メラーテルまでは船で二日の距離です
この世界の船は、謎のミラクルシステムで進む。
この世界に電気はない。ガソリンとか、発電とかそんなもの、聞いた事がない。
船には帆が無かった。 どうやって進んでるのか、何回説明してもらってもアタシにはわからなかった。
ネエッロ王国は大陸が違う、お隣さんの国だ。何日も、何ヵ月もかかるような旅にはならないって、アラステアさんが教えてくれた。
「うららさん、おいで」
練習だとか言われて、アタシはアラステアさんと過ごすことを強いられてる。ツラい。
夜の海風は冷たくて、寄り添ってくれるアラステアさんの体温が暖かい。もう、ほんっとにかんべんして欲しい。
でも、この景色は、綺麗だと思える。
何度見ても飽きない、鳥肌がたちそうなくらいにものすごい迫力の星空。
手を伸ばしたらサラサラとした星たちに触れそうだ。
プランクトンのせいっていうことらしい、ふわふわと淡く光る、海。
さっきまでアタシ達がいた港街の夜景はとてもロマンチックだ。百万ドルの夜景って言葉はこういうときに使うんだと思う。アテル王国のお金はドルじゃないけど。
あの街ではたくさんの国民が、最近流行りはじめた屋台料理を楽しんでる……。
船は意外と進むのが早い。街はどんどん遠くなってく。
繊細で、それでいて豪華な神殿の建物はライトアップされて、昼間よりも神秘的……ううん、幻想的に感じられた。
胸がいっぱいになる。
ああ、アテル王国って、こんなに綺麗な国なんだ。
気持ちが溢れそうになって、アタシはため息を吐いた。
べりっ!
夢中で夜景を楽しんでいたのに、すざざざっと、いきなり血の気が引いてく感じがした。バリバリ、メリメリって、何かがアタシからむしりとられていく。
「うららさん?」
アタシはすぐ近くにあった何かにしがみつこうとして、手がすべる。うまく立てなくて、よろけた。
「大丈夫かいっ!?」
痛い。
苦しい。
ものすごい耳鳴りがして、さっきまで綺麗だった光たちが見えなくなる。
頭のどこかで、たった今国境を越えたんだな、アテル王国から出たくなかった予感はこれだったんだなって、妙に冷静なアタシが考えてた。
「うららさん!うららさんっ!……っうららさん!!」
何も聞こえない。
××××××××
「具合はどう?」
ふっと、楽になった。
アタシがまた、いた。たぶん、また、未来のアタシ。
さっきまでの船上じゃないここは、どこなんだろう。
未来のアタシと会うの、何回めだったっけ?そんなにしょっちゅう来るくらいにヒマなら、この時間にずっといればいいのに。
「さっさと選ばないから、こうなったんだからね?」
未来のアタシが顔をしかめてる。
未来のアタシが言う『選ぶ』の意味はたぶん、きちんとわかってると思うよ、アタシ。
「……選ぼうとはしてるよ」
アタシは唇をとがらせて、いちおうそうやって答えてみる。
未来のアタシはそれをふん、て鼻で笑った。選ぶつもりがホントは無いってバレてる。
「アンタに死なれたら、アタシが困るの。わかるよね?」
そりゃそうだろう。アタシが死んだら、未来のアタシだっていなくなっちゃうハズなんだ。
「わかってるよ」
「今、決めちゃえば?」
未来のアタシならわかってるハズなのに、この人はおかしなコトを言い出す。
「やだよ、それはできない」
今、て。
今選ぶってことは、それは間違いなく、アラステアさんが国王でいられる権利を無くす選択だ。
それはしたくない。
未来のアタシは、なんのために今のアタシがあの扱いに耐えてると思ってるんだろう。
「……この時代のアタシがそう言うのは知ってたけどさ」
未来のアタシは呆れた顔をして、アタシの頭をぽんぽん、と軽く叩いた。
「アタシにしてあげられるのは、充電が無くなるのを遅くすることだけだからね。
充電はなるべくした方がいいんだから、そこは諦めてよね」
「充電……」
そりゃ、充電しないと動けなくなるけどさ。
アタシは細くなっちゃった『繋がり』に意識を向ける。
細いけど、そこからはちゃんと、アタシにこの世界で過ごすための力が流れこんできてる。
「そ、充電。……それとね。
