神殿にて
聞いて!馬を走らせられるようになったの!!!
全力で……はできないけど、パカラッパカラッて、できるようになったんだよ!
ねぇ、すごい?すごい?スッゴいと思わない!?
神殿に着いて最初にしたのは、休憩タイムをとることだ。
ボフェティさんがお菓子を出してくれて、もぐもぐしたら、アタシはアタシのお部屋に入る。
あの、アンティークな扉の、庭付きの、プールつきのお部屋だ。
聖水に浸ったのって何日ぶりだろう?
お城を出てからぶりだから、たいした日数じゃないっけ?はぁ……やっぱり、そろそろ水面を選ばないとダメなんだろうなぁ……。
いっそのこと、ここに根を張っちゃいたい。
お城の部屋と比べたら、神殿でアタシ用にって用意されてるここは、どっちかっていえば殺風景だ。
最低限のものしか置いてない部屋で、ひとりになったアタシは意識を広げていく。
……うん。ここからでも、なんとかなる。
そこらじゅうに聖水を巡らせてある、この神殿のつくりはこのためにあったのかっ!?……てくらい、今のアタシが、こそこそ何かするためには都合がいい。
アタシは『水面』を片手に持った。
「はじめまして、でいい?」
××××××××
「おはようございます」
ちょっと、だるいかも?
久しぶりにがっつり寝たし、もう少し寝てたい。
翌朝、アタシはボフェティさんに着替えを手伝ってもらって、なんかひらひらした衣装に着替えた。
ん?
これ、お城で着させられてる服に、似てない?
「さすがですね、巫女衣装がよくお似合いです」
普段はキツイ顔つきのボフェティさんが、嬉しそうに笑った。
「あ、これ、巫女の服なんですか!?」
ひらひらしてて、でも締め付けが少ない。
実はキュロットみたいになってて、動きやすい。
さすがっていうか……ま、いいや。
「これから何をするんですか?」
このだるさ、結界から出たら充電できるはずだ。うん、今日明日くらいなら、なんとかなる。
「巫女様のお勤めをしていただきます」
ボフェティさんに案内された部屋は、神殿の奥の方にあって、かなり大事な部屋っぽかった。
いかにも!て感じの祭壇があって、祭壇よりも奥は砂が敷き詰めてある。部屋の半分には水が張られてて、池みたいになってる。
水はもちろん聖水だ。
聖水はあんまり深くなくて、いくつかの鉄の塊が沈んでるのが誰の目にも見えるようになってる。
こう、なってたんだ。
部屋に入ったのはアタシ、ボフェティさん、前にお会いしたここの神官長さん、あと、ウィン。
「この部屋はお告げの部屋だ」
ウィンが砂を指差す。アタシにもちょっとだけなら読めるようになった、この世界の文字が並んでた。
一番目にアラステアさんの名前。
二番目にアラーナそんの名前。
そのあともずらずらと名前が書いてある。
書いてある名前には、まだアタシが会ったこともない人のがたくさんあった。
でも、わかる。それで合ってる、て思う。
「俺たちは、ここに書かれた名前の順に従って、王位継承順位を定めてる」
ウィンは言いながら、アラステアさんの名前を手でさっと消した。
すかさず、指で書いてるみたいに、アラステアさんの名前がゆっくり刻まれる。
器用だなってアタシはそれを眺めてた。
「新しい巫女はこれに不服はないか?」
あるわけない。
アタシはうなずいて、字を消さないように気をつけながら、水の中に片手を突っ込んで、その手を握手の形にした。
「合ってるよ。うん、アタシもこれで合ってるってわかる」
……ね?
