なんかね、このインクがスゴいらしいよ(2)
カサリ、カサリ、パサッ。
カタカタ、タタタ、ピッ。
サラサラサラサラ、サラサラサラサラ。
ああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああ
……つかれる。
さっきの豪華とかきらびやかアタックよりはいいけど、この書類地獄のサインスマッシュもなかなかキツイ。
今までお城でアタシがやってきたことって、文字の読み書き、ひなたぼっこ、アラステアさんとの仲良しごっこ、水浴び、お作法、ひなたぼっこ、お散歩、お茶会、ひなたぼっこ、アラステアさんのお相手、ひなたぼっこ、ひなたぼっこ、水浴びって感じだった。
お仕事なんてしてる余裕なかった。しなくてもいいよって話だったしぃ……。
今、すっごいアタシ、仕事させられてる。
もんのすっごく働かされてる……。
船に乗せる?載せた?
とにかく荷物とか、人員とか、そういう何かの書類がたくさんあって、片っ端からウィンがチェックをしてく。早い。電卓みたいな謎機械使ってるけど、それにしてもめちゃくちゃ早い。
早すぎる。
もしかして、ウィンてコンピューターなんじゃないの?
「これにもサインしろ」
どさっとアタシの前に書類が増えた。
この流れ作業アンド役割分担でスピードアップするんだって。
ウィンがチェック、アタシはサイン。
ブレンダンは船を見に行ってる。
「何の書類かわからないのに、アタシがサインしまくってて大丈夫なの?」
アタシって、この世界の文字がまだ、全部読めてる訳じゃないんだ。この世界だけの言い回しとか、難しい表現がわかんない。
もう、結構サインしちゃってるから手遅れなんだけどねっ!
「俺がチェックしている書類に問題などない」
「うん、それは……信じるけど」
ウィンが、この国に悪い事なんかするわけないのは知ってるけどさ。
アタシは新しい書類に手を伸ばす。
この国の書類……コウテキ書類っていうの?それはだいたい書式が似てるから、アタシでもどこにサインをしたらいいのか、分かりやすい。
……ん?
これ、なんか他の書類と違う……?他のと違って縁取りがしてあって、サインを書くとこが違う……。
なんか、どっかで見たことある。
……でも、これだけ書類があるから、そんなこともあるかもしれない。
アタシはそれにもサインする。紙の上で、黒かったインクはふわっと光って、緑色っぽくなる。
ふーっと息を吹きかけたら、すぐに乾く、不思議で便利なインクだ。
終わったよ!のところに置く。
書類を目の前に置くついでなのか、ウィンはアタシがサインするとこを少しの間、監視してた。
「……ああ、済まない。関係ない書類を混ぜてしまったようだ」
そう言って、ウィンはたった今アタシがサインをした紙を山から取った。クリアファイルに似た書類入れにいれて、箱にしまう。
カチ、と鍵のかかる小さな音がした。
……え?ウソ!?
ウィンのチェックが失敗してたとしても、サインしてるのはアタシなんだけど!?
全身の毛が逆立ちそうだ。
「ホントに大丈夫なの?」
箱に鍵をかけたウィンは、気持ち悪いくらいに綺麗な笑顔でバラバラバラっとアタシの前にある書類ぜーーーんぶを眺めた。
そう、眺めただけ。
「ざっと確認したが、問題ない」
チェックするの、ずいぶん早くない!?
ホントに大丈夫!?
「ホントに?」
「ああ、信頼に応える自信はある」
間違いがあったら、全部ウィンのせいですって言っとこ……。
結局、書類仕事をするのに、二日もかかった。
違う。ごめんなさい、嘘つきました。
二日かかってもまだ終わってない。まだ、ここに積んである……っ!!
びっくりしたのは、この宿での食事がダーだけじゃなかったこと。
メニューがあって、ダーと、その日のメニューを選べるシステムになってた。
品数は少なかったけど、ダーには飽きまくってたから、うれしい。
それはともかく、この紙でできた山をどうしよう。ウィンはさっさと自分の山を終わらせて、アタシの山だけが片付かない……。
ウィンはさっきからずっと、何かのノートとにらめっこだ。
「うう……手伝ってくれてもいいと思う……」
「俺は俺で色々とやることがあるのでな」
ノート見てるだけだよね!!?
