指輪
夜までに次の街にはたどり着きたい。
うららの歩く早さを考えてみた。やはり、普通の感覚より早く門を出ないといけない。
俺はうららが泊まる宿を出たあと、すぐにテントに帰った。
そしてフランツさんのところへ行って今までの礼を言った。ついでに、アルマンさんに払ってもらった宿代を返しておく。
アルマンさんのついた多少の嘘に腹が立たないわけじゃない。
だけど俺はその事については黙る事にした。
うららはまだ俺と旅をするって言ってくれてるし。
つい、頬が緩む。うららが何を考えてるのかさっぱりわからない。いつかまた半殺しにされるのかもしれない。
「なんかご機嫌だね」
さっき朝日が登ったばかりの街道。
辺りに人は居ない。
「気持ちいい朝だと思って」
まだ一緒に旅ができるからだよ、と言う勇気は無い。
「で、昨日言ってた相談したいことって?」
んー、とうららはしばらく唸ってた。
たまにチラチラと目線を俺に送ってくる。
そんなに言いにくい話なのか?
俺は黙って待つ。本当はさっさと言えと言いたい。
言えません。昨日半殺しにあったばかりでうららに強く出られません。
「あの……ね」
けっこう待った。頑張った、俺。
「アタシ、昨日はじめて人を叩いたりとかしたの。
本当に産まれてはじめてだったの。
なんであんな風に暴れちゃったのか、自分でも怖くて……」
無意識であれだけ暴れちゃうとか俺も怖いです。
でもその困った上目づかいはめちゃめちゃかわいいです。
「レリオは魔法使いみたいだから、何かわかるかなって……」
みたい、じゃなくてきちんとした魔法使いなんだけど。
そこに突っ込みをいれても仕方ない。
「何か、自分できっかけがあったかどうかは覚えてるの?」
可能性1。うららが誰かに操られている、または洗脳されている。
可能性2。うららはもともとキレるとああなるタイプ。
「んーと……。頭の中で文字が浮かんだ」
文字?やはりうららは何かの魔法をかけられてるのか?
「レリオが……レリオがき……キス、してきたでしょ?」
うららはとても恥ずかしそうにキス、と言った。
顔が赤い。
俺はそれを見てもらえ可愛い、と思う。
同じくらい昨日のように暴れださないか警戒した。
「あの時にアタシものすごーくいろいろ考えたの。
それでもしかしたらレリオって女ったらしなのかなって……。
そう思ったら少し頭にきて……。
それで……。その時に、頭の中に文字が浮かんだの」
「何て?」
「やっつけますか、受け入れますか、ひとまず逃げますか」
なんだよその単語チョイス。
「それで、うららちゃんはやっつけるを選んだの?」
「ごめんね!あんな風になると思わなかったの」
俺は歩きながら空を仰ぐ。
『頭の中に文字が浮かんだ』
まるで、魔法じゃないか。
それも、俺が知っているものとは随分仕組みが違う魔法。
「その……頭の中に浮かぶ文字って、あの時はじめて出たの?」
「フランツさんたちの荷馬車に乗った頃から」
あの荷馬車に何かあったのか……?
いや、あの荷馬車に変な感覚は何も無かった。
「今は?」
俺は目に意識を集中して辺りを見る。
周囲におかしな様子は無い。
そしてうららに視線を移す。
……微妙な魔法の気配。
これは、なんだろう。
うららは顎に人差し指を当てて、少し考えている。
自分の内部を探っているようだ。
「今は……何も。あ!でもね、こうすると」
うららは数歩、大股で先に歩いた。
してやったり、という表情になる。
「あっ待って待ってレリオ止まって、消えちゃう。今、出てきてるよっ!」
少し上の中空を見ている。
そこに文字が見えているのか。
「何て書いてあるの?」
俺はよりいっそう集中してうららを観察する。
何かの魔力が動いている。やはり操られているのか?
「書いてあるのとは少し違うの……見えるには見えるんだけど、見えないの。何も書いてないけど、読めるの」
「感覚的に文字がわかる?」
「そうそう!そんな感じ!」
やはり魔法だとしか思えない。
「今は、何て?」
うららはいたずらっぽく笑った。
「レリオから離れるなって」
『俺から離れるな』?
俺は足を動かす。歩き出した。うららとの距離が近くなる。
うららは俺のマントではなく、その内側の上着の裾をつまんだ。
「そういえば、あの時はよく分からなかったけど……はじめてレリオに会ったときの感覚、こんな感じだったかも」
なんだ、これは。
俺は内心の動揺を必死に隠した。
俺に対する罠か?
うららの意思はどうなってる?
この魔力はうららのものか、他の誰かの物なのか?
「うららちゃん、また文字が出てきたら教えてよ。……いいね?」
「うん。またレリオを襲いたくないもん」
うららが俺にやたらと着いてきたがる原因は、この魔法のせい。
かーなーしーいーなー!!!
