『お祭り』の真実
「この姿なら、レリオやボールドウィンの仕事の邪魔にはならないだろうね。早速行ってみるかい?まだ、会議室に二人ともいると思うよ」
はい、アタシのサイズ、アラステアさんの両手にすっぽり収まる大きさでした。
『黒猫が良かった……』
「きゅるるる……」
「別に黒猫じゃなくても、カピバラに羽が生えてるなんて斬新でいいじゃないか。私はかわいいと思うけどね」
アタシはアラステアさんの目の高さに持ち上げられた。
……ん?
『話、できるの!?』
「きゅいっ!」
アタシは期待を込めて、アオイの肩まで飛んだ。
『もう、アオイのせいでカピバラになっちゃったじゃん』
「きゅいっきゅいっ」
アオイが、ぐいぐいとほっぺを押し付けてくる。重いっ!
「かわいいいいいい……うららちゃんてわかってても、かわいいいいいい……しかも本物のカピバラよりも毛並みがふっかふか!」
……あれ?
そこに、しんちゃんが手を伸ばしてくる。
「マジでふわふわだ。……なんて言ってるのかわからないから、うららちゃんてことを忘れそうだな」
……あれ?
アオイとしんちゃんが交互にアタシの背中を撫でてくる。
全身マッサージを受けてる気分だ。
はぁ……きもちいいいい……おっ!?
そこそこっそこいいねっ!
……はっ!!
人としてこれはヤバい気がするっ!
全身高級エステ(行ったことないけど)のマッサージ並みの誘惑を振り切って、アタシはテーブルに下りる。
アラステアさんを見上げた。
『あの、アオイとしんちゃんに言葉が通じてない気がするんですけど』
「きゅるるるるるるる」
「うん、私が作った魔法の道具だから、私としか会話できないのは当たり前だろうね」
な ん て 不 便 !!
『じゃぁ、とりあえず、今!すぐ!!人間に戻りたいです』
「きゅいっきゅいっ」
「……いや、せっかくだから、試験としてこのまま三日間過ごしてみよう」
「お兄様、それはちょっとうらら様が不利ではございませんか?」
遮るみたいな、アラーナさんの言い方は、ずいぶん攻撃的に聞こえた。アラーナさんらしくない。……不利?
不便だけど、不利?不利ってなにか問題あった?
うーん…………ある、とってもある。
アオイとおしゃべりできない!
ちょっと焦ってるアタシを誰かが抱き上げた。ちらっと見たらアラーナさんだった。そのままアタシはアラーナさんの膝の上に。アラーナさんはアタシの背中を優しく撫でてくる。
はぁ、リラックスぅぅぅ。
「せめて、今日一日だけにしてさしあげてください。
そうでなければうらら様が指輪を外したくなったとき、お困りになるでしょう」
『今日一日でも長いって』
「きゅる」
「……いや……最低で、三日間だ」
なるほど。これはのぺーんとのびたくなる。犬とか猫とかが撫でられて、のぺーんとのびる気持ちがよくわかる。
アラステアさんの琥珀色の目が、笑ってた。
××××××××
溜めに溜め込んだ仕事を必死に片付けていたら、アラステア様が不思議な生き物を連れてきた。
「……モルモット、ですか?」
「いや、カピバラのつもりらしいよ」
アラステア様の脳天にしがみつくふわふわとした生き物。それは羽音を立てずにふわっと俺の机に降り立った。
俺を見上げてくる黒い、真ん丸の目が可愛らしい。
撫でてみたら、気持ち良さそうに目を細め、簡単に転がって腹を出してくる。
手触りがいい。そのまま撫でさせてもらう。
「……ふわふわですね」
しなやかな羽は、どうも猛禽の物に近そうだ。さっき音を立てなかった事から、フクロウの類が近いのかもしれない。
「きゅるる」
身体の大きさのわりに、鳴き声は随分小さい。
鳴き声は小鳥に似てるかもしれないな、と思いつつ、手を止めたところでそのカピバラ(?)はとってってて、とテーブルの上を走ってボールドウィン様の所に向かった。走り方がかわいい。
「きゅいっ」
「これは……アラステアのペットか?」
ボールドウィン様はおそるおそる、といった風にお座りをしているカピバラ(?)に手を伸ばす。