もう、脆くなってきてる。なるべく早く選ばないと壊れちゃうよ」
「……わかった。アテル王国に戻るまでは、もつかな?」
未来のアタシがニッて笑った。
「アタシの時はもったから、なんとかはなると思うよ」
じゃあね、行ってらっしゃい、頑張ってね、てまとめて未来のアタシに言われて、どーんと背中を押された。
見えないカーテンみたいなものを通り抜けて、時間が流れ始めたのがわかった。
未来のアタシのおかげで、痛いとかはキレイさっぱり無くなってる。ただ、アタシの身体にはまだショックが残ってたみたいだ。上手く立てない。力が入らない。
意識がそのまま遠のいていくのを、自由にならない体と暗くなっていく視界でアタシはじっくり味わうハメになった。
××××××××
まぶたの向こうに、暖かな光が透けて見える。
「うららさん……良かった、気がついたんだね」
船の中の寝室。アタシはいつの間にか、デッキから部屋に運ばれてたっぽい。
アタシはベッドに寝かせられてて、アラステアさんが治療の魔法か何かをかけてくれてるところだった。
「心配かけてすみません」
……どのくらい気を失ってたんだろ。
「無事に目が覚めたみたいでよかった」
もぞもぞっておきあがったアタシに、アラステアさんが銀色の液体を少しカップに入れて、渡してくれる。カップの中身はなみなみと入ったお茶だった。銀色の液体はきれいに溶けてなくなってる。
……あ、これ、聖水だ。
これが、わざわざ聖水でいれられたお茶だと、口に含んでからわかった。魔力という形で充電されてく力を感じる。この至れり尽くせりっぷりよ……アタシ、もんのすっごく心配かけちゃったんだ。
「ホントに、心配かけてすみませんでした」
「倒れたのは君のせいなのかい?」
違う。
でも、申し訳なさは消えてくれない。お布団の掛け布は落ち着いた青色で、それに青緑の糸でびっしりと刺繍されたものだ。ところどころに赤色とか、金色とか入ってるけど、全体的に趣味がいい。お城にあるアタシの部屋の装飾とはかなり違う。
アタシの部屋もこのくらい落ち着いてるものならいいのにって思った。こういうのが、きっとアラステアさんの趣味なんだと思う。
唇を噛んで、うつむいてたらアタシの顎がぐいっと持ち上げられた。
「顔色は、もう悪くないね」
お城と比べると、この部屋は狭い。びっくりして部屋の中を視線だけで見回したけど、当然二人きりだった。
距離の近さに顔がひきつる。アラステアさんの笑顔が怖い。
「そのお茶を飲み干したら、また横になっていなさい……もうすぐ、メラーテルの港につくからね」
「うん……」
未来のアタシのおかげか、この特別製のお茶のおかげか、めまいとか痛いのとかはない。ただ、ものすごく入ってくるものが少ない。意識を広げようとしても上手くいかない。
暖かいお茶をごくごく飲んで、アタシは布団に顔まで潜った。
アタシ、なんのためにここにいるんだろ……。
××××××××
ま、そうなるよね。
アタシはネェッロ王国側に用意された部屋の中で、頭を抱えてた。見事に夫婦仕様のお部屋だ。
渋い、落ち着いた、明らかに格の高いお部屋だけど、どっからどう見ても、ここは夫婦仕様だ。
いろいろと、アタシは諦めるしかないっぽい。
お茶をいただくアタシたちをよそに、手に何かの機械を持ったブレンダンが部屋の中を点検して回ってる。
「ブレンダンが使ってるあの機械って、何なんですか?」
「用心のためだよ。盗聴だとか、盗撮や暗殺だとか、されたくないでしょ?」
アタシだけ、特別製のお茶を飲まされてる。
入ってくるものが少ないから、こうやって出来るだけ満たしておかないと、不安だ。いっそのことカピバラになって、レリオにくっついて一日くらい過ごせば、何日かはもつ……と思うんだけど。
「大丈夫だ」
ブレンダンがそう言って、アタシは意識を広げようとした。やっぱり、上手くいかない。
いつもなら、なんとなく感じ取れるものが、ぜんぶアタシの輪郭より外に広がってくれない。
持ち主であるレリオの安全を確保できない。
国王であるアラステアさんの安全を作ってあげられない。
はぁ。
せめて、おとなしくアラステアさんの隣に座ってよ……。




