国守の精霊
「あんなに動揺するアラステア様は、初めて見たよ」
船の上でうららが倒れた。
倒れた……というか、寝たまま、何をしても目が覚めなくなってしまった。
俺が回復魔法を直接かけても駄目で、仕方なく急いで『ハナチラシミナモ』を預けてある、神殿に来た。
「確かに、アラステアお兄さまは普段とても落ち着いてらっしゃいますものね」
でも、とアラーナは続けた。可憐な花が舞い散るような暖かな笑みを、熟れた果実のように美味しそうな、滑らかな曲線を持った頬に浮かべている。
「うららさまの事に関してのみ、何故かお兄さまは余裕を無くされるのです……うららさまが早く、お目覚めになると良いのですけど」
アラーナの柔らかな微笑みはすぐに散り、暗いものになってしまった。
俺も、心配だ。
アラステア様の、うららに対する執着は異常と言ってもいい。今も、お告げの間で祈っておいでだ。
「わたくしはお兄さまのことも心配です。
うららさまがお目覚めになったとき……いつものように、お兄さまを拒否なさらないと良いのですけど」
うららさまには申し訳ないのですけど、と呟いたアラーナに俺は首げた。
「うららちゃんが、アラステア様を拒む?」
何を言ってるんだろう?
どう見たって、うららはアラステア様に夢中な女の子じゃないか。
「……ええ、アラステアお兄さまは、うららさまが自分に夢中だから嬉しい、などとおっしゃっておりましたけれど、あのお二人は……わたくしの目には、お兄さまの完全な片想いに見えます」
ボールドウィン様が常々うららの意志をもっと尊重しろ、とアラステア様におっしゃっていたような気がする。
もしかしてこの事だったのか、と俺はやっと気がついた。
俺の目にはあの二人が両想いの仲睦まじい夫婦にみえていたけれど、ボールドウィン様やアラーナには違って見えていたらしい。
「うららさまも心配ですし、わたくしはお兄さまの事も心配です」
「アラーナはなんて優しいんだろう」
アラーナが悲しげに睫毛を震わせているので、俺はそっと抱き締める。
「たぶん、大丈夫だよ」
××××××××
……という会話をしたのが、つい昨日のことだ。
満面の笑顔を浮かべたアラステア様、苦り切った表情のボールドウィン様、何も考えて無さそうなブレンダン、驚いた顔も愛らしいアラーナ、そして、ちょっと恥ずかしそうに、アラステア様と手を恋人繋ぎにして寄り添ううららが一室に集まっていた。
俺たちの心配を返せ、と言いたくなるラブラブっぷりに、俺は遠くを見つめる事しかできない。
「レ」
「うららちゃん、て呼んで」
アラステア様の言葉を、甘えた風にうららが遮った。アラステア様が仕方ないな、という感じで目を細め、うららはちょっと恥ずかしそうに視線を泳がせる。
俺は早く、エーリアルに会いたい……。
「ふふ、うららちゃん、でいいのかな?」
「う……あぅ……うん」
アラステア様がうららの顔をいちいち覗き込み、うららはいちいち目を泳がせる。うららの耳が赤い。
「聖剣の崩壊と、うららちゃんを守る為、私はどうもうららちゃんと同じ精霊になってしまったそうなんだ」
「えっと、それで、精霊としてのお告げです。
アラステアさ」
「うららちゃん?」
「う゛……」
か ん べ ん し て !?
なに?
だから、いつの間にそんな関係になったんだ?お父さん知らないぞ!?なんだこれお茶が甘いのか!?空気が甘いのか!?
アラステア様は満面の笑みで、うららの顔はもう真っ赤だ。それでも恋人繋ぎをやめないっていうか……はぁ。
エーリアルに会いたいなぁ……。エーリアル……。
「精霊としてのお告げです。アラステアが、王様の資格を無くしちゃったから、アラーナさん、王様……女王様?になるの?」
「アラーナは女王だね」
「……う゛っ」
ね え 、 か ん べ ん し て !?
なに?
だから、いつの間にそんな関係になったんだ?本当にお父さん何も知らないぞ!?なんだこれお茶が甘いのか!?空気が甘いのか!?
「……はぁい。だから、アラーナさん、女王様になってください」
しーぃぃ……ん……。
うん。そうなるよな。
なんだろう俺、胃が痛いような気がしてきた。
「まぁ……レリオ様のおっしゃる通り、お二人は相思相愛でらしたんですね……」
アラーナ、突っ込み所がたぶん、違う。
「うららちゃん、何度も聞いて済まないが、本当にいいのか?アラステアで」
ボールドウィン様も、今は王位の事について話そうよ!
アラステア様が優しい眼差しで、うららの顔を見て、うららもはにかむようにアラステア様を見上げた。
なに?
だから、本当になんなんだよ!?なんだこれお茶が甘いのか!?空気が甘いのか!?
胸焼けしてきたぞ俺は。
「……そうか。なら、引き継ぎに関する調整や支援は支援しよう」
ボールドウィン様もそろそろ胃痛を感じているんじゃないか?俺はそっちも心配になってきた。
××××××××
精霊になると、歳を取らなくなるらしい。
「十年程くらいまででしたら、アラステアお兄さまの外見に変化が見られなくても、それほど問題にならないのではありませんか?」
ちょっとの間くらいなら、老けなくてもばれないのでは?
そんなアラーナの提案で、しばらくはそのまま、なに食わぬ顔で、アラステア様が玉座に座ることになった。
アラーナは引き継ぎ期間だけでなく、エーリアルの弟妹が欲しいという理由で、即位を先延ばししたのが本音の部分だ。……はい、がんばります。