いかにもな感じの、神秘的で重々しい部屋の中、水がぼんやり光った。
それで、おしまいだ。
アタシの用事は昨日済んでる。過去の巫女にこっそり手を振って、アタシはそこの部屋を出た。アタシたちはまた支度して、今度は港を目指す。
××××××××
神殿のあれこれを管理するのがお仕事っぽい、ウィンのほうの都合で、アタシたちは神殿にもう一泊することになった。
一回結界から出たい。出ないとちょっと、マズイことになるかもしれない。主に、充電的に。
だから、また普通の服に着替えて、ブレンダンと神殿の外を歩かせて貰うことにした。
結界は目に見えないけど、ふって感じの、空気の壁がある。そこを通ってく。
神殿の前は広場になってて、みんな中まで入っていかないで、そこで祈ってたりする。あ、やっぱりここって『神殿』ていうだけあってなんかの宗教の建物なんだ。
「ここの神様ってなに?」
ブレンダンはニヤニヤ笑いながら、アタシを指差した。
「……は?」
「『異世界より召喚されし巫女』は国や村を守ってくれる存在ってことになってるぞ」
うわぁ……おっもい役割ですねそれ……。
や、王妃様って役割も重いんだけど。
軽く引きながら、アタシたちは神殿前の広場から、商店街みたいになってるほうに向かって歩いてく。
「こないだの夜さ」
「ん?」
「なんで、ボールドウィン兄さんと逃げなかったんだ?」
……聞いてたんだ。
『こないだの夜』がどの日の何を指してるのか、すぐにわかっちゃったアタシはうってなる。
「あの晩なら、見逃してやれたのに」
言ってる中身と違って、ブレンダンの言い方は軽い。
「ホントは、アタシが逃げるわけないって、知ってたんじゃないの?」
アタシのこれは、強がりだ。
なんかいけない事をしてた気がするし、見られるべきじゃなかったって思う。
ていうか、このタイミングでその話題を出してくるブレンダンが、ちょっと怖いって思った。
ただ、でも、ウィンがいない時に言ってくるっていうのがすごく、ブレンダンらしい。
「まぁな」
王都ほどじゃないけど、神殿の近くはけっこう大きな街だ。お土産屋さん、飲食店、お土産屋さん、お土産屋さん、飲食店、雑貨店、洋服屋さん、何かの工房……。
街路樹みたいな木があったり、ベンチがあったり、ここはなんとなく南国の観光地っぽい雰囲気がある。
フランツさんのお店はどこだろう?
「あのさ……ブレンダン、アタシのペアにならない?」
この言い方で伝わるわけないって、わかってる。わかってるけど、ブレンダンと二人きりで話が出来るのは、きっと今だけだ。
「うららちゃんの言ってる『ペア』ってのが何なのかわからないけどさ。
誘うべきは、俺じゃないんじゃないか?」
ブレンダンは屋台に近づいて、アタシと自分に飲み物を買ってくれる。ブレンダンはこういうことをサラリと自然にこなす。
知らないフルーツのジュースだ。
甘いけど、さっぱりしてて飲みやすい。いくつか種類がある中で、アタシの好きそうなのを当てちゃうところ、ホントよく見てるよね。
「でも、ブレンダンじゃないと、アラステアさんを国王にできなくなるんだよ」
こんなこと言っても仕方ない……と思うけど、ブレンダンは妙に信頼できるところがある。
きっと、アタシから何も言わなくても、この会話のことやこの前の夜のこと、ぜーんぶ、誰にも言わないでくれるって、アタシは知ってるんだ。
「この国の王様は、アラステアさんがいいんだよ」
そろそろ、水面を選ばないでいられるのも限界だ。
明るい日射しはぽかぽかしてて、神殿のある街を歩く人の顔つきは明るく見える。
ここは、観光地でもあるんだ。
「なんとかなると思うけどな……」
ブレンダンがボソッと言った。普段そういう風に低い声で呟くところなんて見ないから、ぎょっとした。
「アラーナがいて、レリオがいて、ボールドウィン兄さんがいる。
別に、アラステア兄さんが王様辞めたとしても、なんとかなると思うぞ?
だから、その『ペア』てやつには、本当にうららちゃんが好きなヤツを選んだ方がいい」
それは、今まで考えたこともないことだ。
初めて見たんじゃないかっていう、ブレンダンのまじめな顔が凛々しい。
初めて、ああ、この人も、アラステアさんも、ウィンも同じ血を引いてるんだって、思った。
「今度から……お兄ちゃんて呼んでいい?」
「なんでだよ」
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