2.ハルノサイド
「女子高生の痴女?何それ?」
『カナ』こと友人の八木美香奈は声が大きい。おそらく悪気はないのだが、昨日のわたしの体験談を聞いた彼女が発した感想はあまりに明け透け過ぎるものだった。聞こえてしまったのか、彼女の背後の席に座っている同級生の牧田さんがぎょっとした顔で振り向いた。
(なんでもないよ)という意味を込めて手をひらひらと振り、牧田さんが訝りつつも前を向いたところでわたしは声をひそめて答えた。
「そういう話じゃないから。つーかあんた声でかいわ」
「違う?知らん女の子に電車ん中でいきなりチューされたんでしょ?」
「痴女とか言ってないし。…まじめに聞いて。本当に意味わかんなかったんだって」
うつむいて爪を磨きながら適当な返事をしているカナの顔を両手ではさんで恨みがましく睨むと、やっと手を止めてこちらを向いた。
「ごめんごめん。何なんだろうね?なんかの嫌がらせかな」
「恨み買うようなことした覚えないけど…」
「あんたがしてなくても、向陽高校の生徒って聞いただけで嫌な顔されることだってあるでしょ」
「ほんと理不尽な…」
『底辺校』『バカ高』と不名誉な通り名ばかりで、受験生の娘を持つ親御さん方から『未来の我が子があのネズミ色の制服を着ている姿だけは見たくない』などと言われる我らが母校だが、わたし自身は別に問題を起こしている訳ではない。授業もサボらないし、赤点も(ギリギリ)取ったことはない。ましてや他校の女の子に恨まれるような覚えはない。
「じゃあ言いにくいけど。まずうちらこの制服で歩くだけで若干警戒されるじゃない?それだけじゃなくあんた特に髪色やばいしさ。声もドス効いてるし」
普通にしているつもりだったが、友人から見るとそうでもなかったようだ。声は生まれつきなのでどうしろというのか。髪色に関してはこだわってはいたが、派手にしているつもりはなかったので意表をつかれたような気持ちになった。髪を1束つまみ、眺めた。髪が痛むとビビりまくりながら色を抜きまくったお気に入りのホワイトブロンド。
(…確かに派手かもしれない)
「もしかして今気づいた…?まあ人間は見た目で判断するからさ、ちょっと肩でもぶつかったのをあんたに絡まれたとでも思ったんじゃない」
お気に入りの髪色をやばいと評価されたことに少しショックを受けつつ、仕返しが何でキスなんだとは思ったが、カナの発した見た目という言葉でふとあることに思い当たり、彼女にこう問いかけた。
「カナ、黒のセーラーワンピの学校ってどこだっけ?分かる?」
「何?その子の制服?えー…黒セーラーは確か、星南女子じゃないっけ」
「星女…結構いいところの私立じゃん。そんなところの子が何やってんだろ」
「気になるならさ」
カナがずいと身を乗り出してきた。次の瞬間、何となく予想はできたがあまり気の進まないことを口にした。
「本人に聞いてみればいいじゃん」