温泉卵とお茶会
カポーン……。(温泉特有のあの音)
ザパーン……っ!(プール特有のあの音)
温泉があるって、柚子湯に入れるって、打たせ湯があるって、最高……っ!!
ただ、ここって温泉っていうよりは温水プールって印象の方が強い。
お湯はちょっとぬるめ。
水着着用だし混浴だし。だだっ広いし。
今いるところはガラス張りの天井で、周りには観葉植物がいっぱい植えてある。テイスト的には南国だ。
温浴プールって表現はやっぱぴったりかもしれない。
でも、向こうにはしっかり和テイストの石風呂もあったし、ヒノキみたいな木でできた浴槽もあった。
もちろん、のぼせない為にベンチとか、リクライニングチェアとか、飲み物を出してくれるカウンターも完備されてる。
おっきなすべり台、すっごく楽しかった!!
後でまた行こう。
ふはーぁぁん……。
それにしても、気持ちいい……。
ここだけなら、絶対に日本の観光施設と変わらない風景なんだよね。
どう考えても、この施設を考えたの、ピニーでしょ。
やっぱり、ピニー、最高!
カピバラの体で水にぷかぷか浮いたまんま、アタシはぐぐっと伸びをして、また力を抜いた。
ふはぁぁぁぁぁ……リラックスぅぅぅぅぅ……。
しかも今、この温水プール、アタシだけの貸し切り状態って言ってもいい。
アタシ以外のアテル王国のみんなも会議してる。
たぶん、他の国も似たりよったりだと思う。
ヨヌイールチの人たちが自国の都合とやらで国際会議に出られなくなっちゃったから、基本的にヒマなんだよね、どこの国も。
せっかくだからってことで、国際会議が始まる前みたいにそれぞれの国でお茶会したり、政治の話をしたり経済のお話したりはしてるみたいだけど、やっぱりヒマそうな空気がそこここに漂ってた。
「くぁ……あ……」
あくびしても、カピバラの体なら『はしたない』って言われないよね?
アテル王国内の会議に出たところで、アタシは何の役にも立たない。せっかくだから、こうして温泉を満喫してるんだけど……そろそろ、寝ちゃいそう……。
寝ちゃいそうになったアタシは、ザプンッと大きな手のひらにすくいあげられた。
××××××××
アテル側近達との会議を終わらせ、アラステアは妻が先に行っている筈の『温水娯楽施設』に向かった。
さまざまなプール、浴槽、植物、飲み物を提供する場所があり、雰囲気などが非常に凝った施設で、中は非常に暖かい。
羽織っていた薄い上着を使用人に預けて、水着一枚になると、アラステアは心地よい温度に保たれているらしい湯に足をいれる。
視線の先にはぐぐっと羽を伸ばし、へにょりと弛緩した羽根のついた小さなカピバラが、子供向けのプールにぷかぷか浮いていた。
自分達の他に客が居ないため、カピバラを中心に小さな波の丸い輪ができていた。アラステアの胸の辺りから甘く蕩けるような感覚が広がり、全身に広がっていく。
アラステアは波を立てないように気を付けながら、うとうとと居眠りしかけている、羽根つきのカピバラにそっと近付き、水からザプリ、と掬い上げた。
「きゅい」
甘えるような鳴き声もいとおしい。
特に抵抗もなく、自分に身を任せているように見えるうららに、アラステアは魔力を流し込んで変身を解かせた。
「何、これ」
手のひらに乗る大きさのカピバラと、人の大きさでは相当な隔たりがある。
まともに正面から抱き合うような体勢になった事で、アラステアが目を細めたのと対照的に、うららは一瞬だけとはいえ、非常に嫌そうな表情を見せた。
「アタシが選んだ水着じゃないんだけど、これ」
うららが言っている物が更衣室に置いてあった、地味な色と模様をした水着の事だろうとアラステアは予想した。
「その方が似合っているよ」
白いビキニタイプの水着が、豊かな胸を強調している。柔らかな腹部をうららは気にしているらしいが、アラステアはそれも悪くない、と感じている。
「似合ってるよ」
「……ヘンタイ」
