Feel Lonely 〜長き夢と短き現実〜
その3年間は僕にとって長くも短くもなくただふつうの日々だった。
普通に学校に行って、普通に授業を受けて普通に下校する。
けれどつまらないと思ったことは1度もなかった。
目に映る物すべてが普通にあった。
今はと言うと、普通に学校に行くことも普通に授業を受けることもできない。
黒板が見えなくて文字も読めなくて、そして空は黒く染まった。
僕は、病気で目が見えない。
病名は、白内障。
目の中の水晶体が白く濁ってしまう。
僕の視力はもう戻らないと医師に言われた。
白内障になったときから友達が減る一方で増えたことはない。
瞳が白いと言うことで差別や偏見を受ける。
今となっては、僕の友達は片手で数えられるぐらいまでに減っていた。
そんな時出会ったのが彼女だった。
その日は雨が降っていた。
空から落ちてくる水滴が地面と出会った時、音を出す。
僕は、そのことを目が見えていた時から知っていたけれどその時は、気にもしなかった。
左手に傘、右手に白い棒を持って出かける。
学校は、最寄りの駅から電車に乗って2駅ほど行き、そこから歩いて15分ぐらいの所にある。
道は、頭の中に刻み込まれている。
しかし、車が横を通ったりクラクションを鳴らされたりするとドキッとする。
そうした事を繰り返しながらやっとの事で普通科の高校に着く。
目が見えなくなってもう3年、高校2年生の僕は、春の香りをかぎながら教室に向かう。
僕の手の中にある白い棒は行く先にある障害物を教えてくれる。
そして、僕はその障害物をよける。
けれどそれは、間違いだと気付く。
その瞬間一切の音はどこかへ吸い込まれて消えた。
僕の足下にあるはずの地面は、姿を消し僕は尻もちをつく。
予想以上に痛くそして寂しくなった。
その時、聞いたこともない優しくて美しい声をした人が話しかけてきた。
「大丈夫ですか?」僕にはそう聞こえる。
「ええ、大丈夫です。」そういって立ち上がろうとするが足に力が入らない。
その様子に見かねてか「腕につかまってください。」と、言われる。
僕は、素直に手を伸ばす。
「本当にすみません。」僕は、やっとの事で立ち上がり手を差し出してくれた人にお礼を言う。
「ありがとうございました。」
「いえ、自分のできることをやったまでです。」
と返ってきてその後静かになる。
「あなたのお名前は、なんて言うの?」沈黙を破るように彼女が聞いてきた。
「僕は、昔灘 藻と言います。あなたは?」僕も聞き返す。
「私は、堤。堤 由芽って言うよ。同じクラスだけど分かるかな??」
僕には心当たりがなかった。けれど、彼女は今日、僕の心に深く優しい印象を植えつけていった。
それからというもの、彼女は僕の目になった。
彼女はというと、それを嫌がることもなくただ楽しんでいるかのように僕を色々なところに連れて行ってくれた。
そして、そこの様子を詳しく伝えてくれる。
僕は、そこの様子を知ることができる。
そういう風に、僕の生活には彼女が無くてはならないものになった。
今、夕日が輝いているという海の方を向いて深呼吸をする。
もうすぐ季節が夏になる。僕は、少しずつ気温が高くなっていくのを肌で感じた。
「もうすぐ夏だね。」彼女が嬉しそうに言う。
夏、セミがせわしく鳴いて、太陽がギラッと輝いて暑苦しい夏だけど、
彼女が大好きな夏。
「夏、好きなんだよね。」
僕は、太陽の光を感じる事ができないけれど輝いている太陽を思い浮かべる。
「そう大好き。」彼女はそういった。笑っているのだと思った。
笑い声は聞こえないけれど、空気の重さでそれを感じる。
「何でそんなに好きなの?」僕は自然と質問をする。
「それはねー暑いからだよ。」彼女はまだ笑っているのだろう。
「暑いから??」暑いから夏が大好きな人っているのだろうか。
「そう、暑いから!!」彼女は満開の笑顔を今、振りまいているのだろうと想像する。
僕は、言葉にならない感情をいだく。
遠くの方でカラスが鳴いている。
「もうすぐ完全下校時間が来るよ。」そう彼女がせかしている。
僕は、ゆっくりと机の上に置いている鞄を取り彼女の肩に手を置く。
彼女はゆっくりと前に進み出す。
完全下校の5分前のチャイムが昇降口に居る時になった。
靴を履き替えて、外に出ると足早に歩いて行く足音がたくさん聞こえる。
そして僕たちが校門を出た時、完全下校を知らせる音楽が鳴り響いた。
今さっきまで僕たちが居た学校は静まりかえっていた。
僕には何一つ見えなく暗黒の世界が広がっている。
しかし今、彼女が空を見上げているのを感じ取った。
「何見てるの?」僕は聞く。
「空」と返ってくる。今空は、夕日に染まって赤いのだろうか。
「空、今何色??」僕は聞く。
「今はね、赤。だけどどんどん紫に変わっていっているよ。」
僕は、太陽が沈んで紫色に色付く空を暗黒の空に思い浮かべる。
彼女が見ている景色を僕も見たい、そう思いながら彼女の肩に置いていた手に力を入れる。
僕が見ている空と、彼女の見ている空。
僕が見ているものは黒煙のような雲が隙間無く浮いているような嵐の前の夜の空。
彼女が見ているのは、オレンジ色に染まる美しい夕焼け。
僕たちの見ている景色には違いが多すぎる。
一生、目の見えない僕は彼女のような美しい空を見ることができないし、
彼女も、僕が見ているような黒い世界を目にすることはないだろう。
けれど暗黒の世界は僕に不安や、恐怖を植え付ける代わりに、
現実の世界の汚い部分を目にしないですむという利点も持つ。
「もう、何も見えなくて良い!!僕なんて、この暗黒の世界でしかいきられないんだ。
こんな白く濁った見えない目なんていらない。僕は現実の世界ではいきられないんだ!!
