06 仮初の誓い
近衛騎士。
それはこの国では騎士の生涯においてその称号を掲げる事は最大の名誉とされている。
王自らの指名によって選ばれ、その仕事は王の警護だけでなく時には王自身に進言する事も可能になる。
つまり近衛騎士になると言う事は今まで遠目に見る事しか出来なかった事も出来ると言う事だ。
しかし、ギルヴェールは野心家ではなかったし近衛騎士については知識として知るだけで興味等なかった。他の者が聞けば飛び上がらんばかりの栄光が目の前に出されていても通常時のギルヴェールならすげなく断っていただろう。
状況が状況のためにそれは許されないが。
「つまり、手元に置いておいて方が良いと判断なされたのですね」
「その通りだ。察しがよくて助かるな」
そっと執務机に置かれた書類に手を触れる。
その瞳は申し訳なさそうにも見えた。いや事実、そう思っているのだろう。
「すまないな。元は私の落ち度だというのに巻き込んでしまって。しかし、放っておく事は出来ないんだ」
リアンは一息吐くと、再び瞳に元の光を宿して口を開いた。
「私がここで今出来る事は何故こうなったと言う事だ。詫びと言ってはなんだが聞いてくれるか」
ギルヴェールはそっと頷き、それを見たリアンは視線を窓の外へ投げる。
「前王、シルヴァレス王。つまり私の父は母と婚約した時、妾は作らないと周囲に断言したそうだ。しかし、母は子供を産むには身体が弱く無事産めるかどうかわからなかった。それでも父は頑固に妾は作らずただ母と二人生まれてくる子を望んだそうだ」
その話は平民でも知っている、王の美しい愛物語だった。
貴族の娘であった王妃と前王が出会い、二人は熱い恋に落ちた。
そのまま愛し合ったまま二人は国民に祝福されながら結婚し、王は妾を一切作らずただ王妃だけを愛し続けた。
「月日をかけてやっと王妃はその身に子の命を宿す事が出来た。誰もが男児と望んだ。この国には代々王家の男児が王権を継ぐ事が出来る。だが…」
「生まれたのは女児だった」
ただ淡々とリアンは語る。
一切の感情を込めず、まるで本を朗読しているようだ。
「新たな子を望むにも王妃は子を産み落とした時に帰らぬ人となってしまった。王は生まれた子を男を偽り、王子として王位を継がせる事を決めた」
振り向いたリアンの目には何も浮かんでいない。
悲しみも、憤りも、何もない。
それがギルヴェールにはひどく哀れに思えた。この娘は、一体どんな心でいるのか。それが思い立つ。
「今私の事を知っているのは侍女の一人、侍女長と宰相、騎士団長のみだ。評議会にも知れていない。これが議会に知られれば今保たれている均衡が一気に崩れてしまう。そんな事が起こればこの国は混乱に陥る。それは防がなければ」
為政者として、リアンは自分と向き合っている。
それは、自分の落ち度がばれる事を恐れているのではなく、それによって引き起こされる事態を想定して自分と向き合っていた。
どこまでも国を思いやる娘だ。今時の貴族の若者だってこうまで考える者は少ないだろうに。
「この通りだ。もう一度言おう。ギルヴェール・コンスタンス。私の近衛騎士となれ」
ならば、自分が逆らう理由等ない。
「仰せのままに。リアン殿下」
こうして本来の近衛騎士としての意味からは離れた、君主と騎士の関係が生まれた。