48 瞳に誓う
翌日は驚くほど晴天だった。昨日の騒ぎなど嘘のようだ。
朝になるとギルヴェールは消えていた。
そのことが少しの不安を生んだが、ほどなくしてマリアが現れそれを言及する機会を失ってしまった。
それが気がかりであったが、代わりに警護についた騎士達に聞いても曖昧にぼかされてしまったし、そもそもリアンは部屋から出ることを許されなかった。
私室は今だコンスタンスを筆頭に捜査が続いていて立ち入りが出来なくなっている。幸いな事に寝室は事情を知っているコンスタンスが調査する事になっているらしく、そもそも女物の服はマリアのお下がりなので部屋には置いていなかった。
そんな事もあって何がなんでも私室に戻らなければいけないこともなくリアンは手持ち無沙汰な一日を過ごした。
ギルヴェールのことを聞いたのは次の日のことだった。
「査問会?」
「ええ、今回のことで責任を問われて」
執務室に赴いても現れないギルヴェールを不審に思い、昼の休憩にマリアに問うて返ってきたのは思ってもいなかった答えだった。
「何故…」
「もちろん今回のことについてよ。近衛騎士がついていながら、みすみす侵入者を見逃し挙句王子を襲ったことで騎士団の幹部はかんかん。評議会もいい機会だと思って出席してるわ」
「そんな…あれは私が」
「リアンは悪くない。それどころか私も罰せられて当然なのに、彼がただ一人で罪を被ってくれてるわ」
美しい顔が悔しさで歪められ、無力を嘆いて拳が震えている。
マリアでもギルヴェールのせいでもなく、自分の警戒心の無さだというのに己に関わる人を二人も苦しめていることに今気がついたリアンは一気に混乱した。
「わ、私が査問会に行って彼の無罪を主張しなければ―」
「多分彼は望んでいないわ。むしろ彼はあなたにそんなことをさせたくないから何も言わなかったんじゃないかしら」
「…私が出ていっては、私の立場が揺らいでしまうからか」
近衛騎士だからこそ主人を命を懸けて守り通さなければいけない。
今回ギルヴェールはその主人を危険な目に合わせてしまった。
もしここでリアンがギルヴェールの無罪を必死に否定してしまえばギルヴェールこそが弱点であると評議会に晒してしまう。
そうであればさらにリアンへの攻撃は卑劣さを増すだろう。
ギルヴェールはそれを恐れたのだ。
だからこそ、リアンには告げず彼女を査問会に出させないことで自分はその程度の存在なのだと思わせようとしているのだ。
そこまで思い至るのに、ここまで時間を要してしまったことにリアンは自分自身に嫌気がさした。
無意識に出てしまった己を蔑ろにする癖でこうも明確に害が出てしまった。
ギルヴェールが近衛騎士から外れることがリアンは嫌だった。
感情的に、ギルヴェールが傍からいなくなることが嫌だと思い秘密が漏れるだとかそんなことは頭にすらなかった。
「…大丈夫、ルドルフ様が上手くとりなしてくれるわ。未然に防ぐことは出来なかったけれど、結果的にあなたを守れたんだもの。そこまで重い処罰は下らないはずよ」
「……そうだといいが。一件が落ち着いたら、コンスタンスから相当厳しく叱られるだろうな。私も彼も。甘んじて受ける気ではあるが」
コンスタンスは時分の息子にさえ容赦がないのだ。公私混同はしない。特別厳しくすることはないが、甘く見ることもない。
ルドルフも怖いがコンスタンスだって充分怖い。父の右腕と剣となっていた二人は、その時代を駆け抜けた者として相応しい強さを持っているのだ。
なにはどうあれ、今は待つしかない。
ギルヴェールが再びこの執務室の扉を開けるまで、リアンはただ静かにペンを動かした。
それから三日。
ようやく私室の捜査も終わり、リアンの部屋移動が済んだ頃待ち望んでいた人物が訪れた。
「……殿下。長い間、職務を空けてしまい申し訳ございません。本日より、再び近衛騎士の任を務めさせていただきます」
「…ああ。おかえり」
五日間会わなかっただけで、ここまでお互いぎこちなくなるものかと部屋に控えていたマリアは呆れ果てた。
おそらく、お互いにそれぞれ罪悪感があるのだろう。
ギルヴェールは自分の無力さを、リアンは己の浅はかさを悔いてそれのせいで相手に迷惑をかけてしまったのだと思っている。
反省するのは多いに結構だが、いつまでもこうしていてはこっちが辛くなる。
「二人共いつまで辛気臭くするつもり?今日からいつもどおりなんでしょ。だったら今まで通り普通にしなさいよ。いつまでも緊張してたら、やれることもできないわよ」
マリアのずばっとした言い様に二人はびっくりして同時に目を丸くした。
しかし、すぐに彼女の心情を慮り確かにいつまでも落ち込んでいては仕方ないなと苦笑が漏れる。
マリアだって、今回のことで充分責任は感じているのだ。
「そうだな、マリアの言う通りだ。ここで怠けていてはそれこそ議会の思うツボだな。ギルヴェール、今日も頼んだぞ」
「お任せ下さい、殿下」
そう言って執務室へと向かった二人に、マリアはそっと微笑み自分の仕事へ取り掛かった。