もう、いやなんだ!!何もかも最悪だ。」
僕は、そう吐き捨てて彼女の肩から手を離す。
その時、僕は彼女との間に大きな厚い壁が立ちはだかったように思えた。
「どうしたのいきなり。」彼女はとまどったように言う。
彼女の表情は読めなくなっていた。
僕は、無言のまま歩き出す。
彼女は後ろから追いかけようとしているがそれを一括する。
「来るな!!」今彼女が僕の側に来ると何もかも終わってしまう気がした。
そして彼女の気配を感じなくなるまで歩いていった。
僕の頬に何かが伝った。これを涙というのだろうか。
彼女と一方的に別れて3ヶ月ぐらいたったある日。
僕は、目が見え無いながらも学校へ行き、そして寂しく授業を受ける。
その時、後ろの席の人たちが小さな声で話しているのが耳に入った。
『ねえ、知ってる?堤さん今日から病院に入院するんだって。』
『どうしてだい?』
『知らないの、なんだか具合が急に悪くなったらしいわよ。』
彼女は、前からぜん息という病気を患っていた。
僕はそのことを聞いていたが3ヶ月前は全然元気だった。
けれど、あれから1度も話さなくなったので、具合が悪くなったなんて知らなかった。
僕はあの時のことを思い出す。
一方的に怒っておきながら、謝っていない僕。
本当に彼女には悪いことをしたと思う。
今度謝りに行こう、僕はそう決心する。
それから3日ぐらいたった、土曜日の事
僕は、最寄りの駅から電車で3駅、そこからバスで30分揺られ
【雲雀峠病院前】というバス停で降りる。
彼女が入院している病院はここらしい。
僕は、病院に向かって歩き出す。
けれど彼女に会う決心をしてきたはずなのにそれがどこかに飛んでいって緊張感だけが支配している。
そこで一度心を落ち着かせるために中庭らしいところにあるベンチに腰をかける。
空を見上げるがそこには暗黒の世界が居座っている。
少し気分が落ち着いた時、僕の隣に誰かが座っていることに気がつく。
「誰かいるの?」と僕は問う。彼女は答えようとはしない。
「堤、いるんだろう。堤なんだろう。」
もっと声を大きくして叫ぶ。すると隣にいる彼女がクスっと笑ったような気がする。
「3ヶ月前ごめんな、いきなり怒って」
俺は、悲しくなってきた。彼女には、本当につらい目にあわしておいて、しかも謝って済むような事ではない。
「いいよ。」彼女はそう言った。
久々に聞く彼女の声は気のせいか前より弱々しくなっていた。
その後静かになって、「だけど、どうして私だって分かったの?」
彼女の質問が聞こえてくる。
「それは、気配だよ。堤が側にいると僕の世界に光が差して暖かくなるんだ。」
僕の世界は、暗くて黒くて寒い、だけど彼女は暖かくて優しさを感じる。
「ちょっと寒いなー」秋がもうすぐ終わろうとしているので日向でも寒い。
「病室に送ろうか?」僕はそう聞き返す。
彼女は、僕の手の上に手を重ねてそれを制す。
その手は、血液が通っていないかのように冷たかった。
「いいよ。看護婦さんが待ってるし、今から検査なんだ。」
彼女が笑いながら言っているように感じられた。
「じゃあ、また今度・・・学校で会おうな。元気になって返ってくるんだぞ。」
俺は、普通に別れの挨拶をする。
「うん、またこんど。」彼女も別れの言葉と再会の言葉を言う。
ごく普通の別れ際の挨拶だったはずなのに。
また今度という言葉は現実には無く、それが彼女と交わした最後の言葉になった。
親の話によれば、僕が彼女に会いに行ってから症状が良くなりつつあった。
しかし、その3日後に原因不明の呼吸困難に陥り、昨日午後11時57分に息を引き取ったそうだ。
お通夜に行って彼女に触れた。僕の手には、雪のように冷たいものが触れた、それは彼女の頬だった。
僕は、これからのことを考えると途方もなく暗い底に落ちた。
彼女がいた日々は、もう返っては来ない。
やる気が出なくて自分は、惨めな人間だと気付く。
この世界が消えていくような感覚を覚える。
今、僕が見上げている空は、黒くて暗い恐ろしい空
けれど、まだ彼女が側にいてくれていたらこう伝えてくれるだろう。
「今、空はすっごく綺麗な水色だよ・・・」と。
僕は黒い世界で生き・・・・・・
彼女は美しい世界で散っていった。
僕は、そこにあるだろう空をもう一度見上げる。
今、瞳に映っているのは、絹がかかったような空・・・。
それは、まるで白く輝く天使の羽毛が空に敷き詰められたように、
世界を柔らかく包み込んでいるだろう・・・・・・
僕の空と、彼女の空2人の空が交わるとこんな色になるのだろうか。
僕の頬を何かが伝った。
それは長き夢と短き現実の終わりを告げる涙だった。
最後までお付き合いありがとうございました。
頑張って書いたので感想や、評価をください。