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真実と嘘のソノリテ  作者: 桜黒
真の誓い
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46


 殺される。

 ただその一言だけが脳裏に浮かんで、来る衝撃に目を固く瞑った。

 しかし、耳に届いたのは自分の肉を突き刺す音ではなく高く澄んだ金属音だった。


「…え」


「おやおやぁ。気づかれてしまいましたかね」


「今すぐ、その汚れた手を離せ。この腐れ外道」


 声の元を辿ると、扉の前にギルヴェールがいた。

 先ほどの音は彼が投げたナイフを男が弾いた音だったらしい。


 男がさらに言い募ろうとした瞬間だ。

 まさに、瞬間だったのだ。扉からギルヴェールがリアンの目の前に現れたのは。

 短剣を男の喉元を狙い、突き技を繰り出すもかわされてしまう。それでも右上から左下へ、そのまま横切りへと攻撃の嵐は止まない。

 男もさすがに危機感を感じたのか、軽薄な笑みを収めて応戦している。

 男が繰り出した斜め切りとギルヴェールの横切りがぶつかりあい、つばぜり合いとなった。その気迫だけでも、リアンは足がすくみ上がってしまう。


「…まさか直剣ではなく、短剣使いにここまで優れているとは驚きですよ」


「黙れ、今すぐその手切り落としてやる」


 言うやいなや、男の腹を蹴り飛ばす。

 突然の衝撃には耐えられずとも、さすが殺し屋というべきなのか。即座に体勢を立て直し、今度は男からギルヴェールに仕掛けていく。

 どこまでも続けられる攻防戦にリアンはただ手に持っている短剣の柄を握り締めるしかなかった。

 それほどまでに、目の前の戦いから目が離せなかった。

 

 刃の音を止めたのは遠くから聞こえる多くの足音だった。

 それに男が気づくと、強引にギルヴェールから間合いをとる。

 開け放った窓に足をかけ、二人を振り返った。彼の黒装束はギルヴェールとの交戦で破れ、琥珀色の左目がリアンを射抜く。


「さようなら、王子殿下。今度お会いするときは殺しにではなく、拐いにきますよ」


「待てっ!」


 追おうとするギルヴェールを嘲笑い、最後にもう一度だけリアンを見て男は窓から身を投げ出した。


「な、なにしてっ」


 ようやく動いた体で窓縁から下を覗くも見えるのは庭だけだ。

 そこに男の影はどこにもない。


「ギルヴェール!何事だ!」


「殿下の部屋に暗殺者が紛れ込んだ!今すぐ探し出せ!まだ遠くに入っていないはずだ!早くしろ!」


「リアン様!ご無事ですか!」


「リアン、怪我はしていない!?」


 部屋は瞬く間に人で溢れかえり、指示を出すギルヴェールと怒号を飛ばしながら兵を動かすコンスタンス、リアンに駆け寄るルドルフとマリア、他にも多くの騎士や騒ぎに起きた使用人達が集まってくる。

 なんとかひと段落ついたのは月が随分高いところに登った頃のことだ。








 リアンの寝室は安全と現場の調査によりコンスタンスに任され、今日のところはリアンが十二歳のときまで使っていた部屋に移された。

 本当は、王の部屋へという話だったのだ。王の部屋ならダントツで暗殺から身を守りやすい。

 しかし、リアンはそれを拒否し昔使っていた部屋を所望した。


「こまめに掃除されているから不便なことはないでしょうけど、今の部屋より少し小さいわ。本当にいいの?」


「いいんだ、マリア。この部屋にいた方が落ち着く」


 リアンは、自分自身の声がやけに冷静なことに気がついていた。そして心も波打つこともなく静かなことも。


「…マリア、少し席を外してくれないか」


「あなたっ、何言って」


「マリア。頼む、下がってくれ」


 リアンにそう言われてしまってはマリアは引くしかない。

 それをわかっていてリアンは言ったのだ。

 マリアは納得せずに、しかししぶしぶと部屋をあとにする。去り際に何かあったらすぐ呼ぶこと、とギルヴェールをひと睨みしていった。


「…」


「……」


 扉が閉まってもギルヴェールは口を開かない。

 リアンは、ぼんやりと部屋全体を見渡した。

 勉強机も、ベッドも、ランプも本棚も何一つ変わっていない。自分が父の跡を継ぐまでずっとここで過ごしていたのだ。

 窓の外を眺めて鳥のさえずりを聞き、マリアとともにお茶を飲んだ。

 そういえば昔描いた鳥の絵はあるだろうか。見られるのが恥ずかしくて本の間にねじ込んだけれど―


「殿下」


 遠くに飛んでいた自分の意識を取り戻したのはギルヴェールだ。


 「気づくことが遅れてしまい申し訳ございませんでした。すべて私の落ち度です」


「いや、そんなことはない。あの男は随分なてだれのようだったし」


「いえ、私が未熟だったせいです…殿下」


 なんだ、と問おうとした。

 しかし、リアンの小さな頭がギルヴェールのたくましい腕に抱かれ散り散りになって消えてしまった。


「っなに」


「無礼なのは承知しております。退職にでも騎士剥奪でも牢獄行きでもなんでも構いません。ただいまだけは…」


 ギルヴェールの大きな手のひらが一層リアンの頭を胸に押し付ける。

 どくり、どくりと彼の心臓の音が聞こえてきた。

 初めて、人の鼓動なんて聞いたなと他人事のように考える。


「よくぞ、ご無事で……!!」


 そのとき、リアンはようやくギルヴェールのその手が震えていることに気づいたのだった。


暗殺者が若干そっちぽくなりましたが、きっと彼はリアンだったら性別は関係ない…と思う。

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