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うららちゃんはゲームをやらない  作者: ササガミ
1章 うららちゃんはゲームをやらない
8/75

うらら、戦う

顔面に衝撃を感じた。

訳がわからず俺は顔を押さえる。


何が起こった?


すぐ目の前に、うららの足が見えた。


なんでこんな所に足が?

痛い、と思うのと同時に、俺の身体がよろめく。

それからやっと、うららに横面を蹴られたんだとわかった。

続いて腹部に苦痛。


訳がわからない。

声を挙げる間もなく、俺は意識を手放した。


××××××××


「レリオ……大丈夫か?」


この声……ジェフロワか。

全身が痛い。

俺は自分に治癒魔法をかけながら、目を開けた。

ジェフロワの顔が腫れている。


「渡りでモンスターにやられたのか?」


俺の質問にジェフロワは苦笑いした。痛いのだろう、不自然な顔の動かし方だった。


「いや……おたくの……」


言い憎そうにしているジェフロワにも、治癒魔法をかける。


「俺たち、吹きだまりはほとんど無傷で通り抜けられたんだ。

でも、レリオが戻って来ないのをうららちゃ……さんが心配してて……」


今、『ちゃん』を『さん』に直したな?


「端から見てて良いムードだなって思ってたんだよ、さっきの二人。

そしたら……こうだろ?」


怒り狂ったうららに、一方的に俺が暴力をふるわれているのを見かねた護衛仲間みんなが、うららを止めようとしてくれたらしい。


「あんなにあの子が強いとは思わなかったぜ。

その……あんたも……大変だな」


うららがあんなに強いとは俺も思わなかった。

下手なモンスターより余程強いんじゃないか?


「うららは?」


「あんたが気を失ってすぐにどっかに行ったよ……。

今さっき、アルマンさんが追いかけてった」


辺りを見れば、俺が気を失っていたのがほんの僅かな時間だとわかった。


……渡りで出た、怪我人の手当に回ろう。


××××××××


本当にものすごくものすごーく心配してたのに。


アタシはひとりで噴水を眺めてた。

門の近くの広場に人が集まってるのかな。この辺りに人は少なかった。


アタシだって男の人と旅をする危険性を考えて無かった訳じゃない。


レリオはいつも紳士的で……。

にこにこ笑いかけてくれて……。

だから、大丈夫かなって油断した。


アタシのファーストキス。


あれだけ派手に暴れたから荷馬車の所に戻りづらい。


今日、うまれてはじめて人を殴った。

今日、うまれてはじめて人を蹴った。

今日、うまれてはじめてキスをした。


なんでレリオってばキスしてきたの!?

もしかして隙を見せたら片っ端から女の子に手を出すようなヤツ!?


もしかしてレリオはアタシの事……。

いやいやいやいや無い。

無い無い無い無い絶対ありえない!


「うららさん、大丈夫ですか?」


多分アタシは百面相をしてたんだろう。

アルマンさんは必死に笑いをこらえてるみたいだった。


恥ずかしっ!


アルマンさんはクラリッサのお兄さん。

アタシと歳はそんなに変わらない気がしてる。

アタシはいつもシモーネさんの荷馬車にクラリッサと一緒に乗ってた。だから、この人とあんまり話した事が無い。


……こうして見るとけっこうなイケメン。


「見てましたよ、お強いんですね」


「あー……うん、強いのかなぁ……」


「とても素敵でした」


「ありがと……ええ!?」


この人何言ってるの!?頭の中が真っ白。

フフフって今、笑った?

はぁ?マジなんなのこの人!?

アルマンさんはアタシが座るベンチにのすぐ隣に腰かけた。


「レリオさんとはケンカしたんですか?」


「ケンカっていうか……」


びっくりしたのと頭にきたので混乱したというか……。

なんでレリオはそんなに簡単にキスしてきたの?


