刺 (2)
「あの、レリオさま」
あんなことがあった、その翌日。
非常に改まった様子のアラーナ様とニヤニヤ笑うブレンダン、そしてアラーナ様のご学友に俺は囲まれていた。
「昨日の方は一体どなたなのでしょうか」
昨日の?
「お前と抱き合ってたっていう……」
ブレンダンの言葉でやっと、うららの事だとわかる。
「彼女なんですか?」
ご学友1。もしうららが俺の彼女になってくれるなら俺はもっと幸せオーラを出してると思う。
「まさか……婚約者!?」
ご学友2。君の言葉が現実になる魔法を知りませんか?
そしてその他ご学友の悲鳴がうるさい。
……いや、あの楔がある。もしも俺がうららに『俺を好きになれ』だとか『結婚しろ』だとか命令したら叶うのか?
流石にそんな事したら最低だな、俺。
アラーナ様のお顔が青ざめておられる。
「レリオさま……本当なのでしょうか?」
どう説明したらいいかな。
俺の願望込みで言うなら、うららは俺の『大切な人』。
だけどそんな事言ったら、後でそれを聞いたうららの反応が怖い。
「彼女は……俺の大切な客人です。昨日は具合が悪くなってしまったらしくて」
「ブレンダンお兄様、お願い致します!」
「はいはーいっ!」
こら、そこの兄妹。連携きかすな。
ブレンダンは絶対に俺の状況を面白がってる。
走って食堂から出ていった。
多分、いや絶対にうららを連れてくるつもりだ。
俺は頭を軽く押さえる。
うららには今日、家にいるはずだ。
無理矢理連れてきたら、うららのご機嫌は相当ナナメになってる予感がする。
行って帰るのに、馬で飛ばして30分かそこらだろうか。
うららに王族と話をするような儀礼的知識があるとも思えない。
まさかうららが、ブレンダンを半殺しにしたりしないだろうな!?
俺がいろいろ考えている間、食堂内は微妙な沈黙が続いていた。
アラーナ様も上目使いでチラチラと俺の様子を伺うばかりだ。
本音を言えばうっとおしい。
「もぅ、だから何なの?」
可愛らしい声が静まり返った食堂に響く。
「うららちゃん、ごめんね、俺の仕事に巻き込んで」
怒ってる怒ってる。
ブレンダンに怪我が無くて何より。
俺は食堂の入口まで、ブレンダンに担がれて運ばれているうららを迎えに行く。
「何なの?よくわかんないんだけど」
ブレンダンの肩から下ろされたうららちゃんは俺を睨みあげてくる。
けど身長差のせいで上目遣いになっちゃってるのがかわいいです。
「うららちゃん、こちらは俺の友人でブレンダン。あの方はこの国の姫、アラーナ様」
「で?」
やっぱり怒ってる。
「誘拐するみたいに何の説明もなしに無理矢理ここに持ってこられたんだけど!」
……違う、怯えてるんだ。
目の端に涙がにじんでいるのがまた可愛らしいと言うか……俺はうららの背中に後ろから手を回してトントン、と叩いた。
「ごめんね。ブレンダンが悪ふざけしたみたいだ」
うららがいつも通り俺の服をつまもうとしてきた。
俺はうららがつまもうとしている先に手を出して、手を繋ぐ。
はいはい、その他ご学友、悲鳴あげない。
膨れっ面をしているうららだけど、手が振り払われる事は無かった。
二人で(ブレンダンは後ろからついてきた)食堂の奥にいらっしゃるアラーナ様の前に進む。
「初めまして、ごきげんよう」
アラーナ様の顔色がより青くなっていた。
それでも王族、仕草に取り乱したところはない。
「アラーナ様、こちらはうららです。
うらら、こちらはアラーナ様だよ」
「初めまして。うららです」
うららを睨むご学友がちらほらいるな、と俺は視界の隅でチェックする。
「うららさま、ええと……うららさまと、レリオさまのご関係をお尋ねしたくて……」
「アタシとレリオの?なんでですか?何にも関係ありませんけど」
ツライ。辛いです。
俺は今、泣きたい!うららの声が氷のように冷たいです。
手を繋いだまんまなのは幸せだけど、この触れあってる場所にしか幸せはありません……!
