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短編

連絡港での思い出

作者: 佐々木尽左

 関西国際宇宙連絡港という文字が並んでいる玄関口から外へと出ると、むわっとした空気に出迎えられた。緩やかな風が吹いているものの、アスファルトからの照り返しの方がずっと強い。この時季の快晴というのは困りものだ。

 出迎えなんて気の利いたことは期待していなかったので、バスかタクシーのどちらに乗ろうか少し迷う。結局、乗り換えが面倒だったのでタクシーを使うことにした。

 大きな旅行鞄を転がしながらタクシー乗り場へと着く。暑い中、外で待機していた運ちゃんが近づいてきた俺に「まいどおおきに」と声をかけてきた。旅行鞄をトランクへしまい込んでもらうと空調の効いた車内へと入る。

「どちらまで行きますか?」

 あまりにも当たり前のように関西弁訛りを使われたので、俺もとっさに関西弁で返してしまう。もう数年間使っていなかったのに自然と出てきたので自分でも驚いた。

 タクシーが動き出すと同時に俺は車外に視線を移した。時折旅客機が離発着している。

 その中にひとつ、他の旅客機とは形状が少し異なる連絡機が混じっていた。衛星軌道上にある日本宇宙港へと向かう機体である。近日俺も乗り込む予定だ。

「ああ、今日もまた宇宙に行くやつが飛んでますなぁ」

 運ちゃんの声に釣られて運転席に視線を移す。俺の気が自分に向いたことをバックミラー越しに確認した運ちゃんは、続けて口を動かした。

「私、関宙近辺、ああ、関宙ってあの関西国際宇宙連絡港のことですわ。そこで長いこと働いてますけど、実はまだいっぺんも宇宙に行ったことないんです。できれば行ってみたいんですけどねぇ」

 確かに宇宙と関係のない仕事をしていたり、月面都市に知り合いがいたりしなければ、そういうこともあるだろう。下手をすると、外国に行ったことすらないという人もいるくらいだ。翻訳機があるのだから旅行にでも行けばいいのにと常々思っているのだが。

「親戚の子が一人月面都市に行ってるんですけど、たまに帰ってきたときに向こうの話を聞かせてもらうんですよ」

 興味のある話を聞けそうだと一瞬期待したが、それから延々と続いた話は月面都市に行ったことのある俺にとっては知っていることばかりだった。

 適当に話を聞き流していた私だったが、ひとつだけ嫌な話があった。運ちゃんにとっては単なる親戚の子の婚約話だったのだが、俺にとっては苦い思い出を連想させるものだったのだ。


 五年前、俺はとある女性と婚約していた。

 別に名家や金持ちでもなかった俺が見合いなんてする必要はなかったが、せっかくだからと持ちかけられた話に気まぐれで応じたのだ。相手は美人というわけではなかったものの、気の優しい女性だというのが第一印象だった。

 最初は、見合いでいきなりあって付き合ってうまくいくものかと疑念を抱いていた。しかし、いざ付き合ってみると意外と順調に仲が進んで驚いた記憶がある。出会うきっかけが見合いだったというだけなどと当時は思ったものだ。

 しかし、破局は突然やってきた。

 結婚式の準備が順調に進む中、婚前旅行ということで月面都市へ二人で旅行することになった。彼女は初めて宇宙へ出るということで張り切って準備をしていた。俺はというと、そのとき既に一度仕事で行ったことがあったので余裕があった。

 万全を期して出発した旅行は楽しいものだった。彼女は触れるもの全てが珍しく大はしゃぎしていたし、俺は異性と一緒にいることがこんなにも楽しいことだったのかと感じていた。

 しかし旅行の最終日、それまでの大はしゃぎが嘘のように彼女はおとなしくなった。更に帰りの機中では口もきいてくれなくなったのだ。あまりの豹変ぶりに俺は混乱した。

 そして旅行から帰ってきて連絡港へ着いた途端に、婚約は破棄して二度と会わないと告げられた。さすがに何が何だかわからなさすぎたので、一体どうしたというのか説明を求めたが無視されて去られてしまう。

 俺は呆然としつつも、帰宅途中に何か自分に落ち度はなかったか必死になって考えた。こういうとき男は鈍感なところがあると聞いたことがあるので、知らないうちに何かやらかしてしまったのかもしれない。しかし、いくら考えても思いつくことはなかった。

 翌日、相手の両親に事情を説明したところ、自分達にも理由を話してくれなくて困っていると返された。俺の話を聞いている限りでは問題なさそうだとは言ってもらえたが、肝心の原因がさっぱりわからない。

 結局一週間後、相手の両親から俺の両親へと婚約解消の申し入れがあったそうだ。理由は最後までわからないまま。

 それ以来、女性との付き合ったことはない。


 彼女の突然の心変わりが何だったのかは未だにわからない。もしかしたらあの後、彼女の両親は事情を知ったかもしれないが、もう今の俺にはどうでもいいことだ。

「お客さん、着きましたよ」

 いつの間にか運ちゃんの話が終わっていただけではなく、どうも実家に着いたらしい。嫌なことだと言いつつも、結構しっかりと思い出してしまっていたようだ。

 俺はカードリーダーにカードをかざして料金を精算すると車外へと出る。

 さて、嫌な思い出について考えるのはここまでだ。これからは今後のことを考えよう。

 運ちゃんが取り出してくれた旅行鞄を受け取ると、俺は軽く会釈して前に進み始めた。

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