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1.駄菓子屋の花子さん

僕が、彼女からの誘いをすっぽかされ不意に時間が空いてしまうなんて事は度々あることだけど、そうなると不意に空いた時間を埋めるために、行きつけの店というものが出来るのは至極自然な流れであった。


と言っても、小洒落たカフェだとかそんなもので気が落ち着けるほど小慣れた感性は生憎と持ち合わせていないので、人のあまり行き着かない寂れた・・・と言ってしまうと失礼かもしれないが

最寄駅を5分ほど歩いた所にあるボロい駄菓子屋に寄るのが最近の僕の楽しみになっていた。

彼女と会えない日の代わりには持ってこいの場所だったのだ。


駄菓子屋と言ってもそこは少々変わっていて、駄菓子と一緒に普通の雑貨や日用品も置いてあり他にもまぁ何処から仕入れたのか分からない珍品や、流行りの低価格のオモチャも目敏く売っていたりと近所の小学生なんかも穴場として利用しているのを偶に見かけるものの

基本的には客のいない静かな佇まいに中を開けてみれば時間の流れの狂ったような品々が面白い雰囲気を醸し出すおかしな店で、僕は気に入ってそれなりの頻度で通っているのである。


春の日差しも過ぎ去りはやくも本格的な夏がやってきているような中ジワリと背中に汗が浮かんだ頃、僕は目的の店に辿り着き古臭い引き戸をガラリと開けた。


中でも飛び切りの珍品は、他でもない店主だろう。

若い身空になぜ駄菓子屋なんてものをやっているのか

聞く勇気もないけれど、薄暗い店内でいつも本を読みながら佇む姿があたかも幽霊の様に儚げで

僕は心中で駄菓子屋の花子さんなんて呼んでいる

そんな失礼な事はやっぱりいう勇気はないけれど

そんな言葉の代わりのように僕は御免くださいと言っていつものように入店するのだった。



「 いらっしゃい 」


か細いながらもよく通る声に招かれて、店内に入るとヒヤリとした冷たい空気が僕を包みこんだ。

特に空調が効いてるとかではないようなのにここは少しひんやりとしている。日差しが入ってこないからだろうか

僕はガラリと店内を見回して前回来た時との違いを探す。


特に変わりはないようだった。


狭い店内だ。入り口から見回して仕舞えばそれで一望できてしまう。僕が求める商品は店主にお願いしなければいけないものなので、そのまま真っ直ぐに彼女の前に立った。

長い黒髪を垂らして俯いて本を読む彼女はチラリともこちらを見ない

まるで少女のように細く軽い印象の体躯は、やはり存在感という物が気薄であるようだ。幽霊かはたまた本の妖精だろうか

細く伸びる手がパラリとページをめくった。


「小話のクジ1つ」


僕は財布から小銭を出して、彼女はクジの箱を出す


いつものやりとり

きっと顔ぐらい覚えられているだろうに必要のない会話が無いのもここを気に入っている理由の1つだ。


「36番ね」


そう言って顔を上げた彼女とそこで初めて目があった。

整った顔に大きな黒目が付いている。やはり妖精だろうかと花子さんなんて失礼な呼び名を付けている僕が言っても説得力は無いかも知れないが、彼女は綺麗な顔をお持ちだ。


あまり見ていると吸い込まれそうになるので僕は「どうも」と答えて、すぐに顔を晒して目的の棚を目指すことにする。


駄菓子屋の一角の壁の一部が本棚になっておりそこに番号並んでいる。1つの番号のスペースに幾多もの小冊子が入っており当たった番号から適当に1つを選んで手に取った。

一様に濃い臙脂色の小冊子は表からはタイトルすら知れないが中にはいつも惹かれる物語が詰まっている。


それを持って僕は自然な流れで唯一ある窓の側に置いてあった丸椅子に腰掛けた。



ーさて、今日の話はどんなものだろうか?ー




駄菓子屋の花子さんがなぜ駄菓子屋を営んでいるのか僕は知らない。

僕は不意に訪れたここでこの小話のクジを見つけて魅せられた只の客だからだ。

そう思っていた僕が、彼女の物語をこの小冊子のように読むようになるなんてこと、この時の僕には想像すら出来なかった。





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