宙を舞うカピバラ
「エーリアルは寝ましたか?」
「うん」
俺は生まれたばかりのエーリアルをベッドにそっと置いた。
どちらかと言えば、娘のエーリアルは俺よりも妻のアラーナに似ているような気がする。
柔らかな肌。
甘い香り。
今は閉じられているつぶらな目。
抱き締めて、キスして、頬擦りすると胸の奥から熱いものがこみ上げてくるようだ。
かわいい。いとおしい。
「レリオさま、そろそろアラステア兄さまの執務室に顔を見せなければならないでしょう?」
「毎日登城しないといけないなんて、面倒だよ」
妻の頬にキスをして、俺はゴル村の屋敷から城へ向かう。早く用事を済ませて帰ろう。
××××××××
以前より、街が華やかになったと思う。
武器や道具を作るための素材も、最近では城下町で買えるようになった。俺が素材収集の旅に出る回数も減っている。
現在の王妃は滅多に表には姿を見せない、位の高い神秘的な女性……ってことになっている。
あれでも『異世界より召喚されし巫女』なんだから、確かにこれ以上高貴な女性はいないだろう。
城内を歩いていると、ところどころに花が飾られている。さっき城門に花束を持った女性がいた。
あんな風に、王妃に届けられる花は後を絶たないらしい。
遠くでシャラシャラと鈴の音が鳴り、数名の女官がバタバタと走り出した。それを見た俺は笑いながら、自分に与えられている部屋に入る。
急いで処理しないといけない仕事が無いことを確認したら、国王アラステア様の執務室に顔を出そう。
また廊下に出たとき、茶色い小さな塊がものすごい速さで俺のすぐ脇を飛んで行った。
××××××××
テーブルの上のティッシュを一枚取るくらいの感覚で意識を伸ばすと、見えないカーテンみたいなのに触ることができる。
それをちょっとくぐるだけだ。
アタシの霊格が上がった。
レリオとの絆が太くなった。
もう、移動するのに落っこちる事なんてない。
ホントはレリオのところとか、アラーナさんのとこに行きたいんだけど、『途中』から変な力にいつも流されて、いっっっつもここに出ちゃう。
ヘンタイめっ。
ここに無理やりアタシを連れてきた魔力がこの部屋を覆ってる。
芸術的ってくらい細かく綺麗に魔力が編まれてるのがよく分かる。
繊細な、って言えば聞こえはいい。
ちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちま編み込んだんだろう執着は、ここまできたらもう呪いだ。どうしても文句を言いたくなる。
部屋を満たす魔力に意識を向けると、つい変な顔になっちゃう。
ここまでされたら、気持ち悪い。
シャラシャラと鈴に似た綺麗な音が部屋の天井からしてきて、アタシはその音に耳を澄ませちゃう。
どうしてもこの気持ちいい音を聞いてしまう。
そのうち、床が光り出す。
虹色がゆらめいて、うっとり見てたら新しい音がした。
部屋の、壁の一部に岩が組み合わせて置いてある。その上の方から水が流れ出したんだ。
岩から岩に落ちる水がサラサラ、チョロチョロと音を立ててる。
ふらふらとアタシはそこに寄って、だんだんとくぼみに溜まってくる水を眺めてた。
シャラシャラ……。
サラサラ……。
チョロチョロ……。
キラキラ……。
虹色の光は強くなったり弱くなったりするし、揺れる水面に光が反射するしで、アタシは幸せな気持ちになる。用意してある椅子に腰掛けた。
バタバタと人の走る音がした。
ヤッバイ!
また引っかかった!!!
