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真実と嘘のソノリテ  作者: 桜黒
共に背負う重み
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 結局、その日は帰らずに領主邸にもう一泊する事になった。

 その日の夜、ゴルワード伯爵、アイリス夫人、そして彼らの長男を交え全ての顛末を話した。

 それを聞いた伯爵は始めは顔面を蒼白にし、次に使用人や領民の愛に目を潤ませ、アイリス夫人の気遣いに情けなく眉を下げるという百面相をしてみせた。


「本当に…本当に、お見苦しい所をお見せいたしました…!!殿下のおかげで、私は…私達は救われました。どれほど言葉を尽くしても…」


「そんなに頭を下げないでくれないか。むしろ私こそ礼を言いたいのだから。私の大切な国民を、身を削ってまで守り通してくれてありがとう。その勇姿はきっと、末代まで語り継がれるだろう」


 王子を目の前にどこまでも頭を下げてしまいそうな父に、同じく頭を下げ続ける母を目にして長男はどうしていいのかわからなかった。

 そもそも、初めて見る王子の方が興味を惹くのか先程からチラチラと視線を送っている。

 

「しかし、夫人の巧妙な手口には驚かされた。まさか手紙の他にも猫を使っていたとは」


「…露骨に殿下の目のつく所に置くわけにはまいりませんでしたので。あのような手紙で殿下の心中を惑わせてしまい…」


 手紙の送り主はアイリス夫人だった。 

 彼女は夫に気づかれぬよう、リアンが使用する部屋に手紙を仕込んだあとリアンが部屋を抜け出す事を想定して娘達が一緒に寝ている猫を餌を隠したあの仕事部屋近くに放ち、扉を開けておいたのだ。結局、リアンが猫を見かけるタイミングに関しては全くもって偶然に過ぎなかったのだが。


「…彼らは厳重に警備をして王都に連れて行かれた。きっと騎士団によって取り調べが行われるだろう。彼らはおそらく、大国からの流れ者だろうな。言葉に訛りがあった」


 きっとこの件は国際問題になってしまうだろう。

 ひとまず身柄をこの国に置くのか、大国へ返還しなければいけないのか、そこから始まるはずだ。

 明日からはきっとその業務に追われる事になるだろう。コンスタンスやルドルフにも手を借りなければいけない。


「噂はすぐに広まる。誰が口を開かざるとも。しばらくは社交界へは行かない方がいいだろうな」


「社交界どころか…領民のためとはいえ、私は盗賊にへりくだるような真似をしました…もはや誰にも顔向けができないのです。爵位さえ、剥奪されるのではと思いました」


「そんな事、するわけないだろう。君は勇気ある人間だ」


 そこから、伯爵から息子へと顔を向ける。

 いきなり自分を見つめられてただでさえ緊張しているのにさらに身体がこわばった。


「しかし、君はいつか領地を継ぐ身だ。その時は社交界にもでなければいけないだろう。その時、ご両親の見聞を守り通すのは君の役目になる」


「は、はい」


「辛い事もあるだろう。しかし、君はご両親が誰にも負けないほど素晴らしい人物である事を覚えておくんだ。君も、この領地に流れる長の血を引いているのだから」


 そう言って、ソファから立ち上がりまだ幼い肩に手を置く。

 少年は下からリアンを見つめ、その瞳を覗き込んだ。

 きれいだ、ただそう思った。


「はい、リアン王子」


 元気よく返された言葉に優しく頷く。

 そして、その場はお開きとなりリアンはなんの憂いもなしにぐっすりと眠る事が出来た。

 これでやっと、苦しみ続けたゴルワード家の人々は救われたのだ。


 



「やはり、自分の執務室が一番落ち着くな」


「それはそれで、問題なのですが」


 次の日、今度こそ城に戻ったリアンが向かったのは自室ではなく執務室だった。

 滞在日数が一日伸びてしまったために、なにか滞りはなかっただろうかと確認のためにやってきたのだが、ワーカーホリックである王子は椅子に腰を落ち着けてしまったらしい。ちなみに、仕事はルドルフが完璧に終わらせていたのでもちろんあるはずもなかった。

 ギルヴェールの苦言に笑うだけで済ましたリアンは、そっと天井を見上げた。


「これから、少し忙しくなるな」


「ええ。まずは彼らの身元を特定しなければ」


「それに、本当に大国の人間ならば多くの問題が付きまとってくる。簡単に片付ける事は出来ないだろうな」

 

 全ての仕事をリアンがこなす必要はないのだが、それでも外交問題に関係してきてしまう。故にまったくの無関係とはいかなくなってしまう。

 きっとこの先も彼女の背負う物がなくなることはないのだろう。


「…私も、共に背負います」


「ん?」


「殿下が背負おうとしている物、私にも背負わせてください。殿下が全てお一人で耐える事のないよう、微力でもなんでも使わせてください」


 差し出がましい事を言っている自覚はあった。

 それでも、考えるより先に口が動いてしまったのだ。


「……お前は強いな」


「…殿下、私は」


「わかっているよ、真剣に言ってくれている事は。ただ、他人にそう言える人間というのは案外少ないものだ。実行できる人間はもっと少ない。それなのに、お前は私の力になり続けてくれた」


 自然と笑みがこぼれてしまう。

 野心を持ったこともないとでも言える男が、こう言ってくれるのなら真の言葉なのだろう。

 今まで一人で背負うべきものだと思っていたものを誰かに分けるなんて考えもしなかった。

 

 でも。


 この男になら、任せられると心からそう言えそうだった。


これで第三章終了となります。長らくお待たせいたしました。

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