次の村に着く
夜中、鳴子の結界が鳴って、俺は何回か起きた。けど結界を越えられる程のモンスターの襲撃は無く、平和な朝がやって来た。
今日も晴れ。陽気は暖かい。
小川で顔を洗い、朝食を済ませて出発する。
「レリオはどこに向かって旅をしているの?」
相変わらず、うららちゃんは歩くのが遅い。
よく見れば足をかばっているような気がした。
「家に帰る途中だよ」
仕事で遠出をした帰り道、用も無いあの森に俺が寄ったのは偶然だった。
「お家って、どこなの?」
うららちゃんが他国のスパイの可能性は、ある。
このまま俺の家に連れていっても大丈夫かなぁ……。
「クロウェルドの郊外」
「クロウェルド?て大きな街なの?」
クロウェルドを知らない?
あんなに大きな街、王都クロウェルドを?
芝居にしては嘘が下手すぎる。
「大きな街だよ。王様や王族の方々がいらっしゃる所だからね」
「王様なんてのもいるの!?」
「そりゃ……国に王様がいなかったら、誰が国を治めるの?」
俺は馬鹿にしていると思われないよう、気を付けて微笑む。実際には今、玉座は空いた状態だ。執務は王位継承権1位の方が代行されてる。でも、今その話をしてもしょうがない。
「大統領とか、総理大臣?」
「ダイトウリョウとかソウリダイジンって何?」
また、俺の知らない言葉が出てきた。
「政治とかよくわかんない。けど……うー、選挙で選ばれた政治家、かなぁ?」
センキョ?セイジカ?
ちょっと、ゆっくり聞いていったほうが良さそうだ。俺の頭に『異世界より召喚されし巫女』という言葉が思い浮かぶ。
やっと到着した村は一昨日いた村より、かなり大きい。
「うわぁ……」
村を見回したうららちゃんが、目を輝かせた。どうも、うららちゃんには見慣れない景色らしい。
「うららちゃん、とりあえず宿を探そうか」
俺は目の前にあった、門に近い場所に建っていた安宿を完全に無視する。
「あれ?レリオ…宿って……?」
「うん、これだけ大きな村なら、もう少し、ちゃんとした宿に泊まりたいでしょ?」
村の中を少し歩いただけで、かなり高そうな、でもきちんとしていそうな宿を見つけられた。
「うん、ここにしよう」
「え、でもスゴく高そうだよ?アタシほとんどお金持ってないんだし……」
「いいからいいから」
うららちゃんの手を引いて、中に入る。
カウンターで部屋に空きがあるかを聞いた。
「部屋2つ、空いてるかな?」
「えー?」
……何が気に入らないんだうららちゃん。
「部屋分かれちゃうの?アタシ、わからない事だらけだから不安かも……」
「でしたらツインかダブルのお部屋など……」
フロント、余計な事を言わなくていい。
……うららちゃん。
男と同じ部屋に君は自ら泊まろうと言うのか!?
「隣同士でシングルの部屋を2つ、お 願 い し ま す」
そうだよ変に言葉に力を込めたよ。
隣を見ればうららちゃんは不満そうに上目遣いでこっちを見ている。けど、俺は気にしない事にする。
俺だって一応男なんです。
指定された部屋に入る。
うららちゃんは部屋を一通りチェックしていた。
……この部屋に、毒物も隠し武器も、盗聴や盗撮の心配は無さそうだけど。ある程度チェックしたら、やっとベッドに腰掛ける。
俺はそんなうららちゃんに見せるように、作り付けのクロゼットを開いた。中には着替えが入っている。
「高い宿に泊まったほうがいろいろと安心だからね」
俺は備え付けの着替えをうららちゃんに見せる。
「脱いだ服は、そこのカゴにいれておくと朝までに洗って返してもらえる決まりなんだ。
その間は宿が服を貸してくれる」
言いながら、俺は自分の身体から荷物をどんどん外していく。
そしてそれらは身の丈程ある、大きくて頑丈な金庫に入れた。
この大きさの金庫なら、安心してどんな武器でも入れられる。
「高い宿はセキュリティがしっかりしてる。安心して荷物を置いたまま外出できるよ」
「そんなものなんだぁ……」
「じゃあ、うららちゃんは隣の部屋だからね。お風呂と着替えが終わったら、こっちの部屋にまた来てよ。買い物に行こう」
「はーい」
うららちゃんは良い返事を残して部屋を出ていった。
××××××××
レリオの部屋を見た限り、ここの宿はアタシが知ってる世界のホテルや、旅館とあんまり変わらない感じだった。
部屋でまず、シャワーを浴びて、着替える。
……正直、足がスゴく痛い。
もう今日は歩きたくないなぁ……とか思いつつ、レリオの部屋のドアをノックした。
「レリオ、入るね」
「さっぱりした?」
レリオは爽やかに微笑んでくれる。あ、なんかナゴむ。
「うん。で、買い物って?」
「うららちゃんの服とか、靴とか、武器とか。きちんとしたものが必要なんじゃない?」
確かに、あの村で貰った靴は少し小さいし、服はぶかぶかだし、マントはダサい。臭くないだけマシ。
でもこんなに甘えていいの、かな……?
