夫婦らしさってなんだろう
うららが神殿に行きたい、といきなり言い出したせいで、うらら、ブレンダン、ボールドウィン様の三人は、俺たちよりも先に馬で出立することになった。
隣の大陸にあるネエッロ王国から、国際会議の招待状が届いたのが先々週。
もっと余裕があってもいいはずの連絡がこんなに遅くなったのは、この会議の開催自体が急に決まったものだからだ。
他には海が荒れたこと、隣国ヨヌイールチとの戦後処理がまだ終わっていないことも影響を与えている。
会議の議題は、今回の戦争の調停。
アテル王国は今もこの大陸の大国だけど、長い間玉座が空いていたことで、この大陸での権力が落ちかかっている。
この会議で、この王国に衰えが無いこと、むしろこれからもっと栄えていく事をアピールしたい。
遠くなっていくうららたちを見送って、俺たちは仕事に取りかかろうと城内に戻る。
各人の身の回りの品々、飲食物の手配、港までの移動準備、アラステア様がしばらく城を空ける間の引き継ぎ……これら全てがいつになったら終わるのか、それを考えるだけでうんざりしそうになる。
とはいえ、俺たちの出立は四日後と決まっている。馬車の中で休憩するつもりで頑張るしかない。
それぞれがそれぞれの持ち場に帰ろうとする。ゆっくりしていられる余裕が今はない。だけど、廊下でその全員が、先に戻っていた筈のアラステア様に呼び止められた。
「明日に出立が早まることになったからね。無理を言って申し訳ないが、死ぬ気で準備を頑張って欲しい」
申し訳なさそうな、本当に困ったような、しかし笑顔でアラステア様はそう、おっしゃった。
……明日。
俺の頭の中は目まぐるしく動く。俺が抱えている仕事を片付けていては間に合わない。
屋敷のブリュノと、父さん母さんに領地の仕事は任せよう。城での仕事は……なんとかするしかない。
××××××××
娘のエーリアルを母さんに預け、後ろ髪を引かれる思いで俺とアラーナは、俺のお婆様と一緒に登城した。
「ジーナ、久しぶり。元気そうで何よりだ」
「アラステア様のお役に立てそうで嬉しく思います」
書類用の通信機の管理をするため、俺のお婆様や、他の『賢者』が呼ばれている。
通信機は、うららの世界の道具からアイデアを得て、俺が開発し、それを更にアラステア様が使いやすく改良してくださったものだ。
機密的にも時間短縮の面からも優れたこの通信機の存在が、今回の旅の支度をかなり短縮してくれた。
……つまり、俺たちは移動中も書類仕事をやらされるってわけだ。
××××××××
アラステア様は一人で一台の馬車を使う。俺はアラーナと二人で一台だ。馬車の周りを護衛が囲み、後ろを荷物用の馬車が続いてくる。かなり、大げさな移動行列だ。
城から港のある街まで移動する間、幸いなことに問題は何も起きなかった。そのお陰もあって、俺とアラーナは持ち込んだ仕事も早々に片付けることができた。たまに追加で連絡がくることはあるけど、全部、ちょっとした相談程度で済んでいる。
ただ、アラステア様は、ボールドウィン様がいらっしゃらない分、負担が大きいようだ。
見かねて俺たちは手伝いを申し出た。けど、
「せっかくの二人きりの時間を邪魔したくないな。港に着くまでにはなんとかなりそうだから、心配はいらないよ」
と言われてしまい、断られてしまった。
「それにしても、アラステアお兄さまったら、せっかちですこと」
ふふふ、とアラーナが笑う。
エーリアルと一緒にいられない事で少し落ち込んでいた彼女は、写影機と通信機の組み合わせで、毎日エーリアルの『写真』が届くようになってからは機嫌がいい。
写影機も通信機も、うららが言い出すアイデアのおかげでできたものだ。感謝しかない。
「だって、アラステアお兄さまがあのように無理をなさって、周りに迷惑をかけてでも出立をお早めになったのはきっと、うららさまに一刻でも早くお会いしたいからでしょう?」
そういえば、そうだった。俺はアラステア様が、うららに婚姻の指輪をどうやって渡したのかを思い出した。
「……まさか」
「そのまさかだと思いますわ。うららさまも大変ですね」
大変、で済ませていいんだろうか。うららの父親として……いや、アラステア様に俺が何か言えるとは思えない。
ふふふ、と微笑ましいものを見ているような顔でアラーナは笑っているけど、俺にはうららが迷惑そうに顔を歪めるところが簡単に思い浮かんだ。
××××××××
ついに港のある街に着いた。
うららやボールドウィン様、ブレンダンがいる宿に向かうよりも先に、俺たちは船に向かうことになった。
積み荷の最終確認をしてから移動するのかと思ったが、どうもそうではなかったらしい。
