戦争が始まってしまった(1)
観葉植物が飾ってあって、陽当たりがそこそこよくて、風通しもよくて、お昼寝にぴったりな部屋の中でうふふ、おほほ、と広がる、軽やかなお嬢様方の声。
なんか、鳥が鳴いてるみたいだ。
それも、南国の、どぎつい色のやつ。
チ゛ュッチ゛ュッ!
ギャースギャース!
アッキャッキャッキャッ!
……やっば。おかしくなってきた。
アタシはくすくすって一人で笑った。
あのね。
カピバラの体って、便利だよ!
「……うらら様がこのように個性的なお姿になってしまわれるなんて」
「お話をしてみたかったですのに」
「羽を持つカピバラだなんて、本当にお可愛らしい……差し支えなければ、撫でさせて頂いてもよろしいかしら?」
ずいって伸びてきたお嬢様の手をアタシは避けた。
さっきまで乗っけられてたテーブルから、アラーナさんの膝の上に飛んで、袖の下に隠れる。
『やだよ。触られたくない』
「きゅいっ」
アタシが鳴いたとたん、きゃあぁぁ!!って言われた。
キイロイカンセイってやつだ。耳が痛い。
かわいいって言ってもらえるのはうれしいけど、アタシはこの姿で過ごすお城の一日目で懲りたの。
グッチャグッチャに撫で回され続けるのって、かなりキツイ。
……あのね。カピバラの体って、便利だよ。
ホントは、心配で仕方ない。
ここは王城で、ここに今いるアタシが知ってる人って、アラーナさんしかいない。
カピバラの体だと、不安なのとか、不安すぎて泣きたいのとか叫びたいのとか、ぜーんぶ、ごまかせるの。
はぁぁぁぁぁぁぁ……。
レリオのところに、行きたいよ。
《アラーナ様から離れるな》
……レリオが出発直前にした『命令』がアタシをここに縛り付けてる。
『わかってるって』
「きゅるるる」
戦争をするのは、国境付近の、だだっ広い辺りなんだって。
ここから、何日もかかる場所なんだって。
そりゃ、さあ?
あの、腹黒極悪最低凶悪変態変人王子アラステアさんがいて、超優秀な賢者、レリオがいて、ウィンにブレンダンまでいて、戦争……ていうかそもそも何かに負けるとは思わないよ?あの集団に勝てる存在なんてなかなか思い付かないよ?
でも、習性なんだよ。
アタシの。
あっちと、こっちを行ったり来たりするたびに、アタシは自分がなんなのか、本能的に理解してくものっぽい。
アタシって、『花散らし水面』に憑いてる何か、らしいよ。
持ち主はレリオ。
アタシを作ったのはレリオ。
アタシ、レリオの、こっちの世界のお父さんの側に居て、持ち主の事を守りたい。
それがこの世界でのアタシの在り方なんだよ。
アラーナさんの手が優しくアタシの背中を撫でてくれてる。優しくて繊細な魔力を感じる。
……アラーナさんに撫でてもらうと、アラーナさんの側にさえ居られるんなら、お留守番でもいいかな?って気がちょっぴりしてきちゃう。レリオを守れない不安が薄まる。
なんでだろう……?命令を聞くのには都合がいいけど。
「今回の戦争も、アラステア殿下がお出になられたのですからわたくしたちは安心ですわね」
お嬢様たちのお話はアタシから今回の戦争にうつったらしい。そうそう、撫でるのは諦めて。ここのメンバーなら、アタシを撫でるのはアラーナさんだけでいいよ。
「戦勝報告のパーティーが楽しみですわ」
「そういえば、アラーナ様は今回の戦争が終わりましたら、ご婚約の儀式をされるのでしたわね?」
婚約?
お?とアタシがお嬢様たちの会話に興味を持ったのと、アラーナさんがビクッとしたのはおんなじくらいだった。
「レリオ様でしたら、アラーナ様に相応しいですものね?おめでとうございます」
うわぁ!めでたい!!
レリオとアラーナさん、すっごいお似合いなんじゃない?
カピバラの体だから、お祝いを言えないのが残念っ!。
あとで、ちゃんと言わなきゃ。
アラステアさんが居てくれないと、アタシは人間の姿には戻れないのが、めんどくさい。
早く戦争、終われっ!
××××××××
「指輪はどちらに飾られているのですか?」
わたくしは目眩がしそうな思いでございます。
……確かに、長年わたくしが憧れておりました、レリオ様との婚約。
そのことには心が躍るような心持ちになるのでございますが。
わたくしは、まんまるい目でわたくしを見上げられている、カピバラ擬き(うらら様)を見つめました。
レリオ様と、うらら様の、とても仲のよろしくされている間に、わたくしなどが入ってもよろしいのでしょうか?
