刺 (1)
うららは俺があげた指輪とペンダントを身につけ、俺が選んだ服をまとって、ご機嫌な足取りで村に散歩に行ってしまった。
うららが居なくなった部屋は照明の数が減ったみたいだ。
ついていきたい。
うららの目に、俺の村はどう見えているんだろう?
うららは何に興味を示すんだろう?
急いで仕事を済ませればいいだけだ。昼までにあらかた済ませてしまおう。頑張れ、俺。
自室に、書類を取りに向かいながら、うららに渡したペンダントに意識を向ける。
うららが村の中心部に向かっているのがわかった。
「おーい、レリオいるかー?」
玄関のほうから声がする。窓の外に、王家の紋章が描かれた馬車が停まっているのが見えた。
「よぉ、ブレンダン」
ブレンダンは王位継承権第48位という微妙な立場の王族で、一緒に旅をしたりもする俺の友人だ。
王子なのに全く王子らしくないのは、本人の性格だけじゃなく、王子継承権の低さも関係あるだろう。
実際、俺のほうが王位継承権が高かったりする。王家の血が一滴も無い俺だけど、賢者の称号は王家にとって価値が高い。
「アラーナの護衛につけって。お前に命令が出たから迎えに来た」
アラーナ様は王位継承権第二位の王女様だ。
ブレンダンとは異母兄妹で、付け加えておくと兄妹仲は悪くない。むしろ王族の仲はとても良い。
「今日はアラーナ様は学校だろ?校内に危険なんてほとんど無いじゃないか。……断る」
俺は午後を有意義に過ごす為に忙しい。
「王命に背けるのか?」
ブレンダンはからかう様な言い方をしてくる。
まさか、そんな事で王命が出たのか?確かに……俺は賢者の立場として、国王には背けない。今、国王居ないけど。
仕方ない。
書き置きを残してアラーナ様がいる学校に向かおう。
こんな書き置き一枚でうららが怒らないといい。
今日も焼き菓子か何かを買っておけば少しは機嫌をとれるかな。
それとも可愛らしい何か……。
いや、夜でも開いている雑貨屋辺りを探したほうが良さそうだ。その辺はアラーナ様にでも聞いてみるか。
「レリオさま……ごきげんよろしゅうございましたか?」
驚いたことに、アラーナ様が俺の屋敷の前にいる。
ブレンダンとはまとう雰囲気からして違う。まさに気品あるお姫さま、を全身で表したような美少女だ。
「おはようございます、アラーナ様」
視界の隅に、遠くを歩くうららの白っぽいドレスが見えた。
今はトマトの畑を見ているのか。
楽しそうで何よりです。
うらら、ごめん。お仕事に行ってくるよ!
心の中で謝りながら馬車に乗り込む。
アラーナ様との会話は非常に盛り上がらないもので、ブレンダンが居てくれなきゃ俺は馬車のなかで寝た自信がある。
授業は教室の後ろで見学、昼食はアラーナ様やご学友と。
危険なんてこれっぽっちもない。のどかな一日だ。
護衛というのが俺に会って話をするための口実だとわかりきっている。
それでも嫌な顔をするわけにもいかないのが辛い。
こっそりと俺は手首につけたブレスレットに触れる。
うららに渡したペンダントと同じデザインのものだ。
ここにいるのが、うららなら良かったのに。
それならどれだけ楽しかったろう。
感覚をうららのペンダントに向ける。……あれ?村に居ない。
どこに……王都に……近くにいる。
うらら?なんで村を出た?
俺は村から出るなと言わなかったか?
うららの行動が読めない。
後で理由を聞いておかないと。
××××××××
なかなかに地獄の一日が終わり、帰りも一緒に馬車で……というアラーナ様の申し出を丁重に断った。
うららの感覚があるのはこの学校の正門近く。
もしかして、午後には構うと言った約束を守らなかったから怒ったのか?
半殺し、再びか!?
「レリオさま……本日はわたくしにおつきあいいただき、ありがとう存じました。
はなはだ、ぶしつけではございますが明日、もう一日だけ護衛をお願いできますか?」
あーはいはい、明日だけね。
それで解放してくださいね。
早くうららちゃんのご機嫌伺わないと俺の身が危ない気がするんだよね。
「私も他の仕事を抱えております。明日だけでしたら」
王族女性特有の、回りくどくてお上品な話し方をするアラーナ様のお相手はめんどくさい。
少々礼を失していると思ったけど、馬車が動くと同時にうららの所へ向かわさせてもらった。
「うららちゃん!?」
ベンチに座って俺を見上げるうららが微笑んで……から顔をしかめた。
やっぱり怒ってる!?
「なんでここにいるの?あ、いやそうじゃない。ごめんね、仕事で突然呼び出されて…… 怒って、ない?」
それでも、わざわざうららが俺に会いに来てくれたらしい事は、純粋に嬉しい。
「肩が痛い」
そう言われてやっと、ずいぶんと力を込めてうららの肩を掴んでいた事に気がつく。
「あ……ごめん」
うららの顔色が悪い事にも、やっと俺は気がついた。
何かあったんだろうか。
「あれ?うららちゃん、具合悪い?」
ぐらりとうららの身体が倒れそうになった。
あわてて俺は抱き止める。
ふわふわした髪が俺の鼻をくすぐった。
良い匂いがした。
「ごめん……大丈夫だから……」
かぼそい声に胸を締め付けられる。
「どこが大丈夫だよ……!」
近くにいた流しの馬車を呼んで、乗り込んだ。
ゴル村に入る頃には、うららの顔色はだいぶ良くなっていた。
どこが悪いのかと魔力で探ってみたが、どうにもわからない。
昨日見つけた、俺の魔力を持つ、杭のような楔型の何かがうららの中で反応するばかりだ。
一体何なんだ、あの楔みたいな物は。
俺はそんな魔法をかけた記憶がない。
「なんで、学校前で俺の事を待ってたの?」
責める口調にならないように気を付ける。
うららは村を散歩したあと、俺の書き置きを見てここまで来たのか?
「書き置きを見た?」
うららは首を振る。
「村の中を歩いてたら、頭の中に出てくる文字がレリオのとこに行けって」
距離が離れ過ぎたから?
確か、街道では数歩離れただけでその言葉が出るとか言っていた。
「あ、そっか……」
うららの唇からため息のような呟きが漏れた。
「レリオが村から出るなって言ってたのを無視して、レリオの近くに行けって命令を優先したからこうなったんだ……」
俺の背筋を冷たいものが走る。
何だ、それは。
うららは気にならないのか、まだ少し顔色が悪いまま、力なく笑っている。
確かに俺は『村から出るな』とうららに言った。
確かに俺は学校にいる間、うららの顔が見たいと思ってた。
それがうららを縛るのか?
「レリオ、いいつけを破ってごめんね?」
「いいよ、そんな事」
あわてて言う。
うららを縛っているのは俺なのか?
うららに何かの形で命令を出して、思い通りに操ろうとしている俺がいるのか?俺は何の魔法をかけた?
そういえば、一番似合うだろうと、『着て欲しい』と思っていた服を今日のうららは着てくれている。
そういえば、朝の特訓の時に『そろそろうららが来ないかな』と思えばすぐにうららはやってくる。
うららの意志はどうなってる?
「でも、レリオに何もなくてよかった」




