魔法の冠 (1)
目が覚めた。
部屋の中はほとんどまっくらだ。ぼうっと黒い影みたいな家具が見える。寝ぼけたまんま、アタシは片手を天井に向かって伸ばした。五本の指がある。
よろい戸のすき間から、弱い光が差し込んできてる。
起きようかな……。まだ、寝てていい時間かな……?
よろい戸を開くついでに庭を見下ろす。今朝も、レリオの朝は早いらしい。軽装で、鍛練してる。
視線を移せば、草原の向こうのほうがうっすら明るくなってきてた。
パジャマから動きやすい格好に着替えて、アタシも庭に降りていく。
「おはよ」
いつも通りレリオに声をかける。
レリオは少し長い前髪を、銀色に甘く光る剣を持ってないほうの手で払いのけた。
そんなに前髪がうっとおしいなら、切ればいいのに。
「うららちゃん、おはよう」
ついさっきまでの真剣な顔とは別人の優しい笑顔。
昨日、アタシはモンスター……ドラゴン……ていうかおっきなトカゲにびびって、最初のうち動けなかった。
これじゃレリオの役に立てそうにない。
特訓がんばる!
遠くからニワトリのときをつくる声がする。
アタシは教えてもらった型通りに、木でできた練習用の剣をふる。
そして馬車の音……ん?馬車の音?
こんな早朝に?
屋敷の前に黒い馬車が停まった。
中からブレンダンが降りてくる。
続いてアラーナさんと、知らない男の人。三人はこっちに歩いてくる。こんな時間にそれだけ身だしなみ整えてここに来るだなんて、この人たちはどれだけ早起きなんだ。尊敬する。
「レリオさま、うららさま。おはようございます」
レリオがその人達に向かってひざまずいて、頭を下げる。
「おはようございます」
アタシも頭を下げたほうがいい?
どうしたらいいのかわかんない。
「レリオ、うららさんが困っているよ。立ってくれないかな?」
良い声……!
そしてものすごいイケメン……!
黒い髪、琥珀色の瞳、整った顔立ちはアラーナさんに少し似てる?
「はじめまして、うららさん。私はこの国の皇太子、そして大賢者のアラステアです」
俳優さんみたいな笑顔で片手を出してくる。
これって握手していいんだよね?ね?
差し出された手は、男の人らしく少し固くて大きかった。
アタシの手が握られた瞬間、何かを強く感じる。思わずビクッとしちゃった。
(なに!?これ??)
手を、引っ込めたい。
なのにニコニコ笑ったアラステアさんは手を離してくれない。
宝石みたいな目から逃げたい。
「……ふぅん」
やっと手を離してくれた。アタシにはものすごく長く感じた『ご挨拶』は、旗から見ると普通だったっぽい。誰も変な顔してなかった。
……嫌な感じ。
ふわり、と良い匂いがした。レリオがアタシのすぐそばに立ってくれたのがわかる。
「今朝は、どういったご用件でしょうか?」
「まことに申し訳ございません、レリオさま。
昨日の事があまりにも不思議でしたので、こっそりアラステアにいさまにお伺いをたててみたのです」
アラーナさんはなんだか申し訳なさそうにしてる。
今日もアタシのやりたい事はできないんだろうなって気がしてきた。つまんないの。
「うららさん、いろいろと話をさせて貰えるかな?」
やだ。
「……村の人から今日受けとる約束のものがいくつかあるんです。
えっと……一時間くらいかかるんだけど」
アタシがそう言ったら、ブレンダン、アラーナさん、アラステアさんが顔を見合わせた。
「構わないよ。私もついていかせてもらってもいいかな?」
いいかな?っていいながらも答えは聞いてないよ、みたいな質問されてもね。
「その間、レリオには留守番をしていてもらおうか」
「え!?」
なんでレリオが一番驚いてるの?村のなかならひとりでいいじゃん。
「あ、レリオ。一応聞くけど聖水って勝手に人にあげても平気?」
出掛けるんなら着替えなきゃ。……いくらなんでも早すぎるかもしれない。
××××××××
お茶をお出しして、汗を流して、着替えたらけっこういい時間。
レリオたちを残してアラステアさんとお隣(とか言いつつけっこう遠いからかなり歩く)のおばあちゃんのお宅に向かう。
予想外だったのは、アラステアさんがアタシの少し後ろを歩いてくるだけだったこと。お陰でいないものとして歩かせてもらった。
「おばあちゃーん、いるー?」
「あらうららちゃん!おはよう」
レリオのお屋敷よりは質素で、レリオの小屋よりはきれいなそのお家は、おとぎ話に出てきそうなかわいいところ。
中をのぞいたら、笑顔のかわいいおばあちゃんがいた。
おばあちゃんに野菜とかいろいろなのを貰って、お礼にレリオご自慢の聖水を渡した。
ついでだしおばあちゃんの肩とか腰とか少しマッサージして、世間話を少しして……。
「じゃ、そろそろ帰るね」
おばあちゃんとお話したのは、道ばたに咲いてた花がどうだとか、おばあちゃんが若いときに王都で流行っているのはどんなだったとか、そんな普通の世間話だ。
荷物が重いだろうって、帰りはアラステアさんがカゴを持ってくれた。
イケメンって行動もイケメンなんだね!
おばあちゃんの家とレリオのお屋敷の間。
ピンクの花が咲く、大きな木の下を通りかかったときに、あの命令が頭の中にすっと浮かんできた。
《レリオを守れ》
何かが起きてる。何が起きてるんだろ?
でもさ。
アタシなんかよりレリオのほうが強いんだもん。
どうやって守れ、と?
「うららさん、どうかした?」
アラステアさん、無駄に良い声してるなってぼんやり思う。
守れって命令が出てるけど、本能的にアタシは立ち止まる。
「帰らないの?」
アタシは迷う。
今って、早く帰るべき?
それよりも……。
「レリオって何か悪い事したんですか?」
指輪とペンダントから感じているのはレリオのにお……違う、魔力。
魔力!匂い匂いってアタシは変態じゃないっ。
この感じ、レリオがアラーナさんと戦ってる魔力じゃないの?
「なんで、そう思うのかな?」
余裕たっぷりの言い方がなんか気に入らない。
「アラステアさんはレリオを捕まえに来たんですか?」
アラステアさんの琥珀色の瞳がきらめく目が細められた。
ちょっと、それを怖いと思った。
「今、レリオとアラーナさんが戦ってますよね」
《レリオを守れ》
ムリムリ!アタシにはムリだって。
昨日のトカゲコウモリとの戦いっぷり見てたらわかるもん。
アタシなんかよりきっと、ひとりでいるレリオのほうが強い。
「レリオを襲った場合、うららさんがどういう反応をするか試験させてもらっている」
レリオが信頼してる人だからと思ってたけど、油断したかもしれない。
ちょっとだけ、アタシはアラステアさんから距離をとる。
アタシはひりきでか弱い女の子だからっ!
アラステアさんは武道派には見えない。けど男と女の筋力の差って絶対不利な筈だ。
「大丈夫。うららさんが姿を見せたら、やめるように言ってあるよ」
「なんで…!」
なんのためにそんなことをするの?
「いろいろ、と言わなかったかな?」
「……アラステアさんは、レリオを疑ったりしてるんですか?」
「いいや。私が警戒してしているのは君だけだよ、うららさん」
それを聞いたとたん、アタシはすぐに屋敷に向かって走った。




