レリオのお仕事
アタシは、ご不満である。
レリオの家はゴル村というとこにある。……ってのをさっき教えてもらった。
王都クロウェルド。
王様のお城がある街。
大きな街すぎて、ゴル村との境まで建物がある。
でも、正直、東京よりは小さい。
「あ!レリオ様だ!」
今日、何回も聞いた黄色い声。
馬車の上からレリオはニッコリ笑って手を振る。
「女の子にモテるんだね」
「やきもち?」
レリオはアタシに流し目。色っぽく微笑みかけてくる。
……あの女の子たちがこれをされたら、顔を真っ赤にして気を失っちゃうんだろうね。
そんな事はどうでもいいっ!
アタシはとってもご不満なのである。
馬車を操るのはレリオ。
幌が無いタイプの馬車で、アタシはレリオのすぐ隣に座ってた。
アタシの後ろ、荷台?になるとこにはたくさんの箱とか袋とか、いろいろ。
「なんでアタシがレリオにやきもち焼くの?」
アタシはとっても、とってもご不満である。
だから、言い方がキツくなっちゃっても仕方ない。
「そう?やきもち焼いてくれたのかと思ったのに」
いくら隣に座ってると言っても、ちょっと距離が近い。近い。ちーかーいっ!
女の子たちが悲鳴をあげたり、アタシが睨まれたりするくらい近い!
アタシはレリオの身体を押して距離を取る。
……別に、女の子達に睨まれたり、レリオがここまでウキウキしてるんじゃなきゃ、ちょっとくらい肩がくっついてても気にしないんだけど。
びっくりするくらい、レリオに対してときめけない自分がいる。
近くにいるのは心地いい。
でも、レリオを男の人として見られない。
そんな事より!アタシは!とっってもご不満なの!
「可愛い服とか自分で選びたかった」
この、ものすごい量の買い物はぜーんぶアタシの物。
服とか、小物とか、ぜーんぶ、ぜーんぶ、アタシが店員さんに採寸してもらってる間にレリオが勝手に選んだもの。
「可愛い雑貨とかゆっくり見たかった」
「うららちゃんはこの世界の事を知らないんだから、ダメ。買い物は俺が全部選びます」
思いっきり睨んでやったけど、レリオは余裕たっぷり。
口元が笑ってるのが本当イライラする。
それからも何回か人から(主にアタシくらいの年頃の女の子だ)声をかけられながら、馬車はゴル村に入った。
クロウェルドとゴル村の境はちっちゃな柵。
ゴル村に入ると景色が農村ぽくなってくる。
牛がいて、馬がいて、羊も見える。
あの畑で育てているのは何だろう?
なんでこの世界は食べ物を全部ダーにしちゃうかな……。
トマトっぽい紅い野菜がなっていた。
道端に咲いていた黄色い花が風にそよいでる。
「はい」
レリオが何かの包みをくれた。
「機嫌なおして」
開けてみたら、中にはクッキー。
「ダーじゃない食べ物、あるの!?」
お久しぶりねのクッキー。
「珍しいから、これは王都でしか手にはいらないんだ」
口に入れると甘さは控えめ。
バターの香りが幸せ!久しぶり!ダーじゃない食べ物!
もしかしてお砂糖は貴重なのかな?
これは高価なお菓子なのかも。
アタシは馬車に積まれた山のような荷物を見た。
これだってけっこうお金かけさせちゃったハズ。
いくらレリオがお金持ちっぽいからって、お金を使わせ過ぎたかもしれない。
でも、勝手に買ってくるんだもんなぁ。
ゴル村の道は王都と同じか、それ以上に綺麗な石畳。
道が整っているのも、ゴル村が美しい農村風景なのも、ゴル村の領主様のおかげらしい。
アタシはクッキーを1枚つまんでレリオの口元に差し出した。
「レリオ、ありがと」
とたんにレリオの顔が赤くなった。
アタシ、何かした?
