賢者レリオ・コルベリの不調
カーテンを閉ざした部屋。
空気が悪い。換気……しないとな……。
動こうとして、身体の重さに負けた俺は、うららが使っていたベッドにまた、潜り込んだ。
うららが帰ってしまった。いなくなってしまった。
俺は何回もうららを呼び出そうとして、失敗している。
「鞘の名前は『花散らし』、剣の名前は『水面』、本当の名前は『浦浪麗』……」
いろいろと試したのに、全然うまくいかない。
うららが置いていった『ハナチラシミナモ』は、なぜか色がくすんでいた。
まるで、うららがいないことを俺に思い知らせるみたいに。
世の中が灰色に見える……。
「レリオ、いるかー?」
ブレンダンがうららの部屋にずかずかと入ってきた。
俺を見て、顔をしかめる。
……そうだろうな。
俺が散らかした部屋。
もしも今、うららがここに来たら怒っただろう。
「……キモッ」
ブレンダンの声が聞こえた。
うららが着ていた服、使っていた小物類は床に散らばっている。
ああそうだよ……俺は女々しいよ。
「ブレンダン、うららがいなくなったってのに、お前はよく平気だな?」
俺は布団の中から、視線だけを親友に向けた。
ブレンダンだって、前はうららに関心があった風だったじゃないか。
なんでお前はうららがいない、今のこの状況を何とも思わないんだ?
「俺は触れられない女に興味は無い」
「……そうかよ」
うららは、触れられない存在じゃない……心の中で反論しながら、うららの姿を思い浮かべる。
小柄な身体。
華奢というほどじゃなかった。少しふっくらしていて、でも手足はけっこう細いんだ。
いろいろなものを興味深そうに見る、くるんとした瞳。
ぷっくりとした、唇。
ふわふわした髪の毛。
「……うらら」
ビィィィィィン!!!
空気が変わった。
驚いた俺は、ちらりとブレンダンを見たけど、ヤツは何も気づいていないらしい。
殺気とはどうも、何かが違う。
なんだろう、この懐かしい、それなのに張りつめたような空気は。
部屋を見回す。
『ハナチラシミナモ』がうっすらと光っていた。
コーラルピンクに、白いレースのような蔦の装飾の鞘。
青空を映した水面のような剣。
浦浪麗。
うららの本当の名前は人に教えないで、と言われていたから、俺は唇の動きだけで、うららの本当の名前を呼んだ。
やはり、それ以上の変化は無かった。
やっぱり声に出さないとダメなのか?
「ちゃんと教えてくれないとわからないよ、うららちゃん……」
眩しい光が鞘から溢れ出した。
一本の糸が腕に絡まる。
それがなんだかわからなくて、俺は顔の前にその糸を持ち上げて、引っ張ってみた。
「うぉ!?」
ブレンダンの慌てたような声が聞こえた。
眩しい光が溢れたのも、糸が見えていたのも本当にわずかな時間だけだった。
相変わらず、うららの部屋は静かだ。
ブレンダンもいつの間にかいない。
パシン!
と、俺の後頭部が何者かの手で強く叩かれた。
俺はその勢いで、ベッドに顔を埋めることになった。
「うわ、きたなっ!」
!!!?
うららの声がした。
あわてて俺は立ち上がる。
うらららしい背中が、空中に消えたのを見たような気がする。
バタバタと、ブレンダンが廊下から走って部屋に入ってきた。
「おい、レリオ!俺、うららちゃんに会ったぞ!お前を連れて迎えに来いって言われた!」