ただ、どれだけ文句を言ってみても、この書類の山が片付く訳じゃない。
「それに、そのインクは書いた人間によって色が変わる特殊なものだ。
俺が書いても色が違うことでバレるぞ」
えっ!?すぐに乾く便利インクじゃなかったの!?
どうやらこれ、不思議インクだったみたい。
ノートを置いたウィンが、こっちに歩いてくる。
足が長いってうらやましい……なんて思ってたら、そのままスッと、アタシの手元からペンを抜き取った。
試し書き用の紙に、サラサラっと綺麗なサインをして、見せてくれる。
ウィンが書いた字って、どことなくカクカクしてる。文字の大きさが揃ってるからすごく読みやすい。やっぱりパソコンだ。ミスターパソコン。
黒かったインクはふわっと光って、赤色っぽくなった。
「アタシの時と、違う……」
アタシの時はこのインク、緑色になるんだ。
「うららちゃん」
まじまじと、不思議インクとペンを見てるアタシの名前を、ウィンがちょっと真面目っぽい声で呼んだ。
「ん?なに?」
アタシはペンを置く。まともに目が合った。
「俺の計算では、明日にもアラステアたちはここに着く。
メラーテルで行われる会議の日程を考えると、明後日には出港することになるだろう。
本当に、このまま王妃としての役目を果たしていくつもりなのか」
……ウィンは、きっと、アタシにはわかんないようなことも考えて、本当にいろんな事をいっぱい考えて、それで言ってくれてる。
ずいぶん真剣な顔つきだった。
「うん」
だって、アタシが王妃さまの役をする以外に、アラステアさんを王様にする方法は無いんでしょ?
神殿のリストに間違いはなかった。
この国には、アラステアさんという国王が必要なんだ。
「他国の者に顔を見せてしまっては、何もかも手遅れになる。
……逃げられる機会はこれが、最後だ」
アタシも、真面目に答える。
「逃げないよ」
やっぱり、今でも、あの人の奥さんでいるっていうことはイヤだ。
でも、ちょっとだけなら慣れたんだよ、これでも。
ウィンの目が、アラステアさんの目に似てるって思った。
アタシは意識を広げてみる。レリオとの『繋がり』を通して、だいたいどこら辺にいるか、想像してみた。
……この距離だと……え、明日……?
さすがに正確な距離だとか、早さまではわからない。
かなり、近い気がするんだけど……ここまで来るのに、ホントに明日までかかる?
「どうした?」
ウィンが不思議そうに聞いてきた。
「明日、かな……」
これ、下手したら今日じゅうなんじゃないの?
もう、その辺まで来てるんじゃないの?
て、言おうとしたら、宿の従業員の人から、サキブレっていうのが着いたって伝言が届いた。
「サキブレ?」
「先触れだ。……計算よりも早いな」
……パソコンっ!
先触れ、に対応するとかで、ウィンが部屋を出てった。
「はーぁあ……」
残ったアタシは部屋に備え付けの道具を使って、ひとり分のお茶を入れる。
お茶の種類はいくつかあって、まるでドリンクバーのお茶コーナーみたいだ。
ガラス製のティーポットの中で、お茶の葉が踊るのを眺める。
だんだん、お湯がお茶の色に染まってく。
この世界に来たばっかりの最初の頃はともかく、レリオとの繋がりが太くなるにつれて、アタシは簡単にあっちとこっちを行ったり来たりできるようになってた。
だから、何かについてムリ!てなったら、あっちに帰って気分転換できたし、あっちでツラいときにはこっちで気分転換したりしてきた。
でももう、それが難しくなってる。
たぶん、あと何回かしか、行ったり来たりはできない。
ウィンが心配して言ってくれてるように、逃げられるものなら逃げちゃってもいいのかもしれない……あっちの、世界で。
琥珀色を薄めたみたいな色をした花茶は、とても香りがいい。
残りの書類はあと少し。
窓の外の海がきれいだ。
この国の王様にふさわしいのは、アラステアさんしかいない。
アタシ、逃げないとか言ってみたけど、今までけっこう逃げてきてるんだよなぁ……。
『異世界より召喚されし巫女』様が好んで食べるのは、ダーではない食事らしい……そうか、そうなのか、自分たちも取り入れたい!
というだけの流行りのせいで、ダー以外の食事が広まりつつあります。