やはり気持ち良さそうに撫でられている。ずいぶん人懐っこい生き物だ。
「いや、違うよ」
アラステア様は満足そうに笑って、両手でそっと優しく、その生き物を捕まえた。
「きゅいっ」
カピバラ(?)が一声鳴く。
「ね?言っただろう、私にしかわからないと」
カピバラ(?)が暴れだした。アラステア様の手から落ちる。
アラステア様は慌てたように手を伸ばそうとして……やめた。
カピバラが羽を伸ばして、羽ばたかせ、ふわっとアラステア様の頭の上に着地したからだ。
「きゅいっ」
はっきり言って、ふわふわもこもこしていそうな小動物かわ頭に乗っかっているとか、アラステア様のキャラクターには合わない。
カピバラ(?)がドヤ顔してるように見える。
笑っていいのか、笑ってはいけないのかわからずに、俺は必死で目を逸らす事にした。
××××××××
あらかた仕事が片付いたら、戦の前の祈祷だ。
王族の方々と共に馬車で神殿に向かう。
アラステア様、ボールドウィン様、アラーナ様、そしてブレンダン。
うららの友達のアオイと、シンヤも一緒だ。
神殿から二人を異世界に戻すそうだ。
「うららちゃんが居ないようですが」
俺は辺りを見回す。最近、うららの気配は感じるのに、姿を見ていない。
まさか、うららだけが留守番か?
……うららなら、俺に絶対着いてくると思ったのに。
なんとなく面白くない気持ちでいると、アラステア様は頭に乗っかっていたカピバラ(?)を指差した。流石にこの愉快な光景には目が慣れた。
「うららさんなら、コレだよ」
「………………はい?」
ここ数日、ずっとアラステア様と一緒にいたカピバラ(?)が?
「いや、うららちゃんは人間だろう。これはカピバラモドキじゃないか」
ボールドウィン様も信じられないと言う意見だ。
「あの……アラステアお兄様の魔法で、うらら様はこのお姿になってしまわれまして……」
申し訳無さそうに、アラーナ様が言う。
「きゅいっ」
カピバラ(うらら?)は偉そうに、アラステア様の頭の上でくるりと回った。
バランスを取りにくいのか、羽を動かしながら。
もたもたと動く姿が愛らしい。
「……人の姿には、もう戻れないんですか?」
カピバラ(?)の姿はかわいらしいけど、俺は人の姿に見慣れているせいか、人の姿のうららでいてほしいと思う。
この姿だと、どうしても動物としか思えない。
「本当はいつでも戻れるんだけどね。
今、うららさんに協力してもらって、ちょっとした実験をしているんだよ」
「きゅいっ」
アラステア様に随分となついているように見える、カピバラ(うらら?)がその通り、と鳴いたように聞こえた。
××××××××
「本当はいつでも戻れるんだけどね。
今、うららさんに協力してもらって、ちょっとした実験をしているんだよ」
『嘘つけっ!戻す気無くしたくせにっ!このヘンタイっ!』
「きゅいっ」
アタシが話してるつもりの言葉と、鳴き声の長さが違うのにはもう慣れた。
肩乗りだとほっぺすりすりされる可能性には、アオイが気づかせてくれた。だから頭に乗ってやってる。
抱っことかもヤダ。
ずっと飛んでるのだって、どう考えても疲れそうな気がする。
アラステアさんに引っ付いてれば、言葉が通じて、便利。だから、頭に乗っかって、引っ付いてるんだけどさ。
『三日間て言ってたくせに、もうとっくに三日は過ぎたじゃん!
早く人間に戻してよっ。
髪の毛むしってハゲさせちゃうぞっ』
それでも、これだけ一緒にいたら、この脳天での居心地にちょっとは慣れる。
スッと手が下から伸びてきて、ガッとアタシを掴んだ。
『……ぅっ!』
そのままわしゃわしゃと毛並みを撫で回される。
そこっっっっっ!!
そこはっっっ!!!!
その羽の付け根はっっっっ!!!!
うっわおっほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんんん気持ちいいいいいいいっっっっ!
わっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃうっふふふふふふふふふふふふふふふふふ……ふぅ。
「うららさん、髪の毛はむしらないで欲しいな……?」
『……はい』
ズルい。この人はヒキョウだ。
くすぐり倒してオドすとか、人のやることじゃないよ!?鬼のショギョウかな!?
はぁ。ヒドイ目にあった。
一息つきたくて、アタシは馬車に乗り込んでたアラーナさんの膝の上に逃げた。
楽はできるんだけど馬車で護衛付き、王家待遇の旅ははっきり言って、楽しく無い。
自由度が少ない。
おしゃべりできる相手が、アラステアさんしかいないし。
はぁ。早く人間になりたぁい。
××××××××
神殿近く、灯台のある街までやって来た。
あの、柵を建てる為に、アタシとブレンダンがたくさんのモンスターと戦ったとこだ。
前の、お祭りの楽しい雰囲気が全然ない街は、ちょっと寂しい感じがする。
『どうせなら、またお祭りの時に来たかったな』
この体で砂浜を歩くのはちょっと面白い。
砂が足の水掻きに当たって、くすぐったい。
「お祭り……?ああ……もしかしてあれのことかな?
うららさんが見たのはきっと、死に直面した者達が不安を誤魔化す為によくやる大騒ぎの事だろう。
それなら、もうすぐ戦争が始まるからまた見られるんじゃないかな」
アラステアさんの静かな声に、ぞくっとした。
『売店とか、手品とか、音楽とか、いっぱいあったよ……?』
あれがお祭りじゃない?
飾りつけまでされてた。ちょうちんみたいな明かりもあった。
みんな、お酒を飲んだりして、楽しそうに笑ってた。
「国王が居ない今のアテル王国では、祭りを行う余裕はなかなか作ってあげられない。
もし、うららさんが祭りを見たというのなら、それはたまたま祭りに見えただけだろうね」
レリオが中心になって建てた柵は、この海岸からじゃぜんぜん見えない。
「柵を建てる為には人手がいる。モンスターが沢山沸くとわかっているから、傭兵や冒険者の様な者達が一攫千金を狙って集まる。彼ら相手に商人が集まる。
……傭兵は、冒険者は、死の恐怖を忘れ、己を奮い立たせる為に酒を飲んで大騒ぎする」
『だって、レリオは、アタシに、祭りで人が集まる時期を狙って柵を建てる事にしたって』
「この街では定期的に灯台の修理をしていたから、それに合わせて非公式に祭りのようなものが行われていたかもしれないね」
あのとき、けが人がいっぱいいたことを、アタシは知ってる。
死んだ人も、いたのかもしれない。
あの中に行けと言われたって、普段の高校生やってるアタシなら絶対行けない。
この世界で、『命令』があるアタシだから、モンスターがうじゃうじゃいる中に行けた。けど、向こうの世界でだったら。
きっと、怖い。
あのお祭りに、そんな意味があったなんて。
なんか……なんか、楽しかったって、素直に思えなくなった。
それに、すぐに戦争があるって。
戦争はイヤだ。モンスターよりも怖い。
『戦争って、なんでやるんですか?やらないようにできないんですか?』
目の前にいるこの人なら、戦争をやらないようにできるハズ、だよね?
アタシはアラステアさんを見上げた。
「この戦争はどう足掻いても、回避できない」
そんな。
泣きたい。今。すごく泣きたい。
これから、たくさんの人同士が傷つけあうことになる。
それが怖い。
レリオがそこに行く事になる。すごく怖い。この国の人間と、どこかの国の人間同士が殺し合いをすることになる。すごく、イヤなことだ。
カピバラになっててよかった。
人前で泣くのは絶対イヤだけど、カピバラだもん。泣かないで済む。
「この戦争は回避できない。でもね、うららさん。
これからは、『吹きだまり』や『戦争』のように、人が沢山傷つく様な、うららさんが怖がるようなことは、どんどん少なくしていくと誓おう」
ひょい、と持ち上げられた。
カピバラになったアタシを抱っこして、優しく背中を撫でるその人は、そのときすごくキリッとした顔をしてた。