「婚約、といえば」
わたくしがため息を堪えている間に、話題は万華鏡のように移り変わります。
ご令嬢のお一方が頬に手を添えられて、お首をかしげられておりました。
「アラステア殿下の、ご婚約用の指輪が広間に無かったのです。……どなたかにお渡しになられたのですか?」
わたくしが口にいたしますのは、少々難しいお話でございます。
お兄さまは、美しい花の間を舞う、蝶のごときお方でした。
そうして、いつまでもご結婚から目を背けられておられていたのです。……少し、前までは。
それが、近頃のお兄さまは人が変わられましたかのように、真面目に婚姻のお支度を始められたのです。
夜のお出かけも、花のような女性達とのにぎやかな交遊も、ぱたりと静かになられました。
「そういえば……」
「アラーナ様はご存知でらっしゃいます?」
「ええ。立ち会わせていただきました」
この方々も、一度はお兄様と水辺でお戯れになったことがおありなのでしょうか。
わたくしの言葉に、皆さまがさっとお互いの顔色をお伺いになっていらっしゃいます。
「どなた、なのです?」
いつぞやの、わたくしがレリオ様と共に腕を振るわせたときの、ドラゴンのような猛々しい眼差しです。
「……なんのお話でしたかしら」
わたくしは、カピバラの姿になっておしまいになられたうらら様の、なめらかな毛並みを撫でました。
わたくしがアラステアお兄さまの指輪の行方を口にしてしまえば、外堀は完全に埋められ、婚姻のお断りをすることが今より更に難しくなってしまうではありませんか。
やがて話題はわたくしの婚約のお話に戻りました。
皆さまちょうど、そういったお話に憧れるお年頃なのでしょう。
「憧れますわ」
「指輪のお披露目は、ひと月以上、でしたかしら?」
「いやね、アラステア殿下が普通より長くていらしただけよ。王族の方々でも一週間あれば体裁が整うのではなくて?」
「では、レリオ様が凱旋されるころは丁度よろしいのですね……!」
うらら様もこのお話に耳を傾けてらっしゃるようです。
わたくしの胸のきしむ思いがいたします。
まさか、国のために行われるわたくしの結婚が、大好きなお友達のうらら様と、憧れのレリオ様、お二人の仲を裂いてしまうだなんて。
「立会人を立て、殿方から指輪をプレゼントされるのですよね?」
「女性が受け取り、自らの指にはめるのですよね?」
「そして三日、つけたままにすることで、婚約が成立するのですよね?」
「さらにそのあと神殿で祈りを捧げれば、婚姻が成立して、互いに誓いの印が刻まれるのですよねっ」
ご令嬢方がうっとりと、『憧れますわ』とご唱和されました。
うららさまが可愛らしく一声鳴かれたので、わたくしはうなずいて、お茶のカップを口に運びます。
お茶を口にしているときは、何も申し上げることはできませんもの。
××××××××
ひととおりお話も済み、賑やかなお茶会の席もやっと終わりが近づいてまいりましたころです。
「きゅるるるる……」
うららさまが、もがくような動きをなさいました。
背中の翼を伸ばされ、優雅に宙を舞い、ふわりと床に降りられます。
「……うらら様?」
円を描くように走り回るうらら様からは、まるで咳き込んででもいらっしゃるように『こっこっ』と低い音がしております。
ぱたり、とうらら様が走り回るのをおやめになられました。
壁の一点をじいっと見つめてらっしゃいます。
それから、わたくしのもとに駆け寄り、前足をわたくしの足にお当てになりました。
「きゅいっ」
とんっとわたくしの足が押され、勢いよく、カピバラのお姿をしたうらら様が壁に向かって走り出されました。
壁にぶつかってしまわれるかと思いました。
ですが、うらら様のお姿は、物陰に隠れたかのように、さっと消えておしまいになられてしまったのです。
動揺したわたくしが立ち上がりますと、つま先に何かが当たりました。
床に残されておりました物は、レリオ様がうらら様にお渡しになったという剣の、鞘でございました。
××××××××
まさか、こんなことがありえるなんて。
たぶん、誰も口にしないだけでみんながそう思っていることだろう。
今の状況を一言で表すなら、『苦境に立たされた』ってやつだ。
『この戦争に負けるかも知れない』でもいいし、『俺、このまま死ぬのかな』でもいい。
俺は敵しかいない方向に向かって、魔力の塊を撃ちだした。
……殿にいるアラステア様が無事だといいけど。
一番戦闘の激しい辺りから目を背け、俺は兵達を砦まで誘導する。
魔力に余裕があれば、砦の壁を強化しておいたほうが良さそうだ。
俺に出来る事は、今目の前にいる敵兵を蹴散らすこと、そして味方を一人でも砦に入れる事。
「レリオ!砦に入れっ!」
ブレンダンの声が聞こえて来た。
敵兵を切り捨てつつ、チラっとそっちを見る。
砦の前、空堀を通るための橋を、ブレンダンとボールドウィン様が先頭になって守っていた。
部下にさせるのではなく、二人が直接戦闘に参加しているのか。ヤバいのは俺や、アラステア様のところだけじゃなかったんだ、と思い知る。
隙を見て、俺も砦に向かおうとした。
もう、砦の外に、俺以外の生きたアテル王国兵は居ないらしかった。
アラステア様は、無事なのだろうか?
殿を守るから、先に行けと言ってくださった。あの人の事だから大丈夫だと思いたい。
どうやら、砦に戻れる、と思った俺はどうも油断していたらしい。
切られる。
横からいきなり腕を誰かに掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
ヤバい!と思ったのは一瞬だ。ビュン、と敵兵の戦斧が鼻先をかすめた。
「うららちゃん!?」
うららがその敵兵を蹴飛ばした。冗談みたいに吹っ飛んでいったのがここのポイントだ。
ふわふわの髪をなびかせ、うららが俺の手を取り、走る。
俺とうららちゃんは二人揃って、砦に飛び込んだ。
砦の門が閉じてすぐ、俺は外壁に強化の魔法をかける。これで最低でも明日までは安心だ。
その間に立て直せばいい。……んだけど。
うららは、場違いなくらい落ち着いた様子で、のんびりと辺りを見回してる。
王城からここまで、どうやってここに来たんだ?
なんで『命令』に背いてまでここに来たんだ?




