レッツゴー神殿
馬に乗ったことあるひとー!
………………。
アタシはない。観光地とかにいる、人が引いてる座るだけのお馬さんですら、乗ったこともない。
お馬さん……。
お顔、おっきぃねー……。まつ毛ながーい……。
「うららちゃんは馬に乗れないのか」
乗れないのか?じゃなくて乗れないのか。て聞いてくるところ、ウィンてばわかってるぅ!
「なんで乗れると思ってみたかな」
アタシは目の前のお馬さんたちを見ながらつぶやいた。
用意されてる馬は、六頭。頭のよさそうな顔の馬だって思った。
アタシはくるっと回って、ウィンに向かってばんざいしてみる。
乗っけて!
「……ぷっ」
はい、そこ吹かない!そこ!
アラステアさん、あなたですっ!
お馬さんてばこんなに背が高いのに、踏み台が用意してないんだもんっ、乗り方さっぱりわかんないんだもん!
ブレンダンとレリオもぴるぴる震えてないのっ!笑ってるの、バレバレだからね!?
……っ!?アラーナさんまで……優雅に扇子でお顔を隠しても、笑ってるのはわかってるからね……っ!?
「ボールドウィン兄様、ブレンダン。
くれぐれも、よろしく頼むよ」
今いるのはごくごくプライベートなエリアだ。
だから、アラステアさんは『仲良しごっこ』をするつもりがないらしかった。
人の事をさんざん笑ってその笑いの波が収まったら、軽く手を振っただけですぐに帰ってっちゃった。この、人でなしめっ。
……乗っけてよ。ほら。
アタシはばんざいしたままだ。
なかなか動こうとしてくれないウィンにむかって笑いかける。
……だめ?
わかんない?のっけってってば!ねぇ!!
んもぅ、はっきり言わないとダメ?
「乗っけて」
「……ハァー……っ」
疲れた顔をしたウィンがアタシを抱っこして、乗っけてくれたりはしませんでしたっ。
クククククって笑いながら、乗り方を教えてくれたのは、ブレンダンのほう。
メラーテル行きは急に決まったことなんだって。
そうだよね、前に来たときはそんな話、全然なかった。おまけに、アタシが神殿に行きたいとかワガママを言い出したのはもっと急だ。そのせいで、乗馬のあれこれを教わってる時間はないらしい。
移動しながらのぶっつけ本番乗馬体験教室……。
「ねぇ、お馬さん、暴れたりしないでね?落とさないでね?」
「安心しろよ、ちゃんとおとなしい馬が選ばれてるから」
びくびくしてるアタシに、ニカッてブレンダンが馬の首をパンパン叩いて笑う。
……そうは言っても、この高さじゃーん。
馬の背中から見渡す世界は視点が高い!
……やっぱり怖い。
「カピバラになって飛んでっちゃった方が、早いし楽じゃない?」
やー、のどか。
お日さまぽかぽか、風は爽やか、小鳥が鳴いて蝶が舞ってる。
アタシが超初心者なもんで、急いでるっていうワリにはカッパカッパと馬を歩かせるだけの、のんきな旅だ。
残りのお馬さん三頭?着いてきてるよ。
今乗ってるお馬さんと、途中で交代するんだって。
「カピバラになるのはいいが、神殿に着いたとき人の姿に戻せる奴がいないだろう」
見事なくらいに呆れた顔のウィンから突っ込みが入った。
「あ、そっか」
せめて、自分の力だけでカピバラから人間の姿に戻れれば楽なのになぁ……。
アラステアさんがそれを許してくれないから、そこは仕方ない。
……ホントにめんどくさっ!
ホントは馬で走って移動の予定だったのかな……って思うと、ちょっとだけ、このまったり感が申し訳ない。
馬を早く走らせたら、落ちる自信はたっぷりあるよ!