目に集中していた魔力を解いて、今度はうららに渡した指輪に意識を向ける。
「んっ」
んっ?今の声、うららか?
うららは俺が魔力を使うのと全く同じタイミングでびくりとした。
「どうしたの?」
「なんでもない、なんでもないっ」
慌てた様子で片手をひらひらさせる。
その顔が少し赤い。
まさか、指輪で監視してる事に気づかれた?
一度引っ込めた意識をまた指輪に向ける。
ぴったり同じタイミングだった。
うららが服を掴む指がぴくりと動く。
気づいてるな。
どこまでいける?これは拒否反応か。やはり何かに操られているのか。
俺は何も無い様な顔をして歩き続ける。
指輪からの観察だけじゃなく、全身の感覚と魔力でうららを観察する。
俺に、国に害あるものかどうか。
「れ……レリオってさ……」
「ん?」
指輪から探れる限りの範囲でうららの内部に悪い感じはしない。
「レリオって、男の子だけど良いにおいするよね、それって香水なの?」
香水なんて使ったらモンスターの標的になるじゃないか。
「なんでそんな事を……?突然……」
「あ、あははっ変な事言ってるねっ!」
そう言ってうららはほんの少し俺から離れた。
探られるのを拒否したのか?
俺は観察をやめていない。
うららの顔がまた、少し赤くなっていた。今度は目も合わせてくれない。
「うらら」
俺は警戒しながら声をかける。
「うららちゃんっ!」
うららからのいつもの抗議と同時に目が、合う。
まともに目の奥を見て、俺は意識をうららのもっと内部に向けた。
探すのは、『悪意』。
悪意は、無い。
目を合わせたのは一瞬の事だった。うららは拗ねたみたいに顔を反らせた。
「たまにね、レリオから良いにおいがするの。今とか。離れててもレリオのにおいがわかるときがあるの。アタシ、変態なのかな……」
「えっ……?」
うららは早口でそう言って立ち止まる。
匂い?
もしかしてそれで俺の観察に反応してたのか?
匂い?え?
耳まで真っ赤にして、
眉根をちょっと寄せて、
口元を片手で少し隠して、
もうひとつの腕でぎゅっと自身を抱きしめて、
少しうつむき加減で、
よく見れば目元が潤んでる。
これってもしかして
振られたと思ってたけど脈あり!?
俺の観察で意識させてたの!?
「えっと……ごめんね?匂い、キツかったの……かな?」
「キツくないっ!」
反射的に叫ばれた。
そのあと、うららは両手で顔を隠した。
「その……安心、するの。レリオっ……の匂い……」
ヤバい、俺、また心臓ばくばくしてきた。
昨日ここで焦って半殺しにされたんだっけ。
俺は紳士だ俺は紳士だ俺は紳士
俺は紳士だ俺は紳士だ俺は紳士
落ち着け俺。
「あ……歩こうか」
うららは無言でうなずいた。俺も冷静になりたくて、考える。
うららも俺の事を好きなのかもしれない。
うららにキスすると半殺しにされるかもしれないんだけどうららの唇は柔らかい。
うららには何かの魔法がかけられているかもしれない。
魔法?
もしかして、その魔法が俺にもかけられていたりしてないか?
例えば、うららを好きになってしまう魔法。
俺の判断力は鈍ってないと言えるのか?
この俺を操れるほどの魔法、だと?
うすら寒いような、妙な恐怖を感じ始めていた。
××××××××
絶対引かれた、恥ずかしいっ!黙ってれば良かったかもっ!
アタシは歩きながらレリオを横目で見た。
なんか難しい顔をしてる。
レリオが好きかどうかなんてまだわからない。
わからないんだけど、レリオから漂う匂いはすごく好き。
安心する。
……ってこれものすごい変態っぽくない!?
レリオの少し後ろを歩くことにしたのは、恥ずかしかったから。
そしてこっそりレリオにもらった指輪を見る。
レリオの匂いがする指輪。
たまにその匂いが強くなって、その度にアタシはホッとする。
ドラマの続きはどうなったのかなとか、
友達はみんなどうしてるのかなとか、
ポテトチップス食べたいなとか、
カラオケに行きたいなとか、
お母さんに会いたいとか、
ちゃんと元の世界に帰れるのかなとか。
そんなぐちゃぐちゃな気持ちを忘れさせてくれる。
レリオはそのためにこの指輪をくれたんだと思ってる。
レリオはアタシを好きっぽい。
その気持ちに応えられないのを悪いと思う。
アタシはレリオの好意を利用してる。
自分でも狡いと思ってる。
この服も、宿代も、この人がアタシに時間やお金を使う必要なんて、本当は無いんだから。
だからなるべくレリオに嘘はつかない。
彼の言う事はなるべく聞こう。
良いにおい発言は流石にドン引きだよね……好きじゃなくなられるのはお友達になれるってことだから、大歓迎!なんだけどその辺に捨てられたらどうしよ……言葉が通じるから、なんとかなるかなぁ……。