「父が雇った護衛を全員相手にしながら、あんなに強いレリオさんを倒すなんて素晴らしいです」


誤解!それ誤解!

アタシ、今日、産まれてはじめてああいう事したのっ!


「強くなんて……」


「そんな謙遜しないでくださいよ」


そのまましばらく無言で噴水を眺めた。


微妙な沈黙……。ツラい。


レリオとだったら、こんな変な沈黙とか無いのに。

ううん、そもそもレリオのせいでアタシはここに来たんだった。


「うららさん、僕たちはこの街を明後日出る予定です」


この街でフランツさんたちとは別れるってレリオからは聞いてた。

ここからは歩くんだって。


「もし良かったらこのまま荷馬車で僕たちと一緒に旅を続けませんか?」


「え……?でもアタシ、モンスターとまだ戦えないし……」


なんだろう。これって……ヘッドハント?されてるの?

護衛に勧誘されてる?


「あの強さがあればほんの少しの特訓で大丈夫です!」


でも……そう言われても。

そんなやり手のセールスマンよろしくの良い笑顔で言われましてもっ!


「レリオさんとケンカして、居づらくなってここに逃げて来たんでしょう?

今夜は僕が宿を取りました。前向きに考えてみてください」


そう、言われましてもぉぉぉ!


××××××××


怪我人の手当をして、荷馬車の手入れをした。テント張りを手伝った。

俺はテントの中でひとり、ジェフロワの剣を見ていた。


安い素材の剣。

威力とバランスを崩さないようにこっそり強化したのは、お詫びのつもりだ。


「レリオさん、良いかな?」


テントの外から声がする。

俺はテントの外に出た。


「アルマンさん、すみませんでした。……うららは?」


俺はきょろきょろ辺りを見回した。

本当は、うららに渡してある指輪のおかげで今いる場所はだいたいわかってる。


「済まない、今は誰にも会いたくないと……。宿を取って泊まって貰うことにしたよ」


「そうですか、すみません……」


「何があったんですか?」


良い雰囲気だったからキスしたらボコられたんだよ!


とは言えない。

俺は無言で首を横に振り、ため息をついた。


「これは、言いにくい事なんだが……。

彼女、もう君とは旅をしたくないと言って泣いててね……」


そんなに嫌だったのか、俺のキスが。

全身から力が抜ける感覚がした。凹むなんてレベルじゃない。


「それで、どうしようかと思ってね……」


「はあ……。そうですね」


「うららさんの行き先が特に無いのなら、父に相談してこのまま僕たちと旅をしても良いんだけど」


うららはこの荷馬車では『家がどこかわからなくなってしまった迷子』という事になってる。

あれだけの腕があれば、護衛として連れて行ってくれるという事か。


うららとの旅の最初は、うららのほうが強引に俺についてきたからだ。


「うららが俺を必要としないなら、それでも良いのかもしれないな……」


「後でもう一回、僕からうららさんに話をしてみますよ」


「ありがとうございます」


ほとんど倒れるように、俺はテントに潜り込んだ。

だってあの時は大丈夫だと思ったんだ。

……いや、考えるべきはそこじゃない。


うららはあんなに強かったか?

うららは『異世界の巫女』かもしれないんだ。

もしかしたら、記憶を改ざんされたスパイかもしれない。

俺はこのままそんなヤツを放っておいて良いのか?