俺と対照的にアラーナ様の顔が輝いたのは気のせいじゃない。気がついているのかいないのか、うららはきゅ、と俺の手を握った手に力を込めた。
「アタシ、迷子なんです」
重々しい口調だった。
少しうつむいて、『か弱い女の子』の演技が始まる。
「記憶を無くして……どうしたら良いかわからなくて……気がついたら見知らぬ森にいたんです……。
モンスターに襲われて、逃げて死にそうになっていたところを通りがかったレリオが助けてくれて、それで……………
……
…………
………………
…… と、いうわけなんです」
いつの間にか涙に包まれる食堂。
アラーナ様は両手でがっしりとうららの手を掴んでいた。
うららとつないだまんまだったから俺の手が痛い。
「うららさま……ご苦労なさって……!」
「なので、今はレリオだけがアタシは頼りなんです。
それとやることあるからもう帰っていいですか?」
「ええ、もちろん……!」
どうしてだろう。
うららは嘘をついてないのに詐欺的な空気を感じているのは、俺だけか。
「ではそういう事ですので」
うららは繋いでいた俺の手を離して、さっさと歩き出してしまう。
「待ってうららちゃん。俺が送るから」
俺は追いかけた。いや追いかけようとした。
「レリオはお仕事なんでしょ?
別に。ひとりでもお家まで歩いて帰れるもん」
この場にいた人を言いくるめられたからだろうか。うららの機嫌が少し良くなってる。
この程度でご機嫌になっちゃうとか可愛くないですか?
してやったって顔してる。そんなかわいい笑顔は隠しておくべきだ。
「なら俺が送るよ。『うららちゃん』?」
「やだ。歩く」
「待てブレンダン」
うららとお前が一緒に歩くとか俺は認めないぞ!?
がっしりと俺の腕が捕まれ、うららとブレンダンが行ってしまう。
つい、俺の腕を掴んだ人を睨んでしまう。
「あの、レリオさま……。今日までだけとお願いしていました護衛なんですけど……」
「なんでしょうか」
つい、きつい言い方になってしまった。
アラーナ様が少し怯んだように見える。
「明日、わたくしドラゴン退治に行きますの……剣に秀でてらっしゃるレリオさまにもご同行お願い出来ないかと……」
ドラゴン。
俺は少し目を見開く。
ドラゴンは、時折現れる大型のモンスター。
アラーナ様の細腕で退治なんてできるわけが無い。
王族が成人の儀式として、強いモンスターの退治をする習慣はブレンダンから聞いたことがある。
「もう少し弱いモンスターを選ばれたほうがよろしいのではないですか?」
アラーナ様は憂いを秘めた横顔でうつむいた。
美人だ。
美人なんだけど、うららのあの、ついうっかり抱き締めたくなる可愛らしさとは程遠い。
「近くの森に小型のドラゴンが出没するようになって……丁度よいからと、わたくしに退治せよ、との命令なのです」
それは同情する。でも着いていくのは俺じゃなくても良い筈だ。
賢者は他に3人もいるんだし。
俺は旅から帰って来たばかりで忙しい。
早く依頼を片付けて、うららの事を調べたりとかうららが欲しがってた『洗濯機』を開発したりとか、俺の好感度をあげたい。
『レリオだけが頼りなんです』を現実にしたいです。
「レリオさま、お兄様にお願いしておきますから、お引き受けいただけますね?」
「俺は旅から帰って来たばかりです。お役に立てないかもしれません」
「お願い見捨てないでっ!ドラゴン相手なんて……わたくし、死んでしまいます……!」
こういう所だよ。
こういうところが嫌なんだよ。王家の力だとか女の子の弱さだとかを前面に押してくるところがめんどくさいんだよ。
俺はため息が出てくるのをどうしても、隠せない。
「わかりました」




