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長い廊下にぽつぽつと灯された蝋燭の光を頼りにほの暗い中進んでいく。
絨毯を踏む自分の靴の音が、緊張感を誘っていた。
リアン自身、幽霊やお化け等信じる質ではないのだが暗闇だけはどうしても昔から苦手で火が灯されていなければもっと怖気づいていただろう。
警備の連中に鉢合わせそうになる度、物陰に隠れる事を繰り返して随分歩き回った頃だ。
進行方向にある部屋の一つの扉が僅かに開いているのが見えた。
中から光が漏れているわけではなく、戸締りのし忘れかと思ったが中から何かが出てきた。
「―っ!?」
思わず出かけた悲鳴を、手で覆いながらそれを見つめる。
小さくて、少し丸くて、細長いものが伸びていて、毛があって…。今まで信じていなかったが、本当にお化けがいるのか、と思い始めた。
見るまで信じない、と小さい頃からやたら冷めていた自分だが、まさか十八も近づく今頃になって信じる事になるとは。いや、というかこれ大丈夫なのか、危険じゃないのか。ギルヴェールを呼んだほうが、いやギルヴェールはいないんだった。そもそもこんな情けないところを見せられない。
随分色々な思考が渦巻く中、そこでふと冷静になる。
「…小さくて、少し丸くて、細長いものが伸びていて、毛がある…?」
「にゃあ」
足元にやってきたお化けもとい猫は、乱れていたリアンの思考もおかまいなしに呑気に鳴いた。
その頃、ギルヴェールはといえば。
暗闇の中走らせた馬から降り、夜に沈んだ貯蔵庫の前にいた。あたりに人気はなく、静寂だけがこの場に佇んでいる。
人よりも記憶力のいい彼は一度通った道ならどれほど時間を空けても寸分狂わず辿る事が出来る。それに、警護のために何度も確認した道順だ。忘れるわけがなかった。
扉には当然鍵が厳重に掛けられている。閂程度だったらどうにかなると思っていたが、さすがにそこまで無用心でもなかった。
となれば、あとは抜け穴かなにかを探すしかない。そうは言ってもギルヴェールほどの長身となれば、通れる場所も限られていくる。
さてどうしたものかと視線を張り巡らした。
目に付いたのは、裏に設置されているおそらく道具入れかなにか小部屋の小窓だった。
高い位置にあるから油断しているのか、元々平穏な農村には盗みなど早々ないのか鍵が中途半端にかかっているだけだった。あれだけなら、多少の振動で外すこともできるだろう。
そっと窓枠を上に押し上げて、一度二度衝撃を与えれば簡単に施錠が落ちる音がした。これで中に侵入する事は可能になりそうだ。
鎧をつけてこなくてよかったと思う。
そう考えながら、窓をくぐるのはさながら昔に戻った気分になったからだ。
中々、悪ガキ時代というか勉強が嫌いだった時期がギルヴェールにもあり、頻繁に勉強の時間抜け出しては家庭教師に怒られていた。
あの王子にもそんな経験あるのだろうか。
(いやなさそうだな。殿下は根っからの勉強好きのようだし)
静かに降りたその小部屋は、どうやら出荷数などの記録を保管する部屋らしい。
いくつかの書類が紐で括られてまとめられていた。
一つ一つ確認したい気もするが、そうしているには少し時間がない。今はひとまず目的を果たすことにした。
貯蔵庫は、昼間に来た時よりも気温が低いように感じられる。
暗闇の中、記憶を頼りに進めば例の布を踏む感触が伝わっていきた。手を動かせば、樽に当たる。
(これだ)
懐から蝋燭を取り出し、簡易の蝋燭皿を使って火を灯せば辺りが照らされる。
火の光は、安堵の他に時として緊張感をもたらす事もある。その柔らかな赤は、一歩間違えばすべてを断罪し消し去る刃となるのだ。
ギルヴェールは、そっと樽に手を置く。
力を込め持ち上げると存外あっさりと動いてしまった。やはり中には何も入っていないのだ。
続いて、布をどかす。
ここには、なにかある。




