肖像画の除幕式
けっこうまた、久しぶりになっちゃったなぁ……。
シャラシャラと鈴に似た綺麗な音が部屋の天井からしてきてる。
床が虹色にゆらゆらと光り出す。
壁の一部に置いてある、岩から水音もしてきてる。
シャラシャラ……。
サラサラ……。
チョロチョロ……。
キラキラ……。
この前こっちに来たときとこの部屋に変わりはない気がする。虹色の光は強くなったり弱くなったりするし、揺れる水面に光が反射するしで、やっぱりアタシは幸せな気持ちになる。
用意してある椅子に腰掛けた。
バタバタと人の走る音がして、アタシはハッとする。
やっばい。ずっとこっちに来なかった言い訳、ぜんっぜん考えてない!
来なくてもいいような気がしちゃってたから、来なかった。……じゃ、ダメ?だよね?
扉が開いて、メイドさんがアタシを見つけた。その顔が明らかに驚いてた。
薄情でゴメン……っ!来なくてもいいような気がしてたってだけで、こっちの世界をかなりほったらかしにしててゴメン……っ。
国王と王妃は仲良し作戦はどうなったんだろ。
これだけ片っぽが引きこもっちゃったら、台無しだよね?
さすがにあのアラステアさんも呆れたかな?
レリオ、何してるんだろう。ウィン、怒ったりしてないかな?
「えっと……お久しぶり?ですよ……ね?」
笑ってゴマカシちゃえ。
ははははははははは……。
メイドさんたちもニッコリ笑う。
「王妃さま、とりあえずお召しかえをいたしましょう」
はぁ……い。
××××××××
アタシが大人しくお風呂で洗われて、マッサージされて、ヒラヒラ衣装を着させられたころ、カサンドラさんがやって来たと報告を受ける。
「午後にでも、アラステアはこちらに足を運ぶと思いますわ」
カサンドラさんは、どっちかって言えばアラーナさんに似た微笑みを浮かべてた。
お茶を飲む姿が美しい。優雅ってこういうことなんだなぁ……アタシもちょっとは見習わないと。
前に会ったときとカサンドラさんの見た目があんまり変わってない。
世の中には見た目だけじゃ歳がわからない人もいる。
はっきり言ってこの人たちの見た目を参考にしちゃ、いけない気がする。
カサンドラさんはアラステアさんとアラーナさんのお母さんで、デメトリアさんはボールドウィンと、ブレンダンのお母さんだ。
前の国王は奥さんを二人も持ってたんだから、アラステアさんも早くそうすればいいと思う。
そう、なれ。切実にっ!
そしたらアタシ、ササッと王妃の冠置くから。すぐ引退するから。そしてカピバラになってずーっとお池に浮かんでるから。草食べて生きていきたい。草食べて生きるとか、かなりユカイな人生送れそう。
「うららさまは、今回はお逃げになりませんのね。
少しはアラステアの事を認めてくださったのかしら?」
いいいいいいえ!
ちょっと戸惑ってるうちにメイドさんに捕まっただけです!そんなこんなで今にいたっただけでございます!
なーんて、母親には言えない。言いにくい。
「えーと……」
あいまいに笑ってごまかそう。あっははははははははは……。
ごまかせてますようにっ!
「そうだわ、デメトリアさんにも、うららさんがいらしてること、お伝えしなくてはね。
デメトリアさんね、今、明日の除幕式の準備をなさっててお忙しいの」
今日の優雅な仕草講座はこれでおしまいらしい。
「デメトリアさんがこちらに顔を出せるかわからなくて、ごめんなさいね」
なーんてお上品にカサンドラさんと挨拶をした。
アタシの仕草はまだまだ優雅とはほど遠い。けど、カサンドラさんがオッケーをくれたもん。だから、まぁいいってことで。
カサンドラさんが出ていくのとほとんど入れ替わりにヤツが来た。
……ヤツって言ってごめんなさい。
アラステアさんです。
……アラステアさんもおかわりないようでー。
アラステアさんとお話するのはやっぱり、あの部屋だ。
あの、お庭がよく見える部屋。国王と王妃の仲のよさを臣下や部下に見せつける為の部屋。
「二十一だよ」
部屋に入ったとたん、アラステアさんは笑顔でそう言った。
「そうですか」
ああ、ホントに、あっちとこっちじゃ、いろいろと違うんだな……。
こっちじゃ、たったの二十一日だったんだ。
「大丈夫?」
アタシの顔色はずいぶん悪くなってたらしい。
アタシ用に整えられた、でもアタシの趣味とはかけ離れたアタシの部屋に移動して、で、アタシが落ち着いてから話をすることになった。
××××××××
「大丈夫?」
「ゴメン……」
アタシは枕をなでた。繊細な刺繍が見事な枕カバーがかけてある。
とっっっっても、肌触りは悪い。
この部屋にあるのは、壁に呼び鈴の紐スタイルじゃない。
テーブルに呼び鈴が置いてあるスタイルだ。
たぶん、扉の外とかにメイドさんがいるのかも知れない。
このお部屋の改装はまだほとんど手がつけられてないから、全然落ち着かない。
水差しからコップに移した水を、少し飲む。
呼び鈴を鳴らせば暖かいお茶を用意してもらえるんだろうけど、それはもう少ししてからにしたかった。
「……大丈夫?」
今日、三回目の大丈夫?にアタシは笑った。
「ありがと」
ちょっとは落ち着いた、ってことにしとこう。
「まさか、こっちじゃ二十一日しかたってないとは思わなかったです」
気がついたらかなり時間がたってたらしい。窓の外が暗くなりかけてた。もう少ししたら晩御飯の時間かな?
