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執務に一段落がつき、息抜きにギルヴェールの入れた紅茶を楽しんでいた時だ。
リアンはふと何かを思い出したようで口を開く。
「そういえば、もうすぐ舞踏会か」
リアンの生誕祭も気づけば三週間後に迫っていた。
生誕祭の一週間前に前夜としてこの国の要人達を招いた舞踏会が開かれるというのも例年の習わしであった。加えて今回はリアンの即位も関係あることから、より一層規模が大きくなると聞いている。
もちろんそれにはリアンの近衛騎士であるギルヴェールも参加しなければいけない。…のだが。
「……舞踏会、ですか」
「どうした。あまり乗り気ではなさそうだな」
「いえ、そういうわけでは」
「そういえばマリアから聞いたぞ。社交界だと随分人気だそうだな」
こともなにげに言われた言葉に思わずむせそうになった。
そもそも何故マリアからの情報なのか。
色々問いただしたい事はあれど、ひとまずそれは後回しだ。
「そんな事は。愛想もなにもできない私など、ご婦人方は相手にしませんよ」
「そうか?顔はいいし、マリアからは社交界だと雰囲気が違うと聞いたのだが」
だから、何故一々マリア情報が入るのか。
どうにも釈然としない。
確かに社交界では上辺程度でも女性をもてなす事には慣れているが、それも家の面子を潰さない為に身につけた事だった。
たかが一庶民から騎士団名門の貴族の仲間入りをしてしまっては、避けられるものと避けられないものがある。それの一つが社交界であっただけだ。
さらに、ギルヴェールは自分が多少なりとも顔立ちが人よりも整っている事を把握していた。というよりも、社交界デビューを果たしてからというもの数多の貴族の娘達に言い寄られていては自覚せざるを得なかった。
それが億劫になり近年ではめっきり社交界へ顔を出す事もなくなったのだが。
「…噂は噂に過ぎないでしょう」
「そういうものか。まあ、当日は私の傍にいる事になるから少し窮屈な思いをさせるかもしれないな」
「……むしろそちらの方がありがたいです」
「?何か言ったか?」
小首をかしげるリアンに適当に笑ってあしらい、この話題を避ける。
あまり社交界の話を持ち出したくはなかった。
自分が存外不誠実だということがリアンにバレてしまうのが、なぜか怖かった。
もっとも、今やギルヴェールを信頼しきっているリアンからしてみれば想像もしないような事でもあるだろう。しかし、そこまでギルヴェールの思考が及ぶ事はなかった。
「舞踏会は着飾らなければいけないのが一番億劫だ。堅苦しくてしょうがない」
「堅苦しい衣装はお嫌いですか」
「当たり前だ。動きづらいし、舞踏会の最中は食事もできないし下手に気を抜くこともできない。評議会と同じくらい私には苦手な行事ごとだ」
リアンにも苦手な公務の一つや二つあるのだ。
それは基本的に貴族達を相手にしなければいけなかったり思惑渦巻く腹の探り合いの場だったり。
つまり彼女は貴族社会というのが好きではないのだ。
その年頃だと当たり前の反応だ。むしろ、王族といえども公務や書類仕事が多いリアンは社交界には一度か二度顔を出した程度でそれ以来出ていないという。慣れていない場が苦手なのは当然だろう。
「無理をなさらないでください。もし無理だと思われたのなら、遠慮なく申し出てください」
「ありがとう。できればそうならない事を願いたいが…その時は頼むよ」
確かに舞踏会は面倒極まりない。
それでも、リアンの役に立てるのならばと思えば気分が明るくなる。
四時を告げる柱時計の音が響く。
もう日が暮れるのが随分と早くなった。
やがて、外は真っ暗になるだろう。
そう、誰かが忍び込んでいても見えないほどの暗さに。




