41 隠された嘘
ゴルワード領から帰ってきたその日、視察した内容をまとめるためにそうそうにペンを持ったリアンにマリアは怒りを通りこして呆れの声を上げた。
マリアが執務室に来る事は珍しい事で、いつもは部屋で待機しているか他の侍女達と同じように城の中の業務をしているかに限る。
その時はちょうどギルヴェールがコンスタンスに呼ばれ席を外していて執務室にはマリアとリアンの二人だけだった。
「仕事中毒にもほどがあるわよ」
「まだ日も高いし今のうちにやっておこうと思ってな。手配しなければいけない事もあるし」
「だからって荷物だけ部屋に置かせて、本人はそのまま執務室に直行ってどういう事よ。心配で思わず来ちゃったじゃない」
あいかわずの心配性に苦笑が出る。
そうすればまたそうやってごまかす、と年の割に(こういうと怒られるので言わないが)可愛らしく頬を膨らませる。
涼やかで氷の彫刻のような美しさと褒め讃えられるマリアも、リアンの前ではこんな様子ばかりだ。
「あの男はちゃんと仕事したの?」
「ギルヴェールか?今回も助けられっぱなしだった。彼がいると普段の仕事の効率も格段に上がるし、助けてもらってばかりだ」
「…ふーん」
「え、ふーんて」
冷めたマリアの態度に思わず素が出てしまう。
早くから大人の世界に飛び込んだためにこういった子供っぽさが出てしまうのは本当に子供だった頃から一緒にいたマリアだけだ。ギルヴェールから見たらマリアもリアンもまだ子供の領域なのだが。
「まあ、リアンがそう言うなら別にいいけど。なんか困った事あったらいいなさいね。私からガツンと言ってあげる」
「はは…ありがとうマリア」
「どういたしまして」
リアンが元気だという事を確認し、早めに切り上げてくる事をきつく言い含めてから彼女は退室していった。
三日間離れていただけなのに、彼女を見るとほっと一息ついた気持ちになる。昔も今も、リアンに寄り添ってくれているのだ。
マリアとは入れ替わりで入室してきたギルヴェールは、打って変わって戸惑った表情をしていた。
「どうかしたのか?」
「いや…マリアとすれ違ったのですが、ただ無言ですごい形相で睨まれたので…なにかした覚えもないので」
「…まあ、気にしないでくれ」
犬猿の仲という程ではないが、大型犬に吠える小型犬のような構図だ。マリアの必死な牽制が微笑ましい。何に対しての牽制かはわからないが。
「コンスタンスは何の用だったんだ?」
「ここしばらくの仕事についての報告を。騎士団長も殿下の御身を気にかけていらっしゃいました」
「私の周りは揃いも揃って、過保護か」
呆れたな、と呟くリアンに否定しきれない。ギルヴェールも自分で過保護である自覚があるだけに、余計だ。
そもそも、王子に対し過保護になるなという方が無理がある。ただでさえ、仕事中毒の癖に弱音を吐かないのだから大人から見てみれば危うい事この上ない。
「フェレスはどうしていた」
「殿下が視察に出ていた三日間はほぼいつもの通りに部屋にいたそうです。しかし、一日だけ外に乗馬へでかけていますがそれだけのようです」
「あの男は絵に描いたような貴族趣味をおおよそ網羅しているからな。まあ動きがそれだけなら、気にする事もないだろう」
視察中、頭の片隅で気になっていた事はフェレスの動向だった。
ルドルフやコンスタンスが警備や仕事の合間を縫って監視をしていたが、杞憂に終わったらしい。
リアンを政治敵と思っている以上、あんな人間でも油断するわけにはいかなかった。
「この書類を書き終わったら、庭でも散歩するか」
「むしろ今すぐ休息を取っていただきたいです」
「まあ、まあ」
ギルヴェールも小言に遠慮がなくなった分、リアンの方もかわし方がうまくなっていくのだった。