晩御飯(やっぱりダーかと思ったけど、予想外なことにオムレツとサラダとパンだった)を食べて、この部屋のここが気に入らない!てところを話し合ったり、明日あるっていう『除幕式』について話を聞いたりして、そのあと寝心地の悪いベッドで就寝した。
レリオに会ってない。
レリオに会ってないけど、アタシの霊格が上がったからか、お城とお屋敷くらいの距離なら問題なく充電できてるっぽい。
それはそれで……なんだかなぁ。
××××××××
「おい、王妃さまだ」
お茶室にうららとアラステアが姿を見せると、俺の執務室からも、この部屋からも見えるようになっている。
「……珍しいな、今回は逃げなかったんだ」
ブレンダンが面白がるように呟く。
「やっと諦めたのか」
ボールドウィン様は書類からちらりと視線だけを動かして、お茶室のほうはほとんど見ないままだ。
「しかし、うららちゃんがいてくれると明日はやり易くなるな」
ボールドウィン様はいくつかの書類に決済のサインを書き込んでいく。その間に、アラステア様とうららが寄り添うようにしてお茶室から出ていった。
うららがアラステア様と結婚することになった時は俺も落ち込んだけど、ああいう所を見てしまうと、あれはあれで良かったんだと思える。
うららが幸せになってくれた方が、嬉しい。
「そう言えばボールドウィン兄さん、アラステア兄さんには第二夫人とかは用意しないのか?」
「アラステアが断るだろ」
ボールドウィン様は呆れたように息を吐いた。
アラステア様は以前とうってかわって、女性との話を聞かなくなった。うららのことを想ってらっしゃるのが微笑ましい。
……そうでないと俺も安心してうららを任せられない。
「それに、アラステアも子供を望んでいないらしいからな……エーリアルに国を継がせたいらしい」
「そうはいっても、神殿が」
ボールドウィン様が言ってるのは王位継承権の話だ。
神殿は政治に口出ししてこないが、王位継承権を決める権限がある。
「アラステアのことだ、なんとかするんだろ」
××××××××
こっちの世界で、夜寝たのは久しぶりな気がする。こっちにいると睡魔が来ることがほとんどないんだ。
朝ごはんを食べたら、めんどくさいけどまたメイドさんにわしわし洗われて、お着替えだ。
朝ごはんはダーだった。
ちょっと食欲なかったから、頑張って食べた。
広間にはたくさんの椅子が置いてあって、ずらっとたくさん人が座ってた。
あー、これが貴族ってやつ……。
こっちでの自分の結婚式と、こちらでの戴冠式を思い出した。
ひぃ。
黙って座ってればいいって、アタシは言われてる。
何人かの偉い人の話のあと、アラステアさんの話。
それから壁にかけられてた布が二枚、取り払われる。
……げ。
でかっ!!!……じゃなくておっきい。
うん、布が大きかったからそんなものかな?とは思ったよ?思ってたけど、見るとまた違うよね?
正面左側にアラステアさんの、右側にアタシの肖像画。
構図としては見つめあってるみたいに見えなくもない。キツい。あ、設定として仲良し夫婦ってことになってるんだっけ……?
美化されてるのがよくわかる仕上がりだ。
画家さんありがとう……美しく加工してくれてありがとう……っ!
久しぶりに会ったアラーナさんが微笑ましいものを見たって顔で笑いかけてきた。……ツラいですっ!
誤解しないで、アタシとアラステアさんは仲良しなんかじゃないから!!!……て叫びたい。ひぃ。
……あれ?
カサンドラさん……?
カサンドラさんは、泣いてた。まさか、感きわまった??
アタシと同じくらいのタイミングで気づいたっぽいアラーナさんも、さすがに驚いた顔をしてた。
「……アラステアの絵が飾られる日をこんなにも心待ちにしていたのに、不思議ね。
わたくしとキアランの絵がもうここにはない、と思うと突然寂しさが込み上げてきてしまって……」
キアランさんて、前の国王の名前だっけ。
「キアランの存在がどんどんと消えていくようで……ごめんなさいね、うららさん……。
わたくし、嬉しいのよ……?
本当に嬉しいのに……お祝いしたいのに……」
はらはらと美しく涙を流すカサンドラさんに、アタシは何も言えない。
どうしたらいいか、わからない。
「うららさん、大丈夫よ」
ポンと肩が叩かれた。デメトリアさんだ。
デメトリアさんが優しくカサンドラさんを抱きしめた。
「泣いてもいいじゃない、カサンドラ。キアランはわたくし達の愛した素晴らしい夫ですもの」
除幕式は堅苦しいものじゃないみたいで、あちらこちらでグラスやコップ片手に談笑しながら話し合う人の塊があっちこっちに出来はじめてた。
アラーナさんとレリオは寄り添って、カサンドラさんの涙を見守ってた。