人型になってもうららが抵抗を見せているように感じなかったので、うららを抱きしめたそのまま、深いプールに移動する。移動しながら、アラステアは横目で辺りを伺う。
この施設では、武器を持つ事が許されていない。
その分、あちらこちらに警備員が配置されている。
どうもその警備が、アラステアの目には物々しすぎるように感じられる。
白いビキニが気に入らないと言って、不機嫌さをにじませていたうららだったが、ジュースを飲んだ後でウォータースライダーを何回か滑るころには楽しそうにはしゃいでいた。
それなりに温浴施設を堪能したあとは、部屋に戻る。
いろいろ片付けて寝支度を終え、使用人や部下達を下がらせて二人きりになると、うららはぐったりした様子でベッドに横になった。
アラステアはレリオに用意させた、銀色に光る回復薬を自作の聖水に溶かして、うららに与える。
「大丈夫かい?」
「まぁ……でも、たぶん、あと何日かは、持つと思うよ」
眠たそうにしているうららの髪を撫でると、いつものように睨まれたのがおかしくて、つい笑ってしまう。
二人きりになったときの方が、彼女は素直だ。
何も我慢せずに不満を態度で示し、楽しいときは楽しいと笑ってくれる。
いつからだろう、とアラステアはうららの髪を撫でながら考える。
不満げにしつつも睡魔には抗えないようで、うららはストンと眠りに落ちてしまった。
アテル王国を出て以来、うららの不調は続いているし、日々酷くなっている。
早く帰国しなければ、このままではうららが目覚めなくなってしまう日が来るかもしれない。国際会議の引き延ばしにかかっているとしか思えない、ヨヌイールチのやり口をアラステアは腹立たしく思う。
うららの柔らかな体を優しく抱きしめながら、アラステアも眠りについた。
……いつからだろう、アラステアにとって、ここまでうららの存在が大きくなったのは。
二人きりのとき、うららはアラステアの事を嫌いだと言ってくる。
アラステアと一緒にいる事に対して、嫌そうな表情を見せる。
どうやら表面上、自分はうららに嫌われているようだ。
……うららは、不調や不安を隠さずにアラステアには伝えてくれる。
うららの資料として報告させているものを見る限り、レリオやアラーナ、ボールドウィンやブレンダンには常に不調は隠してきていたらしい。
眠りについたうららは、もぞもぞと自分の胸に顔を埋めてくる。寝ぼけて服を掴まれた時は何が起きているのかと戸惑った。
どうやら、そこまで嫌われているわけでもないらしいと、アラステアもうららの髪に顔を埋める。
ワーベリルの青い花に似た、仄かな甘い香りがした。
いつからだろう。
うららを、レイと呼んでみたい。
他の誰にも奪われたくない。
××××××××
ピニーとのお茶会だって!
いつもより遅くに起こされたアタシは、それを聞いてお目覚めからスッゴイご機嫌だ。
正確には、ピニーと、アラステアさんと、アタシ三人で朝ごはん食べましょうねって事みたいなんだけど、あのピニーだよ?
……なーんでアラステアさんがついてくるかな?
アラステアさんがアタシの事を好きなんだろうなってことは、いっくらなんでもさすがに、アタシも知ってます。
あり得ないくらいにヤキモチヤキなのが、うっとおしいっていうか、気持ち悪いっていうか……ストーカー?
ほんっと迷惑。
お願いだから、頼むから、三日……ううん、三年くらい……ううん、三百年くらい顔を合わせたくない。
ゴメン、言い過ぎた……三時間、三時間でいいから、ひとりにさせてっ!!!!!!
……とかなんとか言ったところで、ねちっこいアラステアさんがアタシを手放してくれるつもりは無いと思う。
おかしい……指一本触れさせないって話だったのにぃ。
××××××××
指定された場所には、ピニーがいた。
サインください……握手して……ハグしてっ!!
て言えるもんなら言いたかった。けど、アタシの腕をギュッと掴んだアラステアさんの手が……あの、ビミョーに痛いんだけど?
「アラステアさん?」
ファン心理、理解してって言ってもこのストーカーには難しい??