ごめんなさい。着実に行きましょう。
姿勢とか、手綱の持ち方とかをブレンダン先生に指導を受けたり、休憩をちょっと挟んだりしながら、アタシたちはどんどん街道を進む。
「まだわかんないんだけど」
村から村を移動するのがだいたい一日……てっいうのは、歩いて移動した時の話だ。
馬に乗ってたら、当然、進みは早くなる。
そのぶん、村での滞在時間を増やすか、先に進んで中途半端なところで夜営をすることになる。
アタシたちは急いでる。王族ご一行様とはとても思えない、簡単な夜営セットを組み立てながらアタシはぶちぶち文句を言ってた。
「なんでアタシが国際会議とかいうのに行かないといけないわけ?」
夫婦仲良しアピールして、なんでアテル王国の平和に繋がるのか、アタシにはさっぱり理解できない。
国際会議っていうのが、何をするところなのかもわかんない。
今アタシが組み立ててる、夜営セットのほうがまだ分かりやすい。
分かりやすい、組み立てやすい、軽い、片付けやすい。
……なんて優秀なんだろ、これ。
女の子ひとりでもできる辺り、売れるってこれ……売れないか。テントじゃないもんね。
旅用の荷物はだいたい小さかったり、軽かったり、工夫してあるものばっかりだ。
ダーだって、軽いし場所を取らないから、旅の食事としては優秀だと思う。飽きるけど。
アタシがいつ、こっちに来るのか、あっちに帰るのか、こっちがわの人にはきっとわからない。
そんなアタシを外交に連れ出す予定があったって、なかなかのギャンブルだよね?
でも、安心してほしい。
アタシ自身も、いつ渡ってくることになるのか、ぜんっぜんわかってないから!法則がまだわかってないから!
だいたいアタシは、国内の、自分の家であるはずのお城の中のことでさえ、マナーとかしきたりとか、全然わからないでいる。
いまはお勉強中ってやつだ。
アラステアさんとアラーナさんが外交のあれこれを全部やってくれるっていうなら、ボロが出ないようにアタシは引っ込んでた方がいいんじゃない?
「アラステア兄さんが結婚して、離婚なんてしなさそうだな、て周りの国にわからせる事が大事なんだ」
「どういうこと?」
ブレンダンが、紐をきつく縛るところをアタシの代わりにやってくれた。
ああいうふうにきっちり縛るの、うまくできないんだよね……。ひとりでできてないかも、アタシ。
「んー、そうだなぁ……アラステア兄さんはさ、政治家としてはほぼ完璧なんだよ。
唯一の欠点が、なかなか結婚しようとしなかったってだけで」
「だから、王位につけなくって、そのせいで貴族から不満がでて、外国に攻め込まれたって聞いてるよ?」
それってぜんっぜん優秀じゃないじゃん。
いつの間に準備してたのか、お湯が沸いてた。ブレンダンが当然のようにお茶の準備をして、アタシに暖かいカップを渡してくれた。
「ありがとう」
「おう」
「アラステアが結婚しなかったのだって、それなりに理由がないわけじゃないんだぞ」
アタシ達が野営の準備をしてる間に、馬の世話をしてたウィンも、休憩することにしたみたいでこっちに来て、敷布に腰を下ろした。
……説明が……難しい……。んんんと、お嫁さん候補はいっぱいいたけど、政治的なあれこれがそれこれで、選んでる余裕が無かったってこと?
じゃ、なんでアタシだったんだろ?
アタシはアラステアさんと同じ色をした、ウィンの琥珀色の目をじっと見た。
アタシの中では、この人が結婚の言い出しっぺってことになってる。
ウィンは少し考えるみたいに、ちょっと視線をそらして向こうの方を見た。
この国には山が少ない。
基本的に平野が多い。
今もここから見えるのは、どこまでも広がる草原と、思い出したみたいにポンポンと置いてあるみたいな、林にしては少ない木の集まりばっかりだ。
「『異世界より召喚されし巫女』であれば、権威も格も相応しいからな」
????
それが、理由?
んーと、何て言うんだっけ、それ。
政治的な……制度……政府………………。
政略!政略結婚!
おー、なんかかっこいい言葉が出てきた。
カサンドラさんやデメトリアさん、大臣とか、とにかく偉そうなおじさんおばさんに、半泣きで土下座されたのは、そういうのが理由だったんだ……?
あれ、すごく怖かったよ……?
「アラステアさんの唯一の欠点は結婚出来なかったこと。で、今は結婚したし、その結婚だって上手く行ってるんだよ……って外国に見せつけたいの?」
「……だいたいそういう理解でいい」
ウィンはポンポン、とアタシの頭を軽く叩いて、お茶をぐいって飲み干した。
やっぱり、さっぱりわかんないよ。
なんで仲良しアピールが必要なわけ??
