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ある夫婦の愛と喧嘩の記録

作者: 江ノ木右座

 映画監督グーティ・トロッポは、自らの50歳の誕生日の翌日、自宅に撮影班を招き入れた。トロッポ監督の今度の映画はドキュメンタリー作品のようで、妻で歌手のポンポラ・トロッポは大した説明もなく、突然大勢の他人が自宅に押し掛けてきたことで、不快感を感じていた。


 トロッポ監督は近年ヒット作に恵まれず、落ち目と囁かれていた。今回の奇をてらった様な企画は、起死回生を目論むトロッポ監督の悪あがきにも見えたが、監督には監督の目算があって、彼は計画が予定通り進めば、今回はきっと面白い映画になると確信していた。


 カメラクルーの前で、監督は妻に懇願した。「ポンポラ、愛する妻よ、私の話を聞いてくれ」トロッポ監督のカメラを意識した大げさな喋り方に吹き出しそうになりながら、ポンポラは真面目を装って調子を合わせた。「私の愛するグーティ、可愛い坊や、何かお望みなら何なりと仰いませ」


 ここでトロッポ監督は今回の映画の企画内容を説明しだした。「ポンポラよ、君は素晴らしい歌手だ。君には久しぶりにコンサートをやってもらいたい。今回の映画は君のコンサートを、リハーサルから密着取材して、コンサートのフィナーレを映画のクライマックスにする、ライブ映画なんだ」


 まあ、なんてことかしら…ポンポラは夫の発想に全く斬新さが無く、実にありきたりな企画を立ててきたことに、呆れるのを通り越して危惧の念さえ抱いた。そんな映画で一流監督に戻れるとホントに思っているのかしら?私のライブ映画?今時奇特な懐メロファンだってそんな映画見ないわ…。


 「グーティ、私の坊や…あなた何か勘違いしてるわ。そんな映画に誰が興味を持つ?私のショーなんてただでさえ人が集まらないのに、誰が映画館に見に来ると思ってるの?生の私でさえ誰も見ようとしないのに…」


 するとトロッポ監督は、妻を諭すようにこう言った。「確かに君のショーは最近不入りだ。だがこれで最後となったらどうなる?ポンポラ・トロッポの引退コンサートだとしたら?」「…はい?」ポンポラの目つきは鋭さを増した。「誰が引退ですって?そんなこと誰に断って、勝手に決めて来たのよ?」


 トロッポ監督は妻をなだめるように、優しく説明した。「愛する君、別に引退コンサートをやったからって、もう二度とステージに立てない訳じゃないんだ。人の噂も七十五日と言うじゃないか。何年か経てば皆そんなこと忘れてしまうんだよ。それが大衆というものなんだ」


 「さっきから黙って聞いてりゃ、何失礼なことばかり言ってんのよ!私にも私のファンにも謝りなさい!そのことわざの使い方も間違ってんじゃないの?とにかくカメラを止めなさい!こんな会話記録しちゃって、人に見られたらどうするつもりなのよ、一体!」


 しかしトロッポ監督は、ひるまずに畳みかけた。「カメラ止めるな。カメラ回ってるか?奥さん、客観的に伺います。あなたは引退しないと仰るのですね?」「何が奥さんよ!何が客観的よ!カメラ止めなさいよ!」


 怒ったポンポラがカメラマンに掴みかかり、ようやく撮影は中断された。そして彼女は蹴散らすように撮影班を自宅から追い出した。ポンポラは夫のあまりにも不躾な態度に傷付いて泣き出してしまった。「何が引退よ…そんなの私が決めることでしょ…ひどい、ひどすぎる…」


 「ポンポラ、すまない…。しかしなあ、私にはもうこうするしかないんだ…。映画会社の社長がさ、俺が新しい企画を持ち込んだら、『こんなもんに予算が下りるか!お前はもう、カミさんの引退興行の記録映画でも作ってろ』なんて言うんだよ。だからさ、俺ホントにお前の引退興行の映画を撮ってさ。社長を見返してやりたかったんだよ」


 「まあ、あなた…そんな辛いことがあったの…。あなたの気持ちは良く分かったわ。どうせ私も開店休業状態だしね。けじめをつけて引退っていうのも悪くないかもね。私にもあなたにも稼ぎが無いんじゃ、生活出来ないものね。分かったわ、やりましょう。私の引退の花道、しっかりと記録して頂戴」


 それからトロッポ監督とポンポラは、常に撮影班を引き連れて行動を共にした。一か月に及ぶリハーサルが行われ、「さよなら、ポンポラ 思い出は歌と共に…」と題された引退コンサートも無事成功し、トロッポ監督の執念の結実ともいえる緻密な編集作業を経て、映画は社長を含む映画会社の幹部たちの前で披露された後、無事公開される運びとなり、興行成績も良かった。


 この映画を見て印象に残るのは、ポンポラの夫への愛と、監督の妻への信頼であり、離婚率の高い芸能界に鑑みるに、この映画の「キセキの宴」という馬鹿馬鹿しいタイトルも、あながち的外れではないと言えよう。

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