俺にはこの国の為に働く責任がある。

俺自身も、もう少しうららと居たい。


今……いや今はまたうららに暴れられそうだ。明日の朝にでもなれば頭も冷えているだろう。その頃謝りにいこう。

意識を凝らせば、温かい、うららの感覚がした。

俺が渡した指輪をまだつけてくれている。


思いきって、俺はうららがいる宿に向かうことにした。

もう一度指輪に意識を凝らす。

感覚を頼りに宿の部屋を探す。


「うらら。ちょっといいか?」


探し当てるのに少し時間がかかった。

俺は宿の戸をノックする。

部屋の中からはうららの気配を感じる。

うららを探している途中に他の気配を感じたのは、アルマンさんだろう。それも今は無い。


「レリオ……?」


戸惑うような声がした。


どうしてここがわかったのか、くらいのことを考えてるんだろう。


「入るよ」


鍵がかかっている。でも拒否の声は無い。


「いい?中に入っても」


ドアノブに呪文を唱えると、ドアは簡単に開いた。

うららがひとり、部屋の中央に立っている。

とても戸惑った顔をしていた。


「……やっぱり鍵を開ける魔法があるんだ」


「うん」


うららの手は中途半端な位置で宙を浮いていた。ぎこちない動きで腕を組む。


「さっきは、ごめんね……?」


うららは慌てたような早口だった。


「俺こそ、ごめん」


「殴ったのはアタシだし」


「いや……その……キスしたこと……」


とたんにうららの顔が真っ赤に染まる。


「れ……れ……レリオわっ!?そそそそのぉ!……き……キス、とか簡単にしちゃう文化の人なのぉ!?」


「え!?しないよそんな簡単にっ!」


「だってさっきは……!」


俺は誰にでもキスを簡単にする男だと思われたのか!?

なんか唐突に緊張してきたぞ。


「さっきは……その……」


俺は口ごもる。

うららの顔を正視できなくて、つい自分の足元を見る。


「その……。あれだよ、その……。

うららちゃんが抱きついて来てくれて、その……すげー可愛かったし……。

その……。嬉しくなって……」


俺は片手で髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。


「ふーん……可愛かったら誰にでもするんだ?」


「違っ!!」


驚くほど冷ややかな声に、俺はつい一歩前に出る。

うららはその勢いに驚いたのか、一歩下がった。

目を細めているので、今、まさに疑われていると思った。


「俺はうららの事が……」


好きだ。そう告げようとしたけど、


「『うららちゃん』て呼んで」


遮るように言葉の途中で即座に返された。うららは神妙な顔で続ける。


「あのね、レリオ。アタシは日本に絶対帰るつもりだよ。

アタシはこの世界の住人じゃないんだから……。だから……」


うららのぷるんとした唇がきゅっと引き締められた。

ほんの少し悲しそうに見えたのは気のせいか。


「そうだね。すまなかった」


「うん……」


ガーンガーンと繰り返し頭の中で音がする。


振られた。

アルマンさんが言ってた、『俺とはもう旅をしたくない』ってやつか。


「そっか……。じゃあ……元気で……」


こんなにはっきり振られて『国の為に』とか言ってられるか!

俺はよろよろと部屋を出ようとした。


服が引っ張られる。


「レリオ待って」


「え……何?」


ごめん、泣きそうだから早くひとりになりたいです。


「明日の朝、ちゃんと迎えに来てくれるよね?アルマンさん、レリオが怒ってるって言ってたの。まだ、怒ってる……?」


うるうると真剣な上目使い。


「アタシ、レリオに置いて行かれたらきっとものすごーく困る……」


これはかわいい。置いていける訳が無い。

こっそりと俺は深呼吸。

必死に余裕のある微笑みを意識した。


「俺とまだ旅をしたい?」


うららは小さくうなずく。

これで抱きしめられたらと思うけど、さっきみたいに暴れられたら困る。


「なら、迎えに来る」


どうですか天国の母さん、俺はちゃんとカッコつけられましたか!?

いや母さんは天国じゃなくて村に普通にいたんだった!

ごめんね母さん!


「良かったー。いろいろ相談したいこともあったの。これで安心して寝られるっ!じゃね、レリオ。お休みなさいっ!」


半ば追い出される形で、背中を押されながら俺は部屋から出た。

ドアが閉じた瞬間、にやけが止まらない。

アルマンは……。まぁいいや。

スキップしたくなる気持ちを押さえて、俺はテントに戻った。

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