「行こ!」
迷ってても、ぐいっと腕を掴まれたら、ついて行くしかない。
賑わう商店街。
うん。商店街って感じ。
アタシ達はそのうちの一軒に入った。
そこは服屋……ていうかセレクトショップで、アタシが見慣れない異世界っぽい服をいろいろと見たら、そのうちにいつの間にか、アタシの服一式はレリオに勝手に買われちゃってた。
一応試着だけはしたけど。
なんでも、旅用の服にはなんかいろいろ魔法がかかっていたりするから俺が決めないと!とか言ってた。
この世界、モンスターがいれば、魔法もあるんだ。
ファンタジーの世界なんだなぁ……。
アタシとしてはかわいい服屋さんだったから、もう少し見ていたかったのに。
次は靴屋。さっきの服屋さんにもかわいいのはあったのに。
「今の靴、脱いで」
「レリオ、靴は…えっと……」
今も、足がスゴく痛い。
それに、ブーツだし。今脱いだら蒸れた匂いもしそうじゃない?
ひぃぃぃぃっ!ムリっ!
不思議そうな顔をしたレリオに、無理矢理靴を脱がされた。
「いっ……!」
痛い。
そりゃ、靴下からでもわかるよね。
アタシの足を見ちゃったレリオの顔色はサッと変わった。
だって血豆が……爪もちょっと……。
「可哀想に。痛かったなら言えよ」
レリオの声が低くなった。アタシはちょっとだけ下を見て、自分の唇を噛んだ。
見られたくなかった。
だってこの足。歩けなさそうに見えるよね?これを見られたら、もう連れていかないって言われそうじゃない?
手早くもう片方の靴と、靴下も脱がされる。
レリオはため息をついて、ポケットからハンカチを出して、アタシの両足に優しく巻いた。
腰のポーチから小さな瓶を出す。
中には銀色の液体がちょっぴり入ってる。
それをそっとアタシの足に垂らす。
「痛かっただろ……」
椅子に座るアタシの足はそっとレリオの手に包まれた。
足があったかい。痛みが引いていく。
「次はちゃんと言ってよ」
ひざまずくレリオの、金色に近い茶色の目がアタシを睨んでた。
「……はい」
そんなに怒らなくてもいいじゃん。
でも、もう足は痛くなかった。
ハンカチを取られたら、あんなに酷かった足は綺麗なもの。
これが魔法ってヤツなんだろうか。
レリオは不機嫌そうなまんまで何足かの靴を持ってきた。
「レリオ……?」
「ん?」
あああやっぱり怒ってる!
「その……ごめんなさい。次に痛い所とかあったらちゃんと言う……ね?」
すい、と目が逸らされた。頑張って、謝ったのに。
「ああ……それならそれで、もういいから……」
怒ってる怒ってるこれ絶対怒ってる!!!
このままじゃこの村に置いていく!とか言われかねない。
始めて会った村でだって、アタシの事を置いて行きたがってたし。
よくわからないけど、アタシはこの人に着いていかないといけない気がする。本能がそう言ってる気がする。
「レリオ……だから……」
無意識にレリオの服を掴む。
驚いたようにレリオがアタシを見た。
「もう、怒らないで?」
「え?……え?俺、怒ってないよ?」
なんだ。ほっとしたらアタシの頬は自然とゆるんだ。
「良かった!」
だってケンカしたみたいな空気で旅とか辛すぎる。
安心して靴を選ぶことに決めた。
でも、アタシはこの世界での相場ってやつがわからない。
あんまり高いヤツじゃないといいんだけどな……。
靴の支払いを済ませるころには、レリオの機嫌は治ってた。
「レリオ、ありがとう。あと、たくさんお金使わせてゴメンね?村で貰ったお金よりも払わせてるよね……?」
「大丈夫、大丈夫。うららは心配しなくていいよ、俺に任せて」
ニコニコと笑ってる……ん?
今、呼 び 捨 て にしなかった?
