暗殺者 (1)
うららの泣き声が食堂に響く。
「帰りたいの……かえりたい……」
アラステア様が神妙な面持ちでうららの頭から冠を外す。
カラン、とテーブルに落ちた冠から硬い音がした。
俺は、うららの肩をそっと抱いた。
……本当なら正面からぎゅっとしてあげたいです。俺の胸でしっかりなぐさめてあげたい!
うららは顔を涙で濡らしたまま、しばらくテーブルに置かれたままの冠を眺めてた。
それからいきなり、はっとした顔をして、ぐいっと涙をぬぐった。
「今の、忘れて」
けっこう強い言い方だった。
あんまり突然だったから、その場にいた全員が少し驚いてたくらいだ。
「ぴーぴー泣いてる暇があったら何かしなくちゃ」
それから笑う。笑いながら、俺が回してた手を外したところが残念でならない。
「レリオのこういうところ、女の子慣れしてそうだし遊んでるっぽい」
まだ涙で潤んだままの顔で睨まれた。俺はつい、うろたえてしまう。
「ど……どういう事でしょうか!?」
いやそりゃ、けっこうそういう時期もあったかもしれないけど!?
むしろあったけど!?
今は違うと全力で否定させてくれ!
「……レリオって、一番長く付き合ったのが一週間とかありそう」
俺から椅子を離さない!
「あー……」
おい待てブレンダン、その『あー……』はどんな『あー……』だ?納得の『あー……』に聞こえるのはなんでかな?
「レリオさま……そうなのですか?」
「待ってくれ、なんでそんな話になってるんだ!?」
アラステアさんはちょっと俺から目をそらさないでくださいよ!?
肩が揺れてますよね?
それって笑ってますよね!?
「レリオの……手慣れた感じをうららさんは警戒しているんじゃないのかな?」
笑いを堪えながら言うアラステア様。
うなずくうらら。泣きたい俺。
確かに俺はちょっとモテるかもいや、『モテていた時期があったかも』しれないけど基本的に一途な……筈だ。たぶん。いやきっと。
流石に俺でも同時に女の子複数と付き合った事は無い。
……なんて今言ったら逆に引かれる気がする。
「うららさん、レリオのところでの滞在が不安でしたら、私の屋敷でもてなしますよ」
アラステア様が甘い微笑みを……おいちょっと待て!?
「アラステア兄さん、それは逆にどうかと……」
「さようでございます。うららさま、アラステアにいさまの所はおすすめいたしかねます」
焦って文句を言おうとしたら、ブレンダンとアラーナ様がアラステア様を止めてくれた。
うららも見定めるみたいな疑いの目でアラステア様を見始めた……よし。安心だ。
「酷いなぁ。何もしないから、ね?」
アラステア様がやっているのは、女の子なら誰でもうっとりするような微笑みってやつだ。
「えっと……レリオは遊んでそうだけど……でも意外に安心できるから、このままがいいかなって」
『意外に』ってなんだ、俺の事どんな目で見てたんだ。
「そうか。……でも期待しているよ」
うららの小さな耳が少し赤くなったのを俺は見逃さない。
さっき二人きりになんてさせるんじゃなかった!
アラステア様はとても有能なお方なんだけど、稀代の女たらしとしても有名だったりする。
つい数分前までうららの事を怪しんでいたくせに、アラステア様の中の基準でうららが安全とわかった途端、手を出そうとするなんて。油断大敵だ。うららがなびきませんようにっ!
……それはともかく、さっきうららが暴れたときにへし折ったブレンダンの剣を直さないとな。
俺はブレンダンの剣を持って席を立った。
どうせ直すなら作業場の魔法陣を使った方が早く終わる。
うららもあわてたみたいに立ち上がった。
「あ、レリオ……」
「……?うららちゃん。どうかした?」
うららはちょっと困ったみたいな顔をして、手をわきわきしてる。
「えっと。何か手伝いたいなーって」
上目使いがなんと、まぁ……。
俺の判断力を鈍らせるといいますか。
魔法にはいろいろと、そりゃもういろいろと秘密があるんだけど。
「いいよ。ついてきて」
俺は剣を持ってない方の手を差し出した。
ついさっき、肩に回した手を払われたばかりだってのを思い出したのは、うららが当たり前のように手を繋いでくれてからだ。
××××××××
扉を出て、庭を通り、作業小屋に向かう。
うららに手を引っ張られる。
俺はどうしたのかと思って、うららの顔をのぞきこもうとした。
異変に気がついた。
俺は剣を抜き、構える。
窓の割れる音、ひゅるひゅると空気を切って、うららの剣が回転しながら飛んでくる。
アラステア様たちは……あっちにはブレンダンがいる、何とかするだろう。
ひゅ……っ!
と何かが飛んできたのを避ける。
飛んできた方向は……屋敷の屋根の上か。
ひゅ……っ!
今度は後ろから2本。
地面に鋭く細い、棒状の金属が刺さっていた。
ひゅっ!ひゅっ!
きぃ……ん!
うららが剣で金属を払ったのがわかる。俺は地面を蹴って屋根の上の敵を目指す。
うららは俺の真後ろにいるらしい敵の方へ駆けていった。
きん、きん、きん!と剣呑な音が立て続けに聞こえる。
そして、
どだだだだだだだだだっ!!!!
ものすごい音だった。
豪雨のように金属の太い針が降ってくる。
土煙。
静寂。
しばらくしてから、足音。
「レリオは大丈夫か!?」
屋敷から出てきたんだろう。ブレンダンの声に答える。
「ああ、なんとか」
レリオ『は』?
庭じゅうを敷き詰めるように刺さった、鋭利な棒状の金属。
それは、傘でもあったみたいに俺を綺麗に丸く避けていた。
首を回せば、小柄な身体を抱き抱えるブレンダンが見えた。
「うららさま……!?」
アラーナ様の悲鳴。
(……血が)
きゅるん、とした大きな瞳。
俺と目が合った。
(あんなに)
ぷるんとしたかわいらしい唇。
かすかに動いた。
「うららさん!!!」
アラステア様がうららの身体に刺さった物を取り除こうとしていた。
(うららが死んでしまう)
鈍い銀色だらけになった庭。
さっきまで繋いでいた手が地面に投げ出されていた。
ふわふわした髪が、風でわずかに揺れていた。




