸ってしまったが、朝はただでさえ時間がない。レンジから皿を取り出し、テーブルに置いた。パンケーキの上に蜂蜜をたらし、ひとり席についた。
早く食べて家を出なければいつもの時間の電車に乗れない。急がなくては。
手早く食べ終わり、歯を磨いて一旦部屋に戻った。
ハンガーに掛けておいた制服を取り出す。こちらもいつもと変わらない、黒のワンピース型のセーラー服だ。袖を通し、白のスカーフを結んだ。
クローゼットを閉める時にふとあることを思い出した。今日からはしばらく髪型を変えようと決めたのだった。とはいえ、ヘアアレンジなどほとんどしたことがない。どんな髪型にするか考える余地もなく、無難にポニーテールにまとめた。
時計を見ると、家を出る時間まであと5分ほどある。クローゼットについた姿見で自分の格好を確認した。スカーフはきちんと結べている。制服にしわなどもない。後ろを確認しようと、身をひるがえした。
おかしなところはない、と考えた瞬間異常を見つけた。
膝丈のワンピースの裾が5センチほど、すっぱりと切れている。どこかでうっかり引っかけて破れたならこんな風に綺麗には切れないだろう。そもそもそんなことがあった覚えもない。
とすると。
(…)
今は考えるのを後回しにして、家を出なければいけない。応急処置として裾を安全ピンで留めておいた。帰ってから縫ってしまえば目立たないはずだ。
玄関に降り、茶色のローファーに足を入れ、トントンとつま先を鳴らした。ドアを開けると、早朝の空気の匂いがした。目の前の道にはいつも通り学生の姿はない。部活でもやっていなければ普通の高校生登校時間には少し早い時間だから、当然ではある。部活をやっていないのに普段からこの時間に家を出るのは私くらいだろう。
「…行ってきます」
誰に言うでもなく、ひとりそう言って家を出た。