アラステアさんが綺麗な顔を寄せて、アタシの耳にささやいてきた。
「うららさん、私を嫌うのは結構だけどね、私以外の男に想いを傾ける事だけは、何があっても許さないよ」
げ。
アタシは思わず目を見開いた。
束縛系だ!!!!
見た目だけは良いから、なんかシャレにならない気がする……みなさーん……ここに束縛系イケメンがいますよー……だれか引き取って、コレっ!!
ノシつけてあげるからっ!!!!!!
うーん……。
めんどくさいなぁ。
アタシは、アラステアさんの顔をじいっと見上げた。
「アタシは、アラステアさんを国王で居させるためにあなたの奥さんになったの。……わかる?」
ちょっとすわった感じだったアラステアさんの目がキラキラしはじめたのは、何でかなっ?
わからない。ホントにこの人わからない。マジわかんない。
「結婚してないと、アラステアさんは王様でいられなくなっちゃうんでしょ?」
だから、ほんっと仕方なく奥さんでいるって、わかってる??
王様でいさせるためだから、仕方なくだから、他に候補者がいなくてホント仕方なく王妃様やってるだけなんだよ?
他に候補者がいたら喜んでやめるよ?
言いたいことが伝わったのかどうかわかんないけど、握手までだけは許してもらえた。
ああああああピニーと握手しちゃったよ!!
アオイに自慢できたら良かったのにっ!!
この感動、誰に伝えるべきなんだろっ!
××××××××
テーブルに並んでたのは、ダー。
うん、予想通り。この国に来てからの食事はダーばっかりだったもん。
でも、クッキーみたいのとか、ドーナツっぽいのも並んでた。
「ダーって、でろでろだけしかないと思ってました」
「それだけだと、飽きてしまいますからね」
ねぇ……ピニーとお話し……しちゃった!
ピニー……カッコいい……。うはぁ……素敵……。
「ダーは、そちらの国にも広まっていると聞いています」
「ええ、国民の殆どが簡易に栄養をとれる、ダーに食事を切り替えてしまいましたね」
アタシが感動に震えてるうちに、アラステアさんがピニーとお話するようになっちゃった。
お話を隣で聞いててわかった。ダーをつくり、広めたのはピニーらしい。
犯 人 は 貴 様 か 。
いくらピニーといえどもちょっと許しがたいショギョウ……。アタシは普通のご飯がすきです。
「調理の手間も、食事時間も短縮できて、栄養の偏りもない。完璧でしょう?この『ダー』は」
……ゴメン……ピニーの大ファンだけど、そこだけはどうしてもうなづけないや。
アタシは曖昧に笑って、お茶を一口飲んで、ドーナツタイプのダーを口にしてみる。
……ゴメン……ピニーの大大大ファンだけど、ドーナツはドーナツとして食べたい……。
マズいってわけじゃないから、アタシはドーナツをもくもくと食べる。
「それにしても」
ドリンクタイプ(でろでろのよりも薄そうなやつ)をごくごくっと飲んだピニーが、アタシを見ながらしきりに首をかしげはじめた。
「どうも『欠けている』ようにも見えますが、他国でそこまで存在をしっかりと保てる精霊は初めて見ました」
父親が天才だからねっ!……ってアタシはふんぞりかえりたい。けど、これはどうも優雅じゃなさそうだ。
アテルに帰ってからの、カサンドラさんとデメトリアさんの『淑女教育』とかが今以上に厳しくなったらちょっとキツい。
一息おいて、アタシは上品に微笑んだ。
「わたしが宿る聖剣の、作り手と素材が優れていたからだと思います」
どうっ!?
賢そうに答えられたっ!?
隣に座ってるアラステアさんを確認したら、良くできました、て感じに微笑んでた。
うんうん。これで帰国したらちょっとは水浴び時間が増えるだろう……。
アタシはドーナツの最後のかけらを口に運んだ。
「長くこの国で精霊をしていますが、他国に行くことなど……私にはとてもできそうにありません。
もしかすると、うらら様はかなり霊格がお高いのではありませんか?」
さぁ……。それは、どうだろう。
自分の霊格がかなり高くなってきてるな、とは思うけど、他人と比較するとか、アタシにはまだできないんだよねぇ。
ほら、欠けてるから……。