アタシは頭の良さそうなお兄ちゃんから、筋肉思考感を漂わせた弟に顔を向ける。
「安心感ってやつだ」
????
やっぱり、さっぱりわかんない。
××××××××
昼間、アタシは戦闘に参加しない。ウィンとブレンダンがいるんだもん。参加する必要もない。
そうすると、夜中に眠気がやってこない。
……そうすると、夜の見張りはアタシがなんの問題もなく、できちゃう。
……そうすると、ウィンとブレンダンは夜、安心して眠れる、と……まーぁなんて合理的ーぃ……。
別に?いいけどね?
ただ、ちょっと退屈な時間てだけだ。
アタシは懐かしい歌とかを口ずさみながら、暗闇に意識を薄く広げる。
何かが動く気配を感じた。敵意は感じない。
うん、今夜も問題なくいられそうな感じだ。
こっちの夜空って、本当に綺麗。
これだけは、この綺麗過ぎる夜空だけは、初めてこっちに来たときから変わらない。
きっと、このまま、この夜空はずっと先も綺麗なんだと思う。
ただ、誰と一緒に見てるかって違いだけなんだ、きっと。
アタシは退屈ついでに『繋がり』へ意識を向ける。
まだいろいろ足りてないアタシだけど、霊格だけはそれなりに上がってる。
レリオとこんなに離れてるのに、それでもそんなに問題ないってわかる。
「うららちゃん」
暗闇と同じ色の服、暗闇と同じ色の髪の毛……ウィンが起きてた。明かりのない暗闇の方に立って、アタシを手招きした。
見張りを交代するつもりかな?
アタシ、眠くないよ?
「どうしたの?」
ブレンダンはまだ寝てる。小さい声で聞くために、アタシはウィンに近づいた。
ウィン……ボールドウィン。アラステアさんのお兄ちゃん。制度の上ではアタシの義理のお兄ちゃん。
その人は、低い声でささやいた。
「今なら、逃がしてやれるぞ」
「逃げるって、何から?」
「アラステアから」
い き な り 何 を 言 い 出 し た ?
びっくりして何も言わないアタシに向かってウィンが言葉を重ねてく。
「もしもアラステアとの婚姻が嫌なら、俺が逃がしてやる」
ウィンは背が高い。そして目付きが悪い。静かに降ってくる言葉には変な迫力がある。
「王妃の暮らしや、レリオの所のように豊かな暮らしはできなくなるだろうが……穏やかに暮らせる国があるんだ」
し か も ま さ か の 他 国 !?
目を見開いて、何も言わないアタシの手を、ウィンが掴んで軽く引っ張った。これは行こう、てことなんだろう。
「いかないよ」
アタシは動かない。引っ張られないように踏ん張る。
ウィンは、目付きの悪い顔を、更にもっと怖い顔にした。
「……アラステアとの離婚は無理だ。いくら俺でもやってはやれない。嫌なら逃げるしかないんだぞ?」
そして、その機会は今しか無いんだろう。
ウィンの手もおっきい。剣を握る手のひらは硬いし、ペンをよく握る手はちょっとでこぼこしてる。
「確かに、アラステアさんと結婚させられてることはご不満なんだけど」
ウィンの手、冷たくて、ずいぶん汗ばんでる。
アゴのラインがちょっと動いて、歯をぎりってしてるがわかった。
「でも、ダメなんだよ。
アタシっていう存在には、この国じゃないとダメなんだよ」
「……『異世界より召喚されし巫女』の生態のひとつか?」
アタシはうなづく。
「アラステアで、いいのか」
素直に言おう。視線を泳がせちゃったって。
だって、答えにくい質問じゃない?
つい、ウィンから目をそらして、ブレンダンが寝てるか起きてるかの確認をしちゃった。
「そこは……」
「わかった」
ふぅって、ウィンが息を吐いて、緊張が抜けた。
「俺には頑張れとしか言えなくなるな」
……ウィンの笑顔、なんか、たまに、怖いよ。
いつもむっすーって顔をしてる人が微笑むのは、やっぱり怖いものなんだと再確認した。うん。