いつもにこにこしてるけどこんな……顔が赤くて……照れてる(?)レリオは初めて。
「ほら、口開けて?アタシひとりで食べるの勿体ないし。……あ!指食べないでよ……もう……」
「……美味しいです」
どっちかっていうとクール系紳士のレリオが、とろけそうな笑顔になったのがたまらなくおかしかった。
「なんでいきなり敬語?はい。あー」
さっきみたいに指をかじられたくないから、2枚目は放り込む感じ。
魔法と剣の腕前を認められて『賢者』と呼ばれ、イケメン(らしい)で、若くて、天才的な魔法の腕前のゴル村の領主。
この、クッキー食べるついでにアタシの指に噛みつこうとしてるレリオがそのゴル村の領主様なんだって。
『賢者』っていうのはこの国にはレリオの他に3人しかいなくて、もっと凄くなると『大賢者』って呼ばれるみたい。
賢者とか大賢者になると領地が与えられることがあって、身分も貴族と同じかそれ以上になるらしい……けど、レリオってそんな風に見えない。
弱そうに見えるのに、剣の腕が確かなのは知ってるけど。
レリオの家までは王都から日帰りどころか、数時間もかからない。馬車はレリオの家の隣にあるお屋敷前に停められた。
「これも、俺の家なんだけど……ブリュノがこっちの家を使えってうるさくてさ」
ブリュノさんて、出かける前に馬車の準備をしてくれたおじさんだ。
こんなすごいお屋敷があるのに、あんな小屋で生活したがるレリオってやっぱり変わってる。
荷物全部は持ちきれないから、少しだけ持って家のなかに入る。
アタシの為に用意された部屋は日当たりが良い角部屋。
レリオが掃除してたっぽい小屋が窓から見えた。
……あれを『掃除』と呼ぶのは世間的にどうかと思う。
アタシが買って貰った服とかは、レリオの部屋に持っていかれちゃった。
「うららちゃんの為に、とびきりの魔法をかけておくから」
だって。なんの為に魔法かけるんだろ。
荷物を運んだらアタシはやることがない。
本を読みたくてもここの文字が読めないんだもん。
テレビもゲームも無いしなぁ。
退屈しのぎになるかなって思ったから、部屋から出てみる。さっき、レリオの作業小屋の裏手に小川が見えた。
お魚がいるかはわかんないけど、そこに行ったらほんのちょっとは暇潰しできるかも。
お屋敷って言っても広大なお庭がある訳じゃない。小川にはすぐ着いた。
お屋敷の窓からアタシがここにいるの見えるだろうし、怒られないよね。
小川はきらきらと夕陽で輝いてる。
岸辺の草が小さな花をつけてた。
水の中には水草が生えてて、小魚の姿も見える。
「うららちゃん」
ぼうっとしてた。
「どうしたの、こんなところで」
レリオは、いつのまに隣に立ってたんだろ。
辺りはもう暗い。
ずいぶん長い間ここにいたみたい。
「退屈だったから小川眺めてたの。レリオの魔法とかいうのはもう終わったの?」
「うん。買い物はうららちゃんの部屋に全部運び終わったよ」
××××××××
月明かり、白っぽい服を着たうららが光っているような錯覚を受ける。
部屋に行こう、と声をかけると自然に俺の服をつまんで歩こうとするうららを可愛いと思う人は手を挙げてください。
……はい、俺です。心の中で万歳。
「手、つなぐ?」
声は震えなかっただろうか。
「え?なんで?」
精一杯格好つけて言ってみたけど、うららはちょっと迷惑そうな顔をしただけでしたっ!
それならなんでいつもいつもいつもいつも俺の服つまむんだよ!?
期待するだろぉ!?
「……別に良いけど」
うららの小さな手が俺の手に触れて、そこから暖かいものが流れて来た気がする。
言ってはみたけどまさか本当に手を繋いでくれると思わなかった。
びっくりしてうららの顔と繋がれた手を交互に見る。
「レリオは手を繋ぎたいんでしょ?」
見上げて来る、くりくりとした大きな瞳。
これでにっこり微笑んでくれたら……少しは恋人気分を味わえたんだけどな。
晩御飯の時に、街で買ってあった果物を出した時のうららの笑顔が、とびきり可愛かったです。
××××××××
朝の特訓は今朝もやった。
レリオはアタシよりもずっと早起き。アタシが庭に降りるよりも先にひとりの鍛練をしてるみたいだった。
それからアタシの特訓。
ひととおりやったら、部屋に戻ってシャワーを浴びて、今は朝食を食べ終わったところ。
「レリオは今日、何をするの?」
本当、ダーってつまんないご飯。
レリオは気にしてくれてフルーツとか用意してくれるときもあるんだけど、ケーキとかスナック菓子とかが恋しい。
「『洗濯機』の開発、旅のまとめ、溜まってる武器とかの修理依頼……かな。午後にはうららちゃんの相手が出来るよ」