『うららちゃん』でしょ?
何でアタシが呼び捨てにされなきゃいけないのっ!?
文句を言おうとして、大きく息を吸い込みかけた。
でも、さっき怒らせたばっかだったんだった。……なんか、いろいろと買わせてるし。今回は見逃してあげよう。でも、今回だけねっ!
そろそろ宿に戻るのかと思ったのに、レリオはまだお店を探してる。
「ここにしよう」
そこはたぶん、武器屋。
「うららも短剣くらいは持ってないとね」
こら。
やっぱり呼び捨てにするなっ!アタシはまた文句言いたくなったのを堪える。
ガマンガマン今日だけガマンだアタシ!!!
店内で渡されたのは、白い鞘に入った剣。
「軽い……」
剣て、鉄とかだよね?さすがにプラスチックはあり得ないよね?だから、重いものなんじゃないの?
何キロって重さがあるとは思えない。
「それでいい?」
アタシは頷いた。スゴくかわいい。キレイ。好き。この、剣。
鞘にはレースみたいに綺麗な模様が入ってる。
剣を抜くと、武器とは思えない、青みがかった銀色が、アタシの顔を映してた。
なんて綺麗なんだろう。うっとりするくらい綺麗な剣だ。
他に剣をつけるためのベルトとか、いろいろ見繕ってくれる。
「これで、うららも少しは戦えるね」
「え?アタシ戦うなんてできないよ?」
怖いもん。
「でもそれじゃ俺ひとりでうららを護りきれるかどうか……」
だから『うららちゃん』でしょ!?あぁはやく訂正させたい!
……違う。
違ってないんだけど、違う。
レリオはそんなに強そうに見えない。
この二日間は無事だったけど、この先もそうとは限らないから、アタシも戦わなくちゃいけないんだ。だから、必要なら、やらなきゃいけない。だから、
「うん。がんばるねっ!」
××××××××
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
うららと別れて、俺は宿屋の部屋の、ドアのカギを閉める。
今日買ってきた荷物はいったん全部、俺が預かった。
それをとりあえず、台に置く。
「はぁぁぁ……」
全身の力が抜けていく。
心底、部屋を分けておいて良かったと思う。
「かわいいなぁ……」
とか、思ってないぞ!
つい抱き締めたくなったりとかしてない!
どさくさに紛れて『うららちゃん』ではなく、『うらら』と呼んでみた。その度驚いたように息を吸うから俺に可能性がない訳じゃない、と思う。
……何故か俺と一緒に旅をしたがるし。
ふわふわした髪の毛。
黒目がちな瞳。
ぷっくりした唇。
何かあると俺に甘えるみたいに服をつかんで来る小さな手。
だけど、うららは得体が知れなさすぎる。
他国のスパイだったら、よほど気をつけないといけない。
いつ何をされたものかわからない。
いや……スパイだったら取り込めばいいんだ。こちらの側に。
俺の味方に。
うららは、『異世界より召喚されし巫女』かもしれない。どっちの可能性も捨てきれない。
「はぁぁぁ……」
さっきとは違った色のため息だ。
俺は洗濯から上がってきた服の中から、自分のマントを引っ張り出して床に広げる。
その上に今日買ってきた品物を並べた。この村で買える限り最良の物ばかりだ。
かなりの出費だったけど仕方ない。
あんな村人その1みたいな装備じゃ、俺との旅は続けられない。
呪文を唱える。
俺のマントに描かれた記号が光りだす。
暑さ、寒さに悩まされないように
虫やモンスターに悩まされないように
病や怪我に悩まされないように
これから先、うららに不幸が降りかからないように。
魔法用に準備しておいた専用の粉と、専用の水をふりかけ、呪文を続ける。
そのうち、光の色が薄い青から紫、赤に変わっていき、光が薄くなっていく。
それぞれにうっすらと、俺のマントに描かれた模様と同じものが描かれているのを確かめた。
あの足。
痛そうだった。
気づいていたのに放っておいた事を悔やむ。
ただの魔法使いじゃない、この俺、自らが呪文をかけてやったんだ。これらの価値も機能も買ったときの倍以上になっているだろう。
うららだって自分で戦えないと、この世界じゃ生きていけない。
俺は店で買ったと見せかけて、プレゼントした剣を抜いた。
今、この国で最も高価な剣だ。
魔法鉱石のなかでもより希少なものと、ドラゴンの鱗、不死鳥の羽根に魔法水晶。
なんで俺がこれをこんなに簡単にうららにあげる気になったのか、俺にもよく分からない。
「調べないとなー……」