アタシのくせ毛が肩からはらりと落ちて動いた。
毛先を撫でて、髪の毛の長さを確認する。
うん、いつもと同じ長さだ。
指にアラステアさんに貰った指輪がはまってるのを確認したら、それに念じる。
次の瞬間、体が軽くなった。
アタシは羽を動かして、部屋に飛び込んできた人たちの手から逃げる。
「ああっ!また失敗したっ!」
「どうしていつも逃げられてしまうのかしら!?」
そんなメイドさんの声が後ろから聞こえたけど、そりゃ、あんだけバタバタされたら普通は気づくし、気がついたんならとりあえず逃げるっての。
廊下を飛んでたら、歩いてるレリオが意味深に笑ってた。
充電は問題ない。どうせならこのまま、アラーナさんのとこまで逃げちゃおっと。
エーリアルちゃん、すっごいかわいいんだから。
……なーんて上手くいくわけがなかった。
視界が暗転した。たぶん、この感じだと袋でも被せられたんだと思う。
「おい、毎回毎回面倒をかけるな」
ずいぶん不機嫌そうな声が聞こえて、ウィン……ボールドウィンに捕まっちゃったんだと気がついた。
はぁぁぁぁぁぁぁ……一回くらい逃げ切りたい……。
ここからまた、空間を渡って逃げるのは簡単だ。
でもアタシは素直にそのまま、ウィンに袋詰めにされたカピバラ体のまんま、運ばれてあげる。
次こそ!!!
逃げ切ってやるんだもん!!!
××××××××
袋の口が開いて、明るくなったなーって思うよりも早く、アタシはわし掴みにされてひょいって投げられた。
大きな両手がアタシをキャッチする。
「また、あの部屋から勝手に出て散歩に行ってしまったのかな?」
そう言いながら、アラステアさんの手はアタシを膝に乗せて、背中を優しく撫でてくれる。
羽の付け根をくすぐる事も忘れない。
……やなヤツ。
そこは……そこはそこを的確に撫でられてはっ!!
っっっっはぁぁぁぁぁぁぁ……そこはいいですなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……んんんっもちょい右……おっ、そこそこそこそこはぁぁぁぁぁぁぁ……。
でろーーーーんと伸びて、マッサージを受けるアタシは目を細めた。
腹が立つことに、この人のマッサージが一番上手いのだ。
「大人しく着替えて、私が行くまで王妃の間で待っていてほしいんだけどね?」
「きゅるっ」
『え……やだ』
「わがままを言ってはいけないよ?」
「きゅるきゅるっっ」
『いや、だから、それがヤだから、逃げたいんだけど。そのこといい加減わかってる?』
優しい声をしてるし、マッサージ上手だけど、めちゃくちゃこの人は厄介だ。
アタシとアラステアさんの結婚は、『結婚していないと王様になれない』っていう謎ルールをくぐり抜けるための、偽装結婚的なもののハズだ。
スルッとアタシの前足に触ると、アラステアさんは何かの呪文を唱えだした。
気持ち悪いことに、アラステアさんの魔力がアタシを通り抜ける。そしてアタシは人の形に戻ってしまった。
そう。
膝の上。
……………………………………。
そう。
アラステアさんの、お膝の、上だ。
だぁぁぁぁぁ!!
さいっあく!さいっあく!さいっあく!
床に下ろしてからやればいいのにっ!
ぜっっったい!わざとだ!!
お腹に回った手をべしっと叩いて、アタシはアラステアさんの膝から降りる。
事務員さん?秘書さん?何て言うの?
アラステアさんの仕事の部屋にいて、お仕事中の部下さんたちの後ろを走り抜けて、アタシはドアに背中を貼り付けた。
「今日は!もうっ帰る!!」
レリオには会えたし、アラステアさんの顔も見た。
アタシの用事は済んだ。もう帰りたい。
出直し!リベンジ!!
「それは困る」
大股で寄ってきたウィンにひょい、と担ぎ上げられた。
「なんでよ」
執務だとか、公務だとかいう、お妃様業とかっていうのはやらなくていいって約束のハズ。
だからアタシは、たまにこうしてこっちに来るだけでいいんじゃないの?
「たまには王妃らしい姿を見せてもらうぞ。
そのくらいの覚悟はあるだろう」
王妃サマって……国王の側近に俵担ぎされて運ばれるような存在じゃないと……思いまーす……。
・けいむさんに描いていただいたイラストが、美麗にバージョンアップしました。
・活動報告にて、閑話リクエストを受付ています。