午前中ずっと暇なのか……退屈だなぁ。
「何かアタシにお手伝い出来る事ないかな?暇なんだよね」
レリオは長めの前髪を払う。彼の口元はいつでもちょっと笑っていると思う。
「魔法にはいろいろ秘密もあるから」
やんわりとだけど、ことわられちゃった。
上品にティーカップをつまんで、紅茶を飲む姿がサマになってる。
「じゃあ……レリオがお仕事してる間、村を散歩とかしてもいい?」
レリオは長い足を組んで、首をかしげた。
……なんか、嫌味なポーズ……。足が長くてらっしゃるんですねっ。
「ダメ?村の中にはモンスター出ないんでしょ?……ね?」
「ひとりは……。ちょっと、ね」
「お ね が い っ!」
両手のひらを合わせておねだりのポーズをしてみる。
レリオは優しい目つきでアタシをじっと見てくる。
ううん、アタシを観察してる。
ダメかな?アタシはおねだりポーズを継続中。
レリオはため息をつくと、小さな箱を持ってきて、中からペンダントを取り出した。
銀色のチェーンに、花の飾り。
ついている石は何だろう?ピンクっぽかった。
「このペンダントをつけてると、うららちゃんのいる場所が俺にわかる。
ペンダントを外したりしてもわかる」
「それを肌身離すなってこと?うん。良いよ。レリオの言い付けならちゃんと聞くっ!」
レリオはアタシの後ろに回ってペンダントをつけてくれた。
髪の毛を避けたとき、首がくすぐったかった。
「ありがと」
ペンダントから、レリオの香りがする。
つけていて悪い気はしない。
「じゃ、行ってきます!」
「村を出ないように!」
実を言えば、服からもうっすらとレリオの香りがする。
なんかレリオの匂いばっかり気にして、変態チックだなぁ、アタシ。
ゴル村は、思ってたよりも狭かった。
とても景色が綺麗で、上品で優しいレリオの人柄が反映されてる気がした。お花が咲いていたり、畑になっているなにかの実を見たりして時間を潰す。
《レリオの近くに行け》
いきなり、頭の中に、いつかも浮かんだあの命令が出てくる。
身体を何かが引っ張っていくみたいな感覚。
レリオはきっと、その先にいる。
《レリオの近くに行け》
「わかってるってば」
道端の黄色い花が目につく。
アタシの服にも描いてある花だ。
小走りに行ったら、ゴル村の境を示す柵のところまできちゃった。
《レリオの近くに行け》《村を出るな》
そうだ。レリオは村を出るなって言ってた気がする。どうしよう。
村を出ないとレリオの所に行けない。
村を出るなって命令が出てる。
一歩、踏み出す。
何も無いじゃん。
小走りでだけど、けっこうな距離を移動してたからちょっと疲れてきた。
ここからは歩いていこう。
王都の街並みも綺麗だと思う。
《レリオの近くに行け》《村を出るな》
命令はどんどん大きくなってきてる。
声がする訳じゃないんだけど、これってけっこうな大音量だ。
門が見えた。
門番がいるから中には入れなさそう。
ここから見えるその建物は、学校っぽかった。
どうしよう、中に入れてもらえるのかな。
丁度あったベンチに腰かけてみる。ここから見る限り、何かの騒ぎがあった様子は無い。
レリオの気配はこの建物からする。
《レリオの近くに行け》《村を出るな》
「わかってるってば……」
アタシはそうつぶやいて、しばらく待ってみることにした。
……どの位待ったんだろう。
建物からものすごい美少女と、レリオが出てきた。
美少女は身分が高いのかもしれない。
他にもお付きっぽい人がちらほら見えた。
レリオとお付き数人がお辞儀をして、美少女は高そうな馬車に乗り込んだ。
馬車が走っていく。
馬まで頭がよさそうにみえた。
「うららちゃん!?」
馬車が走り出したのとほとんど同じくらいに、レリオがかけよってくる。
ぐいっと掴まれた肩が痛くてアタシは顔をしかめた。
「なんでここにいるの?あ、いやそうじゃない。
ごめんね、突然呼び出されて……」
なんで謝られてるんだろう。
とにかく、レリオからこっちに来てくれてよかった。
頭の中でガンガン自己主張する命令が一個消えてくれた。
でももう一個はまだ消えてない。
そろそろ頭が痛い。
「怒ってない?」
レリオの腕を払おうとしたけど、この人は細く見えても筋力がある。上手くいかなかった。
それにしてもレリオはなんでここまで笑顔なんだろ。
「肩が痛い」
文句を言ったらやっと肩から手を離してくれた。
「あ……ごめん。あれ?うららちゃん、具合悪い?」
頭が痛い。吐き気がする。ダルい。
そんな事ないよ、と言いたくて、でもアタシの視界は真っ暗になった。