船の一室、アラステア様がお使いになる予定の部屋。
船の中だから、城の部屋と比べるとどうも狭さと息苦しさを感じる部屋に、俺、アラーナ、ブレンダン、アラステア様が呼ばれた。
同時に移動していた他の者たちは出港の準備に取りかかり始める。
「……それで?」
椅子に腰かけ、肘をひじ掛けにのせ、片手の人差し指だけを伸ばしてこめかみを押さえたアラステア様が、ブレンダンに何かの報告を促した。
「アラステア兄さんの予想通り、ボールドウィン兄さんはうららちゃんを連れてどこかに行こうとしてた」
アラステア様は目を閉じて、ゆっくりうなずいた。
ブレンダンは続ける。
「うららちゃんは断ってるみたいに見えた」
「……そうか」
俺はわけがわからず、アラーナを見た。アラーナは小さく首を横に振ると、かわいらしい唇をそっと押さえる。
「ボールドウィン兄さんが忙しい時に、うららちゃんと俺の二人だけで行動してもみたけど、うららちゃんは何も言ってなかった」
「そうか……」
さっきアラーナから黙っていろと言われたので、俺は黙って聞いておくだけにした。
俺たちが街に入ってすぐに連絡を出したんだろう。ボールドウィン様が船室にやってきたのは、そのくらいの時間がたってからだ。
アラステア様の正面にあった椅子に腰かけ、アラステア様と同じように、ボールドウィン様は肘掛けに肘をのせて片手の人差し指だけで、自分のこめかみを押さえるポーズをとった。
「思ってたよりも早かったな」
ボールドウィン様は俺、アラーナ、ブレンダンを順に確認し、最後にアラステア様に視線を定めた。
「ああ。気になって仕方なかったからね」
アラステア様とボールドウィン様が同じポーズをとっているのが、まるで鏡あわせのようだ。
「俺は二回、うららちゃんに逃げようと声をかけた」
××××××××
ノックの音で、ぼんやりしてたことに気がついた。とっさに意識をちょっと広げて、ドアの前にいるのが誰なのか探ってみる。もちろん、誰なのかがそれだけでわかる訳じゃない。でもアタシに悪意があるかないかくらいなら、わかる。
……廊下にいるのは五人。レリオと、アラステアさんと、ブレンダンがいる。
「はい」
返事をするのと同じくらいのタイミングでドアが開いた。
アタシの『充電』が満タンになったってわかる。
「帰ってしまってたらどうしようかと思った」
アラステアさんは当たり前みたいにアタシのすぐ隣に座ってくる。
アタシが今座ってるのは、詰めれば四人は座れちゃいそうなソファーだ。アタシはささやかな抵抗をしてみた。十センチくらいだけ、離れてみる。
「帰ったら、会議に間に合うようにこっちにまた来られるかどうかわかんないじゃん」
「そうだったね」
アラステアさんてば、変なこと言ってる。
そうだ、書き終わった書類をウィンに渡しとこう。
アタシは苦労してサインを終わらせた書類を取ろうてして、腰を浮かせかけた。ついでにみんなにお茶も出したい。
ぐいっと腕をつかまれて、アタシはぽすん、とまた座るハメになった。
何するんだ、と文句を言おうとして、アラステアさんを睨もうとしたら、なんだか圧力のある笑顔を向けられた。
「うららさん、君は、王妃だ。
私と相思相愛の、仲睦まじい王妃なんだよ。……わかるよね?」
アラステアさんの周りにゴゴゴゴゴ……て音を書き込みたい。わかんないって言いにくい。
なんか、こわい。
今、ここでカピバラになっ……たり……もダメな感じかな??
つかまれてる所から、ビミョーに魔力が流れ込んできて、変身指輪の妨害されてるのを感じる。
なんなの、いったい!?
「夫婦らしくしていることに慣れていないと、周囲に不審がられる。今、この瞬間から仲の良い夫婦らしく振る舞ってもらうよ?」
「げ」
最低だ。最悪だ。サイテーだっ、サイッアクだっ!!
顔がひきつる。
「まぁ……では、わたくしがお茶をおいれいたしますね」
ふふふって優雅に笑って、アラーナさんがお茶を準備しはじめた。助けを求めたかったのに、レリオまで苦笑いして、アラーナさんを手伝いはじめた。
「うららちゃん、申し訳ないが、アラステアの意向だ。これからは俺の事を呼ぶときは『ボールドウィン』としてほしい。
夫以外の男を愛称で呼ぶのは、いらぬ誤解を招くそうだ」
レリオが助けてくれないなら、ウィン……はアタシが渡そうとした書類に気がついて、さっさとチェックを始めちゃう。
ブレンダンはニヤニヤ笑いながら、ドアの前に立って護衛の役割をしてる。
サイアクだ……。
「紳士でいると誓うよ」
爽やかな笑顔の質が、アラステアさんとレリオとではぜんぜん違う。爽やかに笑ってるのに、爽やかさの欠片もないって、どういうコトっ?
サイアクだっ